1.月は迷いと恋に揺れ
シェドは絶好調で不機嫌だった。
机の上に肩肘をつき、ぶすっと膨れるその前には、腹を抱えて笑い続ける悪友二人の姿。
シェドは、不機嫌だった。
事の発端は、シェドが黒髪の麗人、クォルファとの婚約を発表したことから始まる。
婚約、と言えば、男と女の交わすものである。勿論、シェドが男で、クォルファが女であるので、間違ってはいない。間違っては、いないのだが。
「ラースガイゼン先輩が男装だもんなぁ………」
ジクスが目の端に涙を浮かべてひーひー笑う。シェドはがばっと机に伏した。正直言って、今の現状はシェドにとって到底、笑えるものではなかった。
クォルファの性別は、学校側にも男として報告されているのである。そして、そのままの状況でクォルファは婚約を発表した。………つまり。
シェドは、………性別の偽りの疑いを掛けられているのである。
「何故、性別を偽ったのだね?大体、その顔では偽りようがないだろう」
呼び出された先、生徒のデータ管理を行う先生にそう呆れたように言われたとき、シェドは涙した。本気で泣いた。
迎えに来た悪友二人に泣きつき、宥められ、慰められ、そしてシェドの涙が止まったその瞬間、悪友二人の笑いの堤防が崩壊し、現在に至る。
「べ、別に、その、ままで、いいんじゃ、ないか?」
笑いの合間に言われても、全く説得力はない。ザインが必死で笑いをこらえ、まじめな表情を作る。その肩は、やはり震えたままだったが。
「その、ほら。ラースガイゼン先輩の虫除けにもなるだろ?」
ダランにも言われたその言葉に、シェドはさらに膨れた。その意味を理解しているからこそ、この不名誉な噂を撤回できずにいるというのに。
『いいか、クォルファは変人だが、同じくらい美人だ』
少し前、ダランが哀れむような目でそうシェドに言った意味が、今なら分かる。その視線に込められた、哀れみの意味も。
『私以外にその体、触らせたり、見せたり、しないだろう?』
同じくして、クォルファが念を押してそう言っていった意味も、分かった。ちなみに、その視線に込められた物騒な光の意味も。
幸か不幸か、学園でシェドの性別をはっきりと知っている人と言えば、以前、シルフとの契約で倒れたときにお世話になった医務員だけだった。その唯一の人に口止めを頼んでしまえば、学校側も、何か訳があるのだろうとの認識を深めたようで、それ以上の詮索をしてこない。当然、シェドの性別は堂々と、「女」だとされてしまったのである。
「嫌だ………僕は、僕は………」
「僕じゃない、ワ・タ・シ、でしょう、シェドちゃん♪」
ジクスの女声にも、いつもであれば食って掛かるだろうシェドは、その追撃を受けてあえなく撃沈した。既に虫の息である。
「こりゃ………相当ダメージでかいな」
「まあ、先輩のために不名誉な噂かぶるあたりは男前になったのか?」
微妙だ、と首を捻る男二人。だが、たとえ「男前」といわれたとしても、既にシェドはその「男」のくくりからはじき出されてしまったのであるが。
「トイレとか更衣室って別にした方がいいのか?」
「もともと別にしてただろう、いいんじゃないか?」
「いやでも、今までは女顔でも男だって言ってた訳だろう」
「………ッ、僕は、おとっもが」
二人のひそひそ話についに耐え切れなくなったシェドの口を、ザインがすかさず塞ぐ。
「「クォルファ先輩が掻っ攫われてもいいのか?」」
悪友二人の声に、シェドは口をふさがれたまま、うな垂れた。
「………クォルファ、やり過ぎじゃないか?」
ダランは、隣に並んだクォルファにそっと尋ねる。隣を歩くクォルファは、口に薄く笑みを刷いて視線のみでダランを見た。
「虫除けだよ。浮気癖は、私で最後にしてもらわないと」
その言葉に、ダランは嘆息した。
「別に、付き合っていたわけじゃないだろう?」
「それでも、私はこれから離れることが多くなる。付け込む害虫が出てきてからでは困る」
クォルファは離れる、という言葉に目を伏せる。そんな表情を浮かべるから、ダランもついには反対しきれなかったのだ。
クォルファやダランたち1stクラスは、今年でレイド魔術学園を卒業する。
シェドのために着々と準備を進め、ようやくこの春、手に入れることができたというのに、クォルファは来年からの就職の準備のために、なかなかシェドと会うことができなくなっていた。
クォルファとしては、王宮魔術師になるのだと決めている。というのも、最愛の恋人が王宮魔術師に憧れているのを知っているからだ。シルフと契約を交わすほどの魔力であるシェドであれば、まず間違いなく王宮魔術師の道を選べるし、そうすれば、来年からは同じ職場で働くことができる。勿論、有名な魔術師の家系であるラースガイゼン家出身のクォルファには、早々に誘いが来た。
ただ、その肩書きが引き寄せるものは、それだけではなかった。
クォルファの思惑など知らない方は、Sクラスでも有名なあのクォルファ=ラースガイゼンをなんとかして引き入れようと必死だ。クォルファとしても、未だ面接の申し込みの段階では、ここに決めた、などと意思表示できるはずもない。勿論、不合格などという事態を引き起こすことはないが、こういったことには印象も重要だ。レイド魔術学園ではSクラスにいても、社会に出ればまだ毛の生えた雛であることは違いなく、合格など当たり前だとは思っていても、そんな傲慢さを見せ付けては、合格できるものもできなくなる。
そんなわけで、クォルファには勧誘がひっきりなしに続いた。クォルファとしても、外聞のためにむやみやたらと断りを入れるわけにも行かず、また、将来のためにもここで有益な繋がりを作っておこうと目論んでいたために、必然的に外出が増えた。
(全ては、シェドとの円満な未来のためだ)
そうは分かってはいるものの、恋人になりたての自分達を少しは放っておいてくれ、とも思わないでもない。
さらに言えば、愛しの恋人シェドは、惚れやすい。別にそれが悪いとは思っていないし、自分がいる今は一途だ。
けれど、これからシェドに淋しい思いをさせることは間違いなく、その揺れているところに付け込む者がいてもおかしくはない。いくら一途とはいえ、弱っているところに入ってこられれば、心を許してしまうかもしれない。
だから、クォルファは強攻策に出た。
「………まあ、自業自得か?」
ダランが呟いた一言に、クォルファは微かに笑った。
「そうだ。私の目に付いた、“彼”が悪い」
クォルファは、今頃拗ねているであろう恋人の機嫌の取り方を考え始めた。
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