02.は波乱の調べを奏で


「聞いたぞー、シェド、お前ついに男に告白したんだってな」
 講義室に戻れば、親友───発言から悪友だというべきか───二人が面白げに帰ってきたシェドを見ていた。
「そ、そんなんじゃないよ」
 戻ってくるまでにはすっかり頭も冷えて───はいなかったが、少なくとも、あの時叫んだ自分は愛と勇気を友達にとんでもないことをしでかしていたことは理解していた。
「でも、迷惑かけたなぁ………」
 あんなに大声で叫ばなくてもよかったとは思うのだが、とシェドは自分の行動を思い出して少し赤面する。
「そーだよな。お前みたいなおとなしい奴が中庭で大声で告白するなんてありえないよな。俺たちもー、心配で心配で」
「そうそう。腹抱えて涙まで浮かべてたんだぞ」
「って、笑ってるんじゃんか!」
 心配してくれたのか、とシェドが頬を緩ませた瞬間に付け加えられた余計な一言に、シェドが思わず突っ込むと、二人はガハガハと豪快に笑った。
「大丈夫、お前はいつまでたっても俺たちのかわいい妹だ」
「………ッ、だから! 僕は男だし! それに、同級生になんで妹扱いされなきゃなんないのさ!」
 今一番聞きたくない『かわいい』という単語に過剰に反応したシェドを見て、親友二人は思うところがあったらしい。ちらり、とアイコンタクトを交わすと、まじめな顔でシェドへと向き合った。いつもふざけている親友二人のめったにない表情に、シェドは内心ちょっとびくっとしながら、その瞳を交互に見遣る。
「「………そうか、また振られたのか」」
「いま人が一番気にしてることをーーーーー!!!!」
 叫んだら、シェドは泣きたくなってきた。今までクォルファが好きならば、と諦めていた理由が、実は自分のこの姿だったなんて。もともとコンプレックスだったのだ。それでも気にしないようにしていたのに、今回ので決定的にこの容姿が嫌いになった。
(もしかして、僕が女みたいな顔だからクォルファに、き、きききキスされたとか!?)
 余計なことまで考え出してしまい、悲しみだけでなく顔が少し赤くなる。
「もう、僕、この顔嫌だぁ………」
 うわああぁんと泣き真似をしながら悪友の一人、ザインに飛びつけば、「おっ、役得役得」なんて笑いながら言うもんだから、シェドはぱこんと後頭部を軽く殴ってからもう一度しがみつく。
「うーん、泣くと余計に女に見えるな。本当についてるのか?」
 下品なことを言って笑うもう一人、ジクスの足をぐむ、と踏みつける。というか、この二人の傍にいると心のダメージが追加されていくような気がした。
「………はぁ、まあいいけど。次の講義もうすぐだからいくぞ」
 首にシェドを張り付かせ、腰をぐっと抱いてそのまま移動していくザイン。けれど、その姿に不審を覚えるものはいない。どこからどうみても男女のペアにしか見えないというのもあるし、腰に回された手つきはどう見ても子供に対するものであったから、というのもある。
 たくさんの弟妹を持つザインもそれを気にした風もなく、シェドの荷物をジクスに持たせて手際よく移動していく。
 そんな姿を、遠くから見ている人物がいたことには気づかないまま。



