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2006年08月31日

初大ポカ

人には迷惑を掛けなかったものの、ケアレスミスによって、5時間の単純作業が
全てやり直しになってしまいました。海にいってチクショウと叫びたいです。

まだ職場です。チクショウ。

2006年08月30日

右目が全く見えなくなったその時

さて、医者で鼻の中のかさぶたを全部はがされた西岡です。
「痛かったらいってくださいねーはい痛いですよーベリッ
って結局痛いのかよ!大さじ一杯分ぐらいのかさぶたをはがされました。
今でも少し鼻の中がズキズキします。

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まあ、そんな話とは関係ないんですが、先日帰り道ちょっとしたことがありました。
帰宅途中コンビニをふらついていたら、いきなり右目の視界が真っ白になりました。

自分はとりあえず最悪のケースまで考える人間なので
右目のみ見えない→右脳の異変→脳梗塞→死亡までとりあえず一気に考えました。
さて、どうする、もし死んだらどうするか、どうしようと考えたときに
真っ先に考えたことを正直に告白すれば「もうちょっと性交がしたかった」でした。

しかし、その自分の端的な欲望がすぐ出てきたこと以上に驚いたのは
それ以上これといった心残りや後悔がなかったことでした。
「死にたくない、まだあれもこれもしてない!」とは思わず
「このまま死ぬなら、それもやむなし」と、ごく自然に思えてしまったのです。

これはきっと、今の状態がとても恵まれているということなのでしょうが
しかし、自分にとってそれはひどく空虚なことに思えました。
死ぬのかということを意識したとき、人間はきっと精神の中核をむき出しにするのだと
思うのですが、私はそこになにもなかったのです。空洞でした。

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20分ぐらいして、視力は回復してきて事なきを得ました。

しかしまだ、自分が惰性で生きていることの判明に、愕然としたままです。
おそらく自分の深層心理における、人生の目的は特に無かったのです。
「ただ今生きているから、これからも生き続ける」といった
まるで慣性の法則に従って生きているかのような有様だったわけで。

知人が、mixiで書いていたコメントにこんなものがありました。

とりあえず、入学。
とりあえず、卒業。
とりあえず、サラリーマン。
とりあえず、結婚。
とりあえず、幸せ。

これ、缶コーヒーのラジオCM。
最後に、「とりあえず、いつもの一本」となるわけです。

つまり、「とりあえず」生きてただけだったのかも知れないと思ったのです。
だから「とりあえず」死んでしまえる。
それは、世界の歯車のひとつとしては正しい姿なのかもしれないけど
でも自分の感情のところが納得できないままです。

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かつて思春期の頃などは、自分の内側からものすごいエネルギーが湧き上がってきて
「生きろ生きろ生きろ」と自分自身に命令して、たまにそれに反発したくもなったけど
基本的にはもう突き動かされっぱなしだったわけです。「とりあえず」など
考える暇もなかったし、常に衝動だらけだったし、後悔だらけだった。

今となっては、そんな衝き上げるようなエネルギーが内側から沸いてくるわけでなく
何かに衝き動かされているわけでもない。前よりは疲れなくなったけれども
いろいろなことが「どうでもいいや」と思えるようになってしまって
挙句の果てに死ぬことすら「どうでもいいや」と思えるようになってしまったわけです。

なぜなら、面倒くさいからです。モチベーションが沸かないからです。
前は、自分でもどうにもならないモチベーションに衝き動かされながらひたすらに
毎日を過ごしてどうしようもなかったりしましたが
今では、そもそもモチベーションが無いので、それを自分で考えて作るわけです。

でも、昔に比べると、こんなものモチベーションと呼べないわけです。
だから空虚に思えるのかもしれません。

2006年08月28日

[出したり入れたり]著:酒井順子

久々にエッセイを文庫で読んだのですが、面白かったので紹介。
dasitari.jpg
重箱の隅をキレイにほじれた快感がこみ上げる、女の本音満載の辛口エッセイ

食事と排泄、セックスまで人生は「入れたり出したり」、「見られる」ことを意識しているのに、男は「見る」ことがない女のムダ毛と勝負パンツの柄、二つにワケればホンネが見える、ちょっぴりHで辛口な爆笑エッセイ。
(Amazonレビューより引用)

