Extra.は理性を狂わせて


 いつになく素直にこてん、と肩に頭を預けてきた恋人を見下ろせば、金髪の恋人は頬を真っ赤に染めて少し早い吐息を吐き出していた。丸くて大きな瞳は半分ほど薄い桃色の瞼に閉ざされて、赤く咲いた唇が誘うように薄く開かれている。
「大丈夫か、シェド?」
 心配になって問いかければ、どうしてそんなことを聞くの? とでも言いたげな子犬の瞳がクォルファを見上げる。案の定、その唇から漏れた言葉は、
「クォルファこそ、大丈夫?」
 まったく、自分のことなど気にしていない言葉だった。
(これは、酔っているのか?)
 シェドと酒を飲むのは、クォルファとしてはこれが初めてである。そもそも、相手のシェドは、酒すら初めてである。とてもそうは見えないが、一応成人を迎えているはずのシェドが酒を飲んだことが無いというのは、クォルファにとっては意外の一言に尽きる。とはいえ、すぐにそれは、初めての酔った姿を見るのだという微かな優越感と独占欲に変わった。
「私は大丈夫だ」
 にこりと微笑み返せば、はにかんだ笑顔を返される。普段であれば俯いて隠されてしまう照れたような笑顔は、クォルファの心臓部を直撃した。が、そういったことは一切表に出さずに、クォルファは左手の甲で熱を持ったシェドの頬を軽く撫でる。
「僕も、大丈夫だよ。飲むまでは、どうなるかなって心配だったんだけど」
 特になんともないな、と続けて、シェドはグラスの酒に口をつけた。また、頬が赤くなる。
 ろれつは回っている。泣いたり、笑ったり、絡んだりも無い。密かにクォルファが期待していたキス魔や甘え上戸などの症状も無く、いたって普通に五本目の瓶を開けている。
(………なるほど、酒は強いのか)
 少々残念に思いながらその様子を眺めるクォルファは、実はそこまで口をつけていない。酒に弱いということは無いが、強いと言うわけではないのだ。似たような血を継いでいるはずのダランなどは酒豪なのだが。
「シェド、こちらの方が甘いよ」
 新たに酒を注ごうとするシェドに声を掛けて、度数の少し高めの果実酒を勧める。シェドはこくりと頷いて、素直に口をつけた。白い喉が上下する様が、まるで誘っているようだと感じるのはクォルファだけではないはずだ。
「………おい、クォルファ。そのあたりにしておけ」
 ふいにクォルファの思考を遮ったのは隣に座るダランだ。気がつけば、向かいに座っていたはずの後輩二人が机に突っ伏したり横に倒れたりしている。どうやら、酔いつぶれてしまったらしい。
 二人と同じ量かそれ以上飲んでいるはずの従兄弟は、クォルファの隣でいつも通りの顔のまま平気でグラスを傾けている。頬が少々熱い事を自覚しているクォルファは妙な悔しさを感じたが、それ以上に、ダランの言葉にむっとした。
「………何故?」
「二日酔いがひどかったら可哀想だろう?」
 答えを聞かずとも、ダランがそういう意味で口にしたことは当に察していたが、心配するその言葉を、今のダランの口から聞いたのが気に障った。
 ダランがクォルファの向こう側のシェドを見ようと首を伸ばすので、すかさずその喉元を容赦なく押しやって身体をずらす。
「ぐえ、げほっ」
「今は見るな。………まあ、今夜はここまでにしておこうかな」
 せきこむダランをそのままに、クォルファは振り向いてシェドの様子を確認する。こちらを見たクォルファに、シェドが気づいて首を傾げる。
「どうしたの?」
「そろそろ、お開きになりそうだ」
「そっか。って、ジクスとザイン、もう寝てる?」
 今更ながらに向かいの二人に心配したような視線を向け、その右手を伸ばす。ので、クォルファはその右手を掴んだ。代わりに自身の右手で、契約している従魔を呼び出す。
『クォルファさま?』
「あの二人を、部屋まで送って来い」
『承知いたしました』
 頷いた巨鳥が、机をすり抜け、二人の身体だけを器用にすくって開け放された窓から飛んでいく。クォルファの隣で、むせから立ち直ったダランが諦めたように酒瓶を片付けている。クォルファはそれを手伝おうとするシェドの頭を胸に抱え込み、右手で一気にそれらを片付けた。さすがに、ダランが非難めいたまなざしを向けてくる。
「おい」
「今日は楽しかったよ、従兄弟殿」
 先制してにっこり笑ってやると、ダランは疲れたような表情をして、右手で顔を覆う。クォルファとしては早くシェドと二人きりになりたいが、この上さらに力づくで邪魔者を一気に追い払うのはさすがに自分勝手というものだ。ここは自主退場を促さなくてはならない。ということで、クォルファはしっかり飴を与えておくことにする。
「そうそう、この間頼まれていた資料、届けておいたよ」
「………ッ、ホントか!?」
 うなだれていたダランが一気に生き返ったのに頷いてやる。それからにやりと笑って、右手で追い払う仕草をしてやると、ダランは苦笑を浮かべて従魔を呼び、すぐに部屋を出て行った。その際、残されたシェドに哀れむような目を向けていったのは、もはやご愛嬌というものかもしれない。
「………帰っちゃったね」
 おとなしくクォルファに抱き寄せられていたシェドが、少しだけ複雑そうにそう言う。抱き寄せていた金髪を撫でながら、クォルファは苦笑した。
「淋しい?」
「………クォルファが帰ったら、淋しいかもしれない」
 いつもとは変わらないように見えるのに、少しだけ素直さが見え隠れする。もしかすると酔っているのかもしれないな、と考えて、クォルファはぎゅっとその小さな体を抱きしめた。
(酔っているのは、私かもしれない)
 こんなに近くにいるのに、その小さな身体を抱きしめているのに、シェドを遠く感じる。腕の中の温もりを、離したくないと思っている。たまらず、クォルファはシェドの顎をくいと持ち上げると、強引に唇をふさいだ。金の睫が間近で震えて、やがて閉じられる。
「酒を飲ませたつもりが、飲ませられた気がする」
 唇を離し、恋人の顔を覗き込みながら呟いたクォルファは、ふいに返された口付けに、ただ幸せそうに笑った。



 拍手ログ  10.01.01〜10.01.31 掲載



 
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