8.は唯一の恋に爆ぜた


 盗賊たちの処罰は、あっけなく決まった。というのも、盗賊たちを構成していた大部分が、エディアの者だったのだ。
 一つの街ほどの人数に、エディアの王は深く嘆き、彼らが盗賊となってしまった経緯を調査することを宣言、そして、被害を被った村への保障の全額を請け負った。
 リヴェラルは、盗賊の件に関しては何も言わなかった。しかし、王が盗賊たちにそれなりの処分を与えようとした時、彼は毅然と、全ての責は自分にある、と言い切ったらしい。
『ただの事件では、ク………ラースガイゼン殿は来なかった。また、平時で、ロイアン国の有名な“スィーレ”を呼ぶことはできなかった。さほど親しくもない隣国の王子では、彼女を呼べなかったのです』
 自覚はしていても、それでも、会いたかった相手。シェドは、リヴェラルを嫌いになることが出来なかった。
 リヴェラルが盗賊に関わっていた一件は、公にはされなかった。王は、改めて対面したシェドとクォルファに、苦笑交じりに零していた。
『あれが関わっていたことは薄々気付いていたがの………、それでも、王子としての役目を優先してくれるのではないかと、どこか期待しておったようだ。親としての顔は、最早見せられまい』
 王は二人に、このことの公言を禁止した。クォルファは微笑を湛えて小首を傾げ、言う。
『処置はどうされるので?』
 国としての体面を保つために公言を禁止するということは、実質的には王子にお咎めはなくなってしまう。クォルファとしてはリヴェラルへの怒りが収まらないらしい。怪我を負ったシェドの身体が、実は本人が思っていた以上に危険な状態だったからだ。王は深いため息をついて、王としての冷静な判断を下す。
『王位剥奪、犯罪者としての拘束の事実は、王家の中でのみの秘匿。表向きには、盗賊との交戦で重傷を負ったとしたよ。それ故に、政務には戻れぬ、とな。事実上の王位剥奪には違いあるまい』
『甘いですね』
 クォルファが即座に切り返したが、その顔には苦笑が浮かんでいた。相手が王族であることから、普通の処罰が課されるとは思っていなかったが、それでも、地位にこだわっていたリヴェラルにしてみれば大きな衝撃になっただろう。
 もう二三発、殴っておくべきでした、と王にも聞こえるようにぼそりともらしたクォルファの言葉に、王は顎鬚を撫でながら、二三発ではたりんのうと苦々しげに返していた。
『貴方に恋をした愚息を責めるべきか、あるいは、貴方に目をつけた目のよさを喜ぶべきか』
 王の言葉は、親としての本音だったのかもしれない。




 そんなシェドは、ようやくロイアン国へと帰ってきた。怪我のせいで帰国が遅れたために、クォルファは少々不穏な気配を纏っている。手始めとして、シェドは唇を噛まれた。
「………クォルファ、これ、どうするの?」
 口の端には、明らかに噛まれた後が残っている。微妙に血も滲んでいるようなのだが、それよりも、問題がある。
「今から、謁見だよ?」
 いくらほとんどを知られているとはいえ、あからさまにこういった痕を残されるのは恥ずかしい。クォルファはそ知らぬ風に、すいと唇を撫で上げる。
「問題あるまい?」
「………えっと」
 相手が怒っているのがわかっているので、なかなか反論が出来ない。それを見透かしたクォルファは、ちゅ、っと軽くキスを落とす。
「傷をつけていいのは、私だけだ」
 それだけ言うと、クォルファはシェドの手をとって歩き出す。
 反論を封じられたシェドは、諦めたようにその後に続いた。もとはと言えば自業自得、相手に怪我をさせないためにとはいえ、自分の身を全く護らなかったのは、少しだけ考えが浅かったかもしれない。クォルファの心配は、分からなくもないのだ。
(………それにしても)
 シェドは、今回の出来事の中で、最も気になっていたことをそろりと口に出した。
「あの、クォルファ。リヴェラル王子は、いつクォルファを好きになったの?」
「私が知るわけがない」
 にべもなく言い切られる。が、シェドはそうじゃなくて、と続けた。
「リヴェラル王子の様子、つい最近クォルファが好きになったわけじゃないみたいだったんだ。でもクォルファって、僕と会うまでずっと、男装してたよね………?」
 ピタリ、とクォルファの足が止まった。顎の下に手を当て、何事かを思案する。
「………まさか………?」
 呟き、クォルファは次いで爆笑した。
「ふ、ふふっ、まさか、あのときの!」
「ク、クォルファ?」
 いつになく楽しげに笑うクォルファは、目元の涙を拭いながらまだ、笑っている。そんなにおかしなことを言っただろうかと、シェドは首を傾げた。そんなシェドをみて、クォルファは一度だけ意味深な笑顔を閃かせると、何も言うことなく、シェドの手を引いた。
「私は、あの王子に会ったことはなかったよ、シェド」
「えぇ?」
 そんな馬鹿な、とシェドは驚きに目を丸くする。それもそうだ。今回の騒動は、リヴェラルがクォルファに会わなければ、始まらなかったことなのだから。
 ハテナマークを浮かばせたシェドに、クォルファは、特大の爆弾を落とした。