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友人から借りて読んでみましたが、いうほどHでもなかったです。
純粋にエッセイとして完成度が高く、リズムよく読めます。かなり読みやすい。
とはいえ中身がないわけではなく、完成度の高いエッセイに良くある
「時々どきりとさせられる考察」があちこちにちりばめられていて面白いです。

例えば前々回のエントリーにおける「若いころは忙しい=有能と思いがち」といった記述や
日本人は端っこが好き→どんどんみんな端に行きたがる(ex:負け犬になりたがる)
日本は外淵ばっかり厚くて中身は空っぽになってしまった?
といった考察が、なかなかどうして真実を突き当ててるようでドキリとします。

おそらくはこの、酒井順子という作者は、非常に観察が好きで、
自分の感情の微妙な機微なども全て客観的に見ているのだろうと。
かつ、精神的な露出もさほど嫌いではなく、いや、むしろ文中でも好きだと告白していて
その露出の手法もかなりこなれているというか、嫌悪感を抱かない度合いに留めている。

徹底した観察による客観力と、自分自身の精神感情をすっぱり見せる度量と技術。
なるほど、これぞ「エッセイスト」なのだなあ、と思いました。

2006年08月26日

お金の意味と価値

お金はそれ単体では意味を成さないと常々思います。
お金を何らかの価値に変換することで、初めてお金は意味を成すものです。
つまり、お金は、それを上手くよりよい価値に変換する技術があってこそ
間接的によりよい価値を持つことになるということになります。

では、その技術を手に入れるためには、まずなにをすべきなのでしょうか。
それは、自分にとっての「よりよい価値」とは何かについて定義することです。
自分にとって「本当に欲しい物」がいったいなんであるのかが
明確であるなら、お金→価値への変換効率が上昇します。

しかし、「本当に」欲しい物、好きな物、ということを
頭でぐるぐる考え続けると、結局なにも欲しくないんじゃないかとか
自分はなにも好きな物などないんじゃないか、とか思うこともあるかと
思います。何故なら、そこに感覚が伴っていないからです。

ならば、感覚を伴わせればよいわけで、つまりは
色々なことをやってみて、色々な様にお金を使ってみて
どんなときに、「よい価値を得た」と思えたかどうか実践してみるしかありません。
つまり、様々なお金の使い方をしてみないことには、「技術」は身に付かない。

結局のところ、何がいいたいのかといえば、
度が過ぎない程度に、いつもとは違うお金の使い方ということを
試してみることで、お金のよりよい使い方が身に付くのではないか。
そんな仮説をふと思うのであります。

2006年08月25日

「忙しくしている」事がカッコイイように思われる理由

若い社会人というのは時に、忙しいことイコール有能なこと、と思いがちなもの。(酒井順子「入れたり出したり」より)
今読んでいる本にこのような文があり、妙に納得してしまいました。

というのも、今年七月ごろの自分の経験を思い出したからであります。
妙に暇になり、それがずっと続いているうちに、気分が沈んできた経緯があったからです。
昨年度一緒にやっていた同期が忙しくしているのを聞くにつけ、更に気分がへこみ
雨の続く毎日にため息をついていた記憶があります。

なんというか、「忙しくない」ということは、
自分が世の中から放っておかれている、必要とされていない、といった感覚が
どこかにあったのかと思います。仕事をバリバリやっている男が、
古今東西、男の理想の一つであるのも、「必要とされたい」という思いがあるからでしょう。

でも本当は、別に「忙しい≠有能」であって、本当なら有能なほど
うまく立ち回って忙しくなどしていないはずなのです。余裕を持っているはずなのです。
そして余裕を持っていられるということは、自信があるということで
自信があるということは、やはり有能であり、その裏づけがあるということなのでしょう。

当然私のような新人には、そんな有能さの裏づけなどあるわけはなく
ということは、やはりそれを得られるまではバリバリやるのがいいのでしょう。

2006年08月23日

アメール - あなたのケータイへ雨が降る前にお知らせ!

