桂枝加芍薬生姜人参新加湯(けいしかしゃくやくしょうきょうにんじんしんかとう)

傷寒論・金匱要略条文

【太陽病中篇】
発汗後、身疼痛し、脈沈遅の者、桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯之を主る。

諸家知見

湯本
脈沈遅は裏證即ち胃虚衰の応徴なれども表證未だ去らざるものなれば桂枝湯を用い新たに人参を加え生姜を増量して胃の虚衰を復し芍薬を増加して身疼痛を治するなり。

方極附言
桂枝加芍薬湯証にして、心下痞鞭し、或は拘攣及び嘔する者を治す。
為則案ずるに、当に心下痞鞭、或は拘急、或は嘔の証あるべし。

方機
発汗して後疼痛甚だしく、脈沈遅、或は痺し、或は四肢拘攣し、心下宿塞する者は桂枝加芍薬生姜人参湯之を主る(大簇或は応鐘を兼用す)。

類聚方広義
疝家、寒熱交も作り、心下痞鞭し、胸腹攣痛して嘔する者を治す。

小倉重成
桂枝加芍薬湯で、心下痞鞭し、嘔する者。

大塚敬節       ☆
およそ傷寒論で、「発汗後」という場合は、発汗前の症状の十中の八九は去って、証が変化し、一、二の余症の残存している時に用いる法語である。
 ここでは発汗後といえども、身疼痛が依然として残り、浮数または浮緊の脈は、すでに変じて沈遅になったのである。脈が沈遅であるということは、発汗によって體液が損耗して、血気の運行が渋滞している証拠である。
 この場合の身疼痛は、表証である麻黄湯のそれとは異なり、まさに太陽の位置を去って、少陰病に陥らんとする傾向にある。そこで、この方を用いて血を潤して、陰を増し、陽気をひきたてて表に達せしめ、もって、身疼痛を治し、少陰病に陥ることをふせぐ。芍薬、人参は滋潤剤にして陰を潤し、生姜は陽気をめぐらすの効がある。

皇漢医学(湯本)
師が斯如き迂遠なる方名を附せしは凡そ方剤は証に随いて薬物を去加すべきものなれば一定の規矩を死守し膠柱の弊に陥る勿れとの意を示すにありしならん。而して本條の脈沈遅は裏証即ち胃虚衰の応徴なれども表証尚未だ去らざるものなれば桂枝湯を例の如く用い新たに人参を加え生姜を増量して胃の虚衰を復し芍薬を増加して身疼痛を治するなり。東洞翁が本方を桂枝加芍薬生姜人参湯と称し「桂枝湯証にして心下痞鞭、身疼痛、及嘔する者を治す」と定義し又「当に心下痞鞭、或は拘急、或は嘔証あるべし」と説きしは良説なれども生姜を増量せしは此薬ををして独り嘔症を治せしめんが為のみならず亦之をして人参を補佐せしめ以て健胃作用を優越ならしめんが為なり。故に本方は「桂枝加芍薬湯証にして心下痞鞭あり時に嘔し身疼痛する者を治す」と定義すべきものなり、然らば心下痞鞭とは如何、答えて曰く痞とは「つかえる」の意にして鞭は「かたし」の義なれば心下痞とは自他覚的に胃部停滞膨満するの意にして心下鞭とは即ち此膨満感に一種の抵抗を触知するの義なれども人参の主治する心下痞鞭は大柴胡湯等に於けるものの実証なると異なり全く虚証に属するものなれば実証に於けるが如く堅硬ならず恰も薄板を撫するが如き凝結物たる程度に止るものとす。
又心下痞鞭は一種の虚証たる桂枝去芍薬湯の胸満、苓桂朮甘湯の心下逆満に疑似するも此二方の胸満、逆満は気上衝の余波に過ぎざるものにして上衝劇なるときは著明に現れ上衝稍や低降するときは減弱し上衝全く下降するときは消失する不定症状に外ならざれば恒存的なる人参の心下痞鞭と区別するを得べし。而のみならず胸満、逆満は只心下部膨満するに止まり抵抗あるにあらざれば亦能く人参の心下痞鞭と鑑別するを得べし。

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