「リヴェラルが会ったという私はね、………女装させた、ダランだ」

「………………え」
 予想外の言葉に、シェドは一言零して、こちん、と思考が固まった。
「昔、一度だけ女装させたことがあるんだよ。昔の私達は、性別は違えど似ていたものだから」
「あの、ダラン、先輩が?」
 今の姿からは全く想像がつかない。クォルファに似ていたと言うことは、それだけ中性的な容姿だったのだろうか。
「小さい頃に隣国へ行ったのだけれど、そのときの着替えの中に一着だけドレスが混じっていて………おそらく母の手縫いだったんだろうね。けれど、そのときにはもう、私は男として育てられて、着る事は父に許されなかったものだから。私は、傍にいたダランに着せたんだ」
 恐ろしいことをさらりと言ってのけるクォルファは、心底楽しげだ。
「客観的には可愛かったと思うよ。私は笑うことの方が忙しかったけれどね。まあ、そうやって遊んでいるときに、あの男が………つまり、あれがリヴェラルだったんだろう。笑ってる私に怒鳴って、ほとんど半泣きだったダランを慰めていた」
(先輩が、半泣き………)
 今の姿からは全く想像がつかないことを聞かされ、シェドは思わず震えた。
「私以外のものにも姿を見られて、ダランはさらに嫌がっていたけどね。まあ、ばれていないと気付いてからはふっきったんだろう、それから短い間だけ三人で遊んで、私にとってはそれだけだった。相手も王子だったようだし、私達は名前も教えあわずに遊んでいたんだろう。 ………だから私は、女として会ったわけではない」
 クォルファはふ、と笑いを零した。それが、あんまりにも素直な笑みだったから、シェドは思わず見蕩れていた。
「リヴェラルに教えてやろうか」
「………!? クォルファ、それだけは、駄目ッ!」
 その笑みで恐ろしいことを言うものだから、シェドはさっと青ざめた。初恋の女の子が、実は女装した男だったなんて、リヴェラルに追い討ちをかけてしまう。
「面白そうだ」
 にっこりと笑うクォルファは綺麗だったが、今のシェドには悪魔の尻尾がついて見えるのは気のせいだろうか。
「駄目、絶対駄目!」
 シェドはぶんぶんと頭を振る。
「クォルファ、僕が実は女の子だったら、困るでしょう!?」
 クォルファはにこり、と笑みを見せ、するりとシェドに身を寄せた。
「私は、シェドが“シェド”でいてくれるなら、問題ないよ」
「問題あるからっ!!!」
 いとおしげに囁かれても、これだけはシェドも誤魔化されなかった。ほとんど悲鳴のような声を上げたシェドに、クォルファはくつくつと笑う。
「まあ、いいよ。お楽しみは、後にとっておくべきだしね」
 クォルファの呟いた言葉は意味深だったけれど、シェドはそれ以上は聞かなかったことにした。
(ぼ、僕は、止めたから!)
 シェドは、誰にともなくそう言い訳して、クォルファの髪に頬を寄せた。
 このあと、衝撃の事実を知らされたダランがこの世の終わりのような顔をしようとも、同じく衝撃の事実を知ったリヴェラルが灰となったとしても、シェドにはもう、きっと関係ないのだ。
 今、腕の中に、クォルファがいる。
 それはきっと、シェドにとっては、何よりも大切なことなのだ。


 腕の中から、幸せそうに笑うクォルファの顔が見えた。シェドは、胸に湧き上がる衝動のままに、唯一の恋し人へと、キスを落とした。



 -完-


   
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