アメール - あなたのケータイへ雨が降る前にお知らせ!
なかなか面白い発想だと思いました。
実際、忙しい朝に天気予報なんてのんびり見てる暇などないわけで。
雨が降りそうなときだけお知らせする、という控えめさも好ましい。

2006年08月22日

[皇国の守護者]原作:佐藤 大輔 作画:伊藤 悠

koukoku.jpg

『皇国の守護者』(こうこくのしゅごしゃ、IMPERIAL GUARDS )は佐藤大輔によって書かれた、架空世界を舞台とする戦記小説である。現在9巻。また伊藤悠によって漫画化されている。
Wikipediaより)

宣戦布告もなく攻め入る帝国軍により、皇国は決定的な苦境に立たされる。
その絶望的な開戦より、皇国軍は更なる死地へと引きずり込まれて行く。
雪原が赤く染まる地獄と化した皇国最北の地で、皇国の兵士『新城直衛』中尉が剣虎兵隊を率い、、その逆境に立ち向かう。
アマゾンカスタマーレビューより)

アマゾンのレビューで、珍しく平均で5点満点がついている作品です。

基本的には、日本(皇国)vsロシア(帝国)を模した世界観の中、
圧倒的不利な、逃亡戦の中、主人公である新城中尉は、その非情なまでの作戦能力で
自分の相棒であるサーベルタイガー・千早と智に、剣虎隊を率いて
北領(北海道)から逃亡する本隊を逃がすために、殿軍となり絶望的な戦いに挑みます。

圧倒的な絶望の中、それでも諦められず、生きるために冷酷に勇猛になりつづける
主人公、新城中尉を初めとする剣虎隊の悲壮感の描写が酷く心に訴えかける作品です。
そしてそこに、テレパシー能力を使える導兵、火力に頼らない剣虎=サーベルタイガー
これらのファンタジー要素の味付けによって、作品としても決して飽きない出来になっています。

最近では結構一押しの作品ですl

2006年08月21日

かくして旅は終わり

かくして本日午前11時をもって、西岡は無事退院と相成りまして
清潔で、乾燥して、どこか消毒液の匂いのする非日常を終えるに至りました。
この一週間まるで体感することのなかった、身を押しつぶすような蒸し暑さの中
自分は土から出てきた土竜のように、日陰から日陰へと走るのでありました。

かくして帰宅した自分を迎えたのは、留守の自宅と、
毛虫だらけの自宅のドアでありまして、なるほどこれは日常だなと。
そういえば、この一週間虫など見たこともなかったのです。
そんなことを、蒸し風呂のような自宅の部屋で、荷物を片付けながら思ったり。

「旅行」というものが、うだるような日常から、どこか知らない非日常へと向かうものならば
間違いなく、この一週間は「旅行」であったのであり、だから日常も非日常も
対比によってどうにも輝いておるわけです。非日常は「旅立ちたい彼方」であり
日常は「帰るべき原点」であるわけで、それぞれがそれぞれを羨んでおるわけです。

よって私はこれから存分に日常を味わうことができるわけであり
よって本日は、慣れ親しんだ自分の低反発枕と低反発布団にて安眠を楽しむわけです。
そして、明日は仕事なんだ。またしばらくは日常の繰り返しへと埋没しましょう。
そしてこれにて、私の病院旅行紀は終わりとさせていただきます。

応援、激励のコメント、手紙、見舞い、などなどを下さった方々
この場を借りて、御礼、申し上げます。ありがとうございました!

2006年08月20日

病院最後の夜

明日の午前に退院することになりましたので、今夜が最後の病院の夜となります。
窓の外から見える東京タワーが光っています。
実は手術後から明日の日をずっと待ち望んできましたが
今日が最後ともなると少しだけ寂しいのは不思議です。

今朝、手術後初めて鼻からの出血がとまりまして。
やっと、鼻から詰め物を取ることができました。匂いを一週間ぶりに嗅ぎました。
病室でも、ほかの患者さんにくらべ看護師さんに絡まれなくなりました。俺のほうにこない。
まさにこれは健康の証拠なんであり、つまりだから明日退院ということなんであり。

最初にここに来たときは、ぜんぜん眠れなかったし
手術直後の夜などは、体を動かせない不満と不安で闇に押しつぶされそうでした。
それでも今では23時には眠くなってしまうし、朝は7時まで目が覚めないのです。
だから、退院最後の夜は、もう自分の敵ではなくなりました。