「───それでは、自分の『証』のアクセサリーを作ってください」
 そういって、今日の魔術の授業は始まった。今回は、どうやら魔力の物質化のようだ。シェドは悪友二人のところへ行って、何を作るか相談し始める。
「けっ、あの講師、この教室の中に好きなやつでもいるんじゃないか」
「指輪でも作らせて、あとで提出されたやつからもらってくとか?」
 そんな想像を膨らませ始めている二人を横目で呆れたように見てから、シェドは無難な指輪を作ることにした。男がつけてもいいような、カッコいいやつだ。
「厚みがあって、ゴツくて、金持ちがしそうで、………」
「………で、お前はまた何を作るつもりだ」
 ぺしっと頭をはたかれて、シェドはふん、と腰に手を当てて胸をそらす。
「男物の指輪だ!」
「ほおー、自分の作ったものに『証』が浮かぶことは知ってるよな? 最後に四葉のクローバーつける気か?」
 何気に痛いところを突いてきたザインをぎっと睨みつける。けれど、女顔負けの可愛い顔に睨まれたところで、痛くも痒くもないことは明白だった。
「す、隅っこの方に小さく浮かぶぐらいなら大丈夫だ!」
「馬鹿だなー、自分の魔力の強さを知らんのか? 強ければ強いほど、『証』の大きさがでかくなることは知ってるだろ?」
 魔術を使うには魔力が必要だが、魔力自体にも強さがある。強ければ強いほど、魔術に使う魔力量は少なくてすむし、弱ければその分、量を増やさなければならないのだ。
 シェドの顎を女にキスするようにくいと持ち上げ、耳元にその吐息がかかるほど顔を寄せて甘く囁いたジクスの頭をぽかりと軽く殴り返す。
「その女扱いをいい加減にやめろ!」
 怒りのために顔を真っ赤に染めて怒鳴りつけるが、友人二人は意味ありげに顔を付き合わせる。
「だって、」
「なぁ?」
 そんな言葉を交わしながら、二人してシェドの方を向くと、異口同音に言い放った。
「「可愛いものは仕方がないだろう」」
 シェドはその仕打ちにうっと瞳を潤ませる。この間のことを思い出したらしいが、その顔に涙など、女顔を嫌がるならば逆効果であることを本人だけが気づかない。
「くっそー、意地でもかっこいいの、作ってみせる!!」
 きっと二人を潤んだ瞳で睨んで、シェドは左手と右手を組んで、ちょうど祈りを捧げるように目を閉じる。聖女の祈りのようだ、とはさすがに可哀想なので言わない友人二人だが、考えたことは誰もが同じだっただろう。
 真剣な表情で目を閉じれば、日の光に煌く金髪、それと同じ色の閉じられた扇のような睫も、卵形のかわいらしい顔も、どれもこれもが女のためにあるようなパーツだ。これで性格も女であれば、完璧に女になれただろうに。
 友人二人がこっそりと嘆いているのを片隅に、シェドの組まれた両手の間から、薄い緑の光が漏れる。それに応じるように、シェドの瞼が震え、やがてその下に隠された大きな瞳があらわれる。
「よし、いいイメージで出来たはず!」
 満面の笑みを浮かべるシェドだが、残念ながら『証』の出る位置は決まっていないため、その位置だけは本人であろうとも動かせない。だから、シェドの自分の手をはずす動作も恐々、といった感じだ。イメージが上手くいっても、肝心のクローバーがそれを邪魔していないかが重要なのだ。
 恐る恐る手を広げたシェドは、次の瞬間、余りのことに今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
「嘘でしょ………」
 そんな馬鹿な、と言いたげに頭を抱えて自分の作り出したものを見遣る。
 そこには、まるでその存在を知らしめるかのように、シェドの作り出した指輪全体を覆うような四つ葉のクローバーが浮かび上がっていた。
「女物にしか見えんな」
「自分の薬指にはめるのか?」
 友人二人の追撃を受けて、シェドはあっけなく沈没した。



