Extra.は遠く憧れを生み


 馬鹿なことをしたとは、思っている。
 鏡の中に映る自分を覗き込んで、シェドはなんともいえない複雑な顔をしてから、一つ、ため息を落とした。

 金の髪は、首の横の辺りで緩くまとめられ、いつもは着ない、長いローブの裾がシェドの膝上辺りで揺れている。そのローブの下から覗く足は長く、黒の長靴が微かに光を反射していた。
「………最悪………」
 つまり、鏡に映っているのは、いつもよりも背が高く、子供っぽくは見えないはずのシェドの姿であるはずだった。
 奇妙な言葉の列になってしまうのは、その背にのっかっているシェドの顔が、いつもどおりの童顔な女顔であり、それが絶望的なまでに身長と似合っていないからである。
 このような妙な事態に陥ったのは、シェドの履く黒の長靴が、俗に言うシークレットブーツという奴だからだ。
 何故このようなものがシェドの手にあるかと言うと、昨日、シェドの悪友の一人であるザインが、面白そうな表情で以って置いていったからである。曰く、『こういうのも試してみたらどうだ?』と。
『どうにでもできないことをどうにかするためにこういうものがあるわけだから、一度使ってみるのはどうだ?』
 そう言うザインは男の中でも背が高い方であり、また外見的にも知的な雰囲気が大変魅力的な青年であるため、悪友という関係でもなければまず間違いなく嫌味な奴だと敬遠するだろう。ただ、そういったからかいの中に、隠れがちではあるもののシェドのコンプレックス解消への気遣いがあることを知っているので、シェドは比較的おとなしくそれを受け取ったのだった。
 それに、いつもより高い視線は確かに嬉しかった。一つ、コンプレックスが解消できたと、いつもは着ない丈の長いローブを着込み、こうして鏡の前に立ったわけなのだが───。
「顔、なのかなぁ………」
 はっきり言って、高い背に可愛らしい顔、というのは激しく似合っていなかった。どこかが不自然なのである。シェドはそこで初めて、自分が背に見合った顔をしていたことに気付いて泣きそうになった。
(背が高くなれば何とかなると思ったのに)
 ぷに、と自分の頬をつまんでみる。顔を手で挟んで、頬の丸みを後ろへとずらしてみたりしてみるが、どうにもこうにも何かが激しく違う気がする。
 シェドは諦めのため息を吐いて、近くの椅子を引くと、少々乱暴に座り込んだ。解消し切れなかったコンプレックスに、悔しさが募る。
「どうしてなんだろう………」
 はあ、とため息をついてしょんぼりと俯いていたシェドだったが、ふと、自分のローブをべろんと持ち上げてみた。そして、思い出す。シェドの悪友二人は、こんなにもきっちりとローブを着込んでいないことを。
 物は試しと、先程までの曇った気持ちを切り替え、シェドは試行錯誤を始めた。
 襟元を乱してみたり、銀のアクセサリなどを覗かせてみたり。ファッションには今まで全く興味のなかったシェドだが、あれこれと弄りだすとだんだん楽しくなってきて、積極的にあれやこれやと試していく。
 背が高いからとローブも長くしていたのを、いつものものに戻してみる。それだけで、スカートにも見えていたローブが普通の服へと変わった。また、襟元をきっちりと締めていたのを緩め、肌を覗かせる事によって、シェドの感覚的にではあるが、大人っぽくなれたような気がした。また、ザインがついでにと置いていった小物がたくさんあったので、その中から伊達眼鏡を掛けてみる。それだけで、驚くほど印象が変わり、自分で選んだはずのシェドも驚いた。
「す、すごい………」
 さすがに実年齢の雄雄しい男性、とまではいかないものの、今までの女らしさは中性的だろうと言える程度にはなりを潜め、眼鏡のおかげか、多少は実年齢にも近付いた気がする。
「あとは、何か………」
 出し入れを繰り返したために、散乱した部屋の中を見渡していたシェドだったが、不意に部屋のドアがノックされた。
「? 誰?」
「───私だよ、シェド」
 独り言のつもりで呟いたはずが、馴染みのある声ですぐさま返事が返ってきて、シェドは部屋の惨状もそのままに慌ててドアへと飛びついた。
「クォルファ?」
「────、シェド?」
 ドアを開いたシェドも驚いたが、開けた向こうのクォルファはシェド以上に驚いたようであった。
 それもそのはずで、シェドはシークレットブーツを履いたままの高い視線、クォルファは、今までにない、自分よりも少々高めの視線を見上げて、珍しくも呆然としたようにその名前を呟いた。
 名前を呼ばれて、驚きからさめたシェドはみるみる首筋まで赤く染め上げていった。自分がしていたことを、はっきりと見られてしまったのを悟ったからだ。
「あ、の、その、これは………」
 付き合っている恋人はシェドのコンプレックスのことを知ってはいたが、さすがにこのような状況を見られるのは話が別だ。
 今までにない羞恥に、必死に弁解しようと試みていたシェドだが、クォルファの視線はシェドの顔を見てはおらず、むしろ、それよりも頭一つは低い位置───シェドの、乱れた襟元を凝視していた。
「眼福、だな」
「え?」
 ぽそりと呟かれた言葉に、あわあわと意味もなく手を振っていたシェドは赤い顔のままきょとんとクォルファを見下ろした。そしてようやく、クォルファがどこを見ているかに気付いて、叫んだ。
「クォルファ!?」
 しかし、シェドが叫んだときにはもう、クォルファは自分にとっての最優先だと思われる行動に出ていた。すなわち、シェドに真正面から抱きついたのである。いつもであれば、シェドの真正面にクォルファの顎が来るはずなのだが、シークレットブーツによって身長が底上げされていた今回は、クォルファの目の前に、赤く染まった首筋が来るような形になっていた。少し視線を落とすだけで、服の中身が見えそうである。
「ふぅん」
 クォルファは満足げに笑むと、右手でシェドの首筋をなぞる。
「く、く、く、クォル、ファ」
 シェドは最早、恐慌状態に陥っていた。首筋だけではなく、全身を真っ赤に染め、体からは湯気が出そうだ。
「こうして誘われるのも、たまにはいいね」
「!?」
 訳の分からないことを言われたと思えば、徐に首筋に口付けられる。びくり、と身体を揺らし、反射的に後ろに引こうとしたシェドだったが、背中に回されたクォルファの手はシェドを逃さない。
「逃がさないよ」
 にっこりと笑う顔はいつも通りに見えるが、その後ろに、シェドは何か見てはならないものを見てしまった気がした。




 後日シェドは、自分はしばらくはこのままでいいと心底身に染みたとか何とか。




 
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