明日、先週日曜にこの建物に入って以来、初めてこの建物を出て行くことになります。
見晴らしのいい13階から、窓ガラス越しに眺める娑婆の記憶も薄れがちです。
一週間ぶりに吸う娑婆の空気を吸ったら、俺はどうかなってしまうんじゃないだろうか。
ともあれ、明日は退院です。

2006年08月19日

一週間ぶりの風呂

というわけで、ようやく許可が出たので、日曜入ってぶりの風呂に入ってきました。

そして真っ先に髪を洗って、思ったことは「毛抜けすぎ」
両手に毛が残る残る。がんがん残る。
しばし呆然として、気が遠くなりそうでした。マジ怖い。
正直鼻のことなんてどうでもいいぐらい今は髪の毛が気になります。

また、今日も友人たちが見舞いに来てくれました。
せっかくなので、可動式ベットを利用して自主制作映画をとったりしてあそんでました。
自分は怪獣の役だったのですが、自分で仕上がりの映像見てドン引きしました
何で俺はあんなにイカれた目ができるんだろう。

そして退院の日が決定しました。8/21(月)です。
正直お盆内で退院する予定だったのでちょっと凹んでます。
まあ、退院が火曜になりそうだったところを無理やり月曜にできたので、よしとします。
そう考えると、今日も入れて病院旅行紀もあと三日です。少し名残惜しい、かもしれません。

2006年08月18日

鼻のガーゼぶち抜き!

さて、今日は朝から鼻に詰まってるガーゼを抜きました
鼻の中の手術をしたため、出血を抑えるためにガーゼがつまっていたのです。
どうやら、両鼻に親指二本づつの体積がつまっていたようで
そりゃ鼻も膨らむわといった量でした。

で、抜いた直後血が噴出。咳き込むと口からも出る。そんな中抜糸。
血まみれ。いやー大騒ぎでした。おかげでちょっと退院が延びそうです。
来週の月曜以降になりそうです。なかなか手術となると気軽に
退院とはいきません。とほほ。

で、すこし血が落ち着いて来た中で下ネタ好きの友人二名が襲来しまして
もうここにはかけないような下ネタを連発するものだから
僕も負けじと下ネタで応酬していたら、鼻血がいっぱいでました。
えろい事考えて鼻血出すなんて、まるで中学生みたいです。もう23歳です。

ともあれそんなわけで、病院旅行は少し長引きそうです。

2006年08月17日

血の涙を本当に流してみる

ここのところ、術後の副作用でずっと涙が出ているんですが
ついに今朝、血の涙が流れました。目から頬にかけて赤い血の筋が。
ビジュアル系バンドみたいでかっこいい!
とかは別に思いませんでした。

よく修辞句で「血の涙を流すほ努力する」とかいいますけど
実際に努力しても血の涙なんか出ず、せいぜい出たとしても
ストレスによる血の小便ぐらいでしょう。しかもそれはいまいちかっこよくないです。
そういう意味では貴重な体験でした。カメラにとっときゃよかった。

原因はどうやら鼻の手術をした関係で鼻にたまった血が、
涙腺にまで回って出てしまったらしいとのことで、別に気にしなくても
よいとのことで、とりあえず一安心です。
実は今も右目から血の涙を流し続けております。

それ以外はいたって平凡です。大体こんな感じ。
・月曜日からつきっぱなしだった点滴の針が抜かれる。
・入院してからはじめたマザー3をクリア(プレイ時間20時間)
・PCにイヤホンをつけたつもりがマイク端子につけていて音だだもれ
・mixiモバイルが意外と悪くないことを知る。

明日は、両鼻につまったガーゼが取れる日だそうです。
うれしいやら、まだ血がでるかもしれなくて怖いやら、いろいろです。
ただ、両鼻にガーゼがつまっていると、飲み物を飲むとき、耳がツーンとします。
耳抜きをつねにやってるみたいになってる。あれがつらいので早く解放されたいです。