 友人二人が考えていたような作品の提出は指示されなかったので、シェドはほっとしてそそくさと自分の「作品」を着ていた服のポケットに押し込んだ。間違っても自分でつける気はない。
「こんなのつけたら、また女に見える………」
 シェドの魔力から作り出された指輪は、一応結界の役割も持っている。といっても、指輪にこめる魔力の量などたかが知れていて、せいぜいが上級攻撃魔法を一つか、小、中程度を二つ三つくらいしか防げないのだが。シェドは魔力自体が強いため、これでもまだ指輪にこめる魔力としては優秀な方だ。
 使い道がないわけではなかったが、気がつけばサイズを考えるのを忘れていたせいで、どうにもこうにも薬指にしかはまらない。どうしてサイズを考えなかったのか、あのときの自分が恨めしい。
 せめてそういう色事の決まりが片手だけであればよかったのに、この国は右手が恋人指輪、左手が婚約指輪、などと両手に決まりがある。そんなわけで、シェドにはまったくもって使えない指輪となったのだ。
「誰かに、あげようか」
 悪友二人の顔が浮かんだが、秒速で消去する。それから、ついこの間まで好きだったリザの姿が浮かんだが、失恋の痛みに首を振る。そうなると、もともと交友関係が広いわけではないシェドには、もう相手が見つからなかった。
「誰か………」
 それでも捻り出そうとしたシェドの脳裏に、クォルファの姿が浮かんだ。いや、あえて考えていなかったところを、渡す相手がいなくなったところでついに思い浮かべてしまったと言った方が正しい。
 シェドは知らず知らず自分が唇に触れていることに気づいてばっと顔を紅くした。左手で顔を隠すように口元を覆い、それから人目を気にしてそろりと周りに視線を巡らせる。幸いにも、誰もこちらのことは気に掛けていないようで、シェドは安心してほっと息をついた。
(こっそりと、どこかに埋めてこよう)
 魔力で作り出したにもかかわらず、指輪は元に戻すことが出来ない。出来ることは出来るのだが、一度作り出したものを元に戻すと言う行為は、作り出すよりも多くの魔力がいる。
 本来であれば、魔力は一晩立てば回復するが、シェドの場合、魔力が強いためか、普通の魔術師よりは回復が遅いのだ。だから、無駄だからと言って元に戻すことは出来る限り避けたかった。
 シェドはこっそりと、今いる中庭のベンチから立ち上がった。傍の花壇に植えてある、白い花を愛でる振りをしながら、こっそりと小さく穴を掘って、指輪を投げ入れ、また元のように埋めなおす。
 このまま時間がたてば、いずれは指輪の魔力が溶け出し、土か、あるいは花に吸収されてなくなってしまうだろう。土のついた指先をこそこそと落として、シェドは何気ない様子を装って花壇から離れた。
 少したってから人の目を気にするが、誰もシェドを見てはいないことに安心して、少し早めていた歩調を自分のペースに戻す。中庭から東館に戻る途中、どうやらシェドを呼びに来たらしいザインが、向かいから歩いてきた。
「ああシェド、次の講義、エリートクラスと合同で夜の森に課外授業だってよ」
「え、そうなの?」
 夜の森とは、学園の北にある森で、エリートクラスとは、シェドたちの属するAからDクラスとは別のSクラスのことだ。俗に言う、出世コース。魔術師の中での最高職である王宮魔術師のほとんどがこのクラスから輩出されるという、文字通りエリートクラスなのだ。シェドはAクラスだが、Sではないからといって、決して王宮魔術師になれないというわけではない。ただ、なぜかSクラスには一種ブランドのような価値があるため、なりやすい、というだけだ。
 S、と聞くと、優秀な魔術師であるクォルファの姿が浮かんだが、彼───彼女というべきか───は、幸いにもシェドより一つ上の学年だった。間違っても、一緒になることはない。その事実にほっとするような淋しいような複雑な気分にはなったが、そのことはあえて考えないようにして、シェドは、森の入り口で待っていたジクスと合流して夜の森へと歩く。



 レイド魔術学園の敷地内にある夜の森は、その名の通り、昼間であっても夜のような静けさと闇をたたえて、シェドたちを迎え入れた。
 シェドは無意識に、隣を歩くジクスの服のすそを掴む。それに気づいた友人は、にやりと笑ってシェドの手をとり、小さな手に指を絡ませる。それは、俗に言う恋人つなぎとか言うもので。
「さりげなく何してんだよ、馬鹿!」
 周りに気をとられていて、気づくのが遅れたシェドは、顔を真っ赤にして手を振り払った。二人は面白そうに、その様子を観察するだけだ。
「まったく、油断も隙もあったもんじゃない」
 憤然と肩を怒らせてずんずんと夜の森を歩くその姿に、もう恐怖は感じられない。二人は、口の中で笑いをかみ殺す。こういうところがシェドを妹と呼びたくなる理由の一つではあるのだが、彼らはそれをおくびにも出さずに、再びシェドの横へと戻る。
 憮然としたままのシェドがじろり、と視線を向けてきたのに、ジクスが「悪い悪い、つい癖で」などと言ってもう一度からかうと、その手には乗らないぞ、というようにシェドは歩みを速める。
 その姿に、彼らが再び笑いをかみ殺していると、ふいに、目の前のシェドの背がぴたりと止まった。気がつけばそこは、夜の森の中心にある広場で、二人が不思議そうにシェドの視線を追いかけた先には───何故か、当然のようにクォルファ=ラースガイゼンの姿があった。
 けれど、シェドが止まったのはその姿に驚いたからではなく。
 こちらに気づいたクォルファが薄く笑う。




 その右手薬指につけられた、忘れられない四つ葉の指輪に。
 ためらいなく、その艶やかな唇を落としながら。




    
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