2006年08月16日

手術後二日目

かゆ

うま


2006年08月15日

起き上がれる幸せ

さて手術から一日が経ち、ようやく歩きまわれるようになりました

朝飯は粥だったのですが
それすら旨くてしょうがなかったです

今回は病院で寝たきりになってそのままボケる老人の
気持が痛いほど分かりました

体が動かない無力感 一人ではいきられないという恐怖
世界が閉じている閉塞感
ましてや無機質な病院ですごしていれば
そりゃ正気を保ってられないのも理解出来ます

一日ですらあれほど堪えたのに
これから死ぬまで寝たきりだというなら
いっそ殺してほしいと
思うのではないでしょうか

だから、自分は立ち上がり飯を食えたとき
生き返ったのです
今日見舞いにきた家族が、昨日の弱気が一転した私をみて
あきれていました

病院旅行ももう半ばです


2006年08月14日

手術無事終了

というわけでまだ生きております

朝綺麗な看護婦さんにケツをカンチョウと注射でやられました
涙が頬を伝う自分の純情さに驚きました

その後手術室に運ばれ麻酔で失神
気付いたら息子に管が…
目の前の可愛い看護婦さんの笑顔
また頬を伝う涙

鼻の手術だったので
鼻血が口にまわってでまくっております
ものすごい吐血
文豪みたいです

全身麻酔だったので明朝まで起き上がれず水も飲めません
綺麗な病院なので数えるつもりだった天井のシミがなくて寂しい中
こういう時の家族の存在はとてもあたたかいものでした

頭痛がひどいので恐らく今夜は徹夜
しかたないので世界の健康でも祈りながら夜を明かします
健康マジ大事ですこればかりは痛感します
こうなってみないとなかなかわかりませんけどね


2006年08月13日

絶食!

というわけで本日21時より西岡は絶食に入ります


写真は病院にむかう電車内で撮りました
特に意味はありません
見方によっては明朝されるらしい浣腸を暗示している
様に見えない事もありません

ブリっといこう!みたいな

まあいってみたかっただけです

ついでにケツに注射されちゃうみたいです
僕の貞操はもう可哀想な感じです
是非僕の知り合いは、こんな汚れきった僕を罵って下さい
やっぱりやめてください

明日は全身麻酔食らった状況で
頑張って更新してみたいと思います


2006年08月12日

二日目にして病院脱走!

dassou.jpg
というわけで、自宅に戻ってまいりました。(もちろん外出許可付き)

腕に入院患者の証であるリストバンド(はずれない)がついているあたり
なんだかちょっと囚人ぽくていいかんじです。電車に乗るのに少し抵抗ありました。

なんだかうちの病院は美人ぞろいで有名な病院らしく
そういう意味では帰ってきちゃうのはちょっと残念なんですが
まあ、やや暗い病室の中で、なんの検査も診察もないのに
一日ずっとマザー3をやり続けるのも切ないので帰宅した次第です。

ご飯も、2種類から選べるとはいえ
やっぱり自宅のほうが味付けが濃くておいしいです。
とはいえ、病院の食事も聞いていたほどはまずくもなく
やっぱり物事というのはどんどん改善していくのだなあ、と。

月曜には全身麻酔で自分では何もできなくなるそうなので(排泄も!)
それまでシャバの空気を楽しもうかなと思っております。

2006年08月11日

はじめてのにゅういん

ということで今年のお盆は病院旅行に来ています

病院におとまりするのは人生初にございまして
ちょっとドキドキうれしはずかし大冒険といった趣

あまり更新できない予定でしたが
どうもあまりに暇なので
ブログも更新します
前言撤回で申し訳ない

とある都合で手術に来ているのですが
別に体調は万全なので暇で仕方ないわけです
それなのに術後は全身麻酔するために
どうやら暫くは排泄も自分ではままならないらしく!

いやいやドキドキです

とこのように
しばらくはちょこちょこ病院旅行紀を
レポートしていきたいとおもっております
よろしくお願いいたします


2006年08月10日

8/20までいなくなります

ということで、西岡は8/20までは、当ブログはほとんど更新できなくなります。
たまに携帯から投稿できることもあるかもしれませんが、確証がもてません。
申し訳ありません。

では、皆さんしばしごきげんよう。

2006年08月09日

最終的な決断をするのは感情である

事故で脳に損傷を負い、情動機能を失った患者がいた。彼は以前と変わらず知能指数も高く、記憶力、学習、計算、言語能力にも優れていたが、感情だけが欠落してしまったのである。問題はまず、診察日が決まらないということだったらしい。医師から診察の候補日を二つ提案されると、彼はそれぞれの日に対して賛成と反対の理由を調べ上げた。さらには、どちらかを選択したときに考えうる結果をすべて書き出し続けたというのである。  確かに緻密に考えれば、たとえ現時点でその日の予定が何もなくても、将来不測の事態が起こる可能性は常にあるので、「都合のよい日」はないことになる。まさに論理の泥沼。「会いたい」などの感情で飛び越えなければ、日程は永遠に決まらないのである。私たちは論理と感情を分けて考えがちだが、感情を伴わない論理は単なる堂々巡りなのだ。 (「結論はまた来週」著:高橋秀実 第六十四回より R25 No.103掲載)

前から思っていた、人間は真に最終的なところでは感情で動くという
仮説が非常に分かりやすい形で書かれていて興味深い文章でした。

いかに合理的な判断であったとしても、やる気が出なければ、人間は行動に移れません。
例え「私は合理的判断でしか動かない」という人がいたとしても
その人は「合理的判断が好ましい」という感情で動いているに過ぎないのです。

いくら、人間は何でこう合理的になれないんだろう、とつぶやいた所で
結局のところ人間の本質が感情である以上、そのつぶやきは無意味というものです。
合理的な考え方だって、より長期的な感情における幸福を求めた結果生まれたもので
だからといって、合理的≠幸せ、であり、あくまで合理は幸せの道具の一つに過ぎません。

最後に、今日読んだイブニングにあった言葉を紹介したいと思います。

食べなきゃ体が死ぬように、楽しみがなければ心が死ぬからだ。
(「ZOO KEEPER」著:青木幸子 第10話より)

そして心が死ねば人間は何もできません。だから皆さん心だけはどうか殺さないように。
自分の心の声だけは無視しきってはいけません。

2006年08月08日

奇跡のボレー合戦

ちなみに断っておきますが、下の動画はテニスのストーリーであり
決して超能力バトルとかそういうものではありません。

では動画をどうぞ。

2006年08月07日

ライアンですが、場車内の空気が最悪です

ライアンですが、場車内の空気が最悪です
ドラゴンクエスト4をプレイした人なら、内容が想像できるかと思います。
仲間にされた直後から、ゲームクリアまでずっと馬車に入れっぱなしになっている
キャラクターたちを悲喜劇で書いています。かなり吹きました。おすすめです。

2006年08月06日

渇望不足

人生に於ける渇望が、少しずつ失われていくのを感じます。

かつては常に焦っていたし、何かが足りない事への飢餓感で
毎日どこか安定していなかったのですが
どうも、ゆっくりと、そういった思いが消えていることに気づきます。
立ち止まっていることにさほど危機感を覚えない自分がいます。

それは年齢を重ねたからなのか
それとも自分自身に満足したからなのか、絶望したからなのか
あまりよく分からないし、そこを突き詰めて考える気も起こりません。
なぜならそれは疲れるから、あまりしたくないということです。

これが大人になったということなのかもしれませんし
内面が腐って朽ちて果てていく、ということなのかもしれません。
だからといって、こんな自分は死んだほうがいい、という気持ちにはなりませんし
だからといって、惰性があまりいいとも思えません。

つまり、一度、自分を壊して再構築することが必要になったのかと思います。
つまり、それには逆境に自分を置くことが必要なのでしょうか。
自分が壊れている状態ならば、それを充足させることに渇望するでしょう。
とりあえず、自分が逆境をバネにできるようにするための体勢作りからはじめようと思います。

2006年08月05日

mixi500万人突破の件/人口推移をグラフにしてみました

「mixi」ユーザーが500万人突破,初めて女性が50%超す

日本最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)「mixi」(ミクシィ)を運営するミクシィは7月26日,24日時点でユーザー数が500万人を超えたと発表した。

そこまでタイムリーなネタではないですが、まだ扱ってなかったので改めて紹介。

ついでに、発表された人口推移をグラフにしてみました。
mixi5milion.jpg
こうしてみると、200万人突破からは、人口増加速度が一定な印象を受けますね。
しかし全く速度が衰えないと言うのも恐ろしいものです。

2006年08月04日

高橋メソッドによるプレゼン

知っている人にとっては、あまり真新しくもないかもしれませんが、紹介。

takahashi.jpg
高橋メソッドとはむやみに大きな字が特徴的なプレゼン手法です。

高橋メソッドによる高橋メソッドの紹介
上の紹介を見てみると判ると思いますが、なかなか面白い手法です。
場合によっては一度やってみたいものです。

2006年08月03日

亀田興毅の一件

昨日、亀田興毅選手がフアン・ランダエタ選手に判定勝ちして
世界チャンピオンになった件にあちこちで疑惑があがっているようです。
要するに、八百長ではないかといわれています。
Yahoo投票では、ランダエタの勝利を支持する声が94%となっています

亀田興毅:立ち上がりにダウン 判定に疑問の声も
ガッツ石松さんのコメントは以下の通り

「亀田兄弟は人気があるかもしれないけど、この試合で勝てるのなら、ボクシング界は何をやっているのかと思われる。日本人は立っていれば、チャンピオンになれるの? 全世界のボクシング関係者に見せて、判定してもらえばいい」
「日本のボクシングはタレント養成所ではない。これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書は何もいらない」

亀田興毅 中継のTBSに電話殺到という状態にもなっており大荒れです。
余談ですが、今年五月の時点で今回の状況をほぼ完璧に予測していた人がいました
亀田、今夏世界王者へ!(もちろん八百長)

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もし八百長であると仮定するならば、やはり亀田が勝たなければ
損をする人が多かったのでしょう。
<亀田興毅>平均視聴率は42.4% ボクシング史上2番目
という訳で、「亀田」という名前には商品価値が発生している状態ですので。

しかし、「ボクシングだけはガチ」という信仰は、今回大きく崩れ去りました。
ガッツ石松の怒りはそこにあるといえるのじゃないかと。
近視眼的には、今回の八百長で得をした人も、ロングスパンで考えれば
大きな損をしたのではないかと思います。

あ、でも、その人にとっては、
ボクシングは数字を稼ぐための道具でしかない可能性が高いので
その道具が役に立たなくなれば、ポイ捨てかもしれませんね。
あとに残されたのは、「ボクシングもヤラセ」という汚名を着せられたボクシング界のみ、と。

ああもう、サッカーW杯の日程調節(TV放映の時間に合わせるため真昼に試合させる)
の件といい、メジャーメディアに嫌悪感を抱いてしまいます。

2006年08月02日

自己改造計画進捗

ノートPCのバックライトが消え画面が真っ暗になったので
バックライトを交換しようと分解して、途中であきらめて戻したら
なぜかねじが二本余りました。PCの電源を入れるのが怖いです。

現在の自己改造計画進捗をメモします。
今までの計画進行は、カテゴリー「自己改造計画」をご覧下さい。

○英語
DSソフト「えいごづけ」を地道に週5で通勤時に実行中。
週1で英会話研修に参加。講師の話している内容の半分しかわからず。

○ジム
夏バテかやる気が低下し、週~二週間に一回という体たらく。
そろそろもう一度エンジン掛けなおす予定です。

2006年08月01日

[ハチミツとクローバー]著:羽海野 チカ

hatikuro.jpg

6畳+台所3畳フロなしというアパートで貧乏ながら結構楽しい生活を送る美大生、森田、真山、竹本の3人。そんな彼らが、花本はぐみと出会い……!? (amazonレビューより引用)

アニメ化され現在実写映画化もされている作品です。
各所で「NANA」という漫画と対比され、現在女性向け漫画の人気二大巨頭の一つと
いった形の作品です。

この前漫画喫茶で一揆読みしたのですが、なかなか独特な作品だなと思いました。
作者が筆の進むままに書いているというか、いつどこでどんな展開になるか
あまり予測がつきません。しかしテンポはよく、それ故にキャラクターも生き生きして
ギャグなどもレベルが高く、飽きない仕組みになっています。

ストーリー展開としては、どこかで見たような要素のつなぎ合わせに
どうしても見えてしまうのですが、とはいえつなぎ合わせ方が全く天才的で
全く展開が読めないだけに見てて飽きない感があります。
特に巻が進むにつれてその組み合わせは冴え渡っていく感があります。

展開が今まで見たことのないものでありながら、
その物語には高いクォリティを感じるという意味では、[NANA]に近いものがあり
また、人間群像という意味でも近いものを感じます。
そういう意味で、この[NANA]と[ハチクロ]が並び称される理由も少しわかる気がしました。