諸家知見
和久田氏
黄汗の病は表虚によるなり、両脛冷るは陽気下に旺ぜざるなり、凡そ表虚する者は気衝逆す、気衝逆するものは下部自ら冷ゆ、是れ内因病の常情なり。假令発熱すとも、外因の邪気にあらざることを知る、此病汗歴節より出るを以て、歴節病に属するものとするなり、属は手下につくの意にして正證にあらざるを示す、歴節は歴節痛で黄汗出づるものの病名なり。食事が已(すむ)と汗出る、又常々日暮になると煩躁して、寐中に盗汗出るものは、此れ労気の然らしむるところなり、労気は、正気の肌表を衛り固めて津液を内にめぐらし?理へもらさぬはずのものが、疲れ労れて其守衛を失いたるを云う、心気の労と誤認すべからず、虚熱は多く午後より日暮に出で、且つ盗汗は虚熱による寐中の汗故に暮の字を下すなり。
凡そ発熱するもの、汗出で已て解するを常とす、今汗出で已て発熱するもの、常と反す故に反と云うなり、然れば則ち此発熱は表證に非して、気血の鬱による、気血の鬱は乃ち正気の労なり、此汗此熱久々止まざれば、津液枯渇して其身必ず甲錯す、甲錯は肌膚あれて鮫皮となるなり、発熱止まざるものは気血の鬱が散ぜざる故、必ず悪瘡を発して、廱膿と成ることを知るなり。若し汗未だ出ざる前に身重く、汗出で已て輙ち軽くなるものは、其身重は肌表に水あるによるなり、此證久々止まざれば、必ず身潤動す、潤はぴくぴくぴりぴりと動くなり、此れ水気経に入て衝逆するの候なり、さて身潤動すれば即ち胸中痛む、是れ其潤動即ち水気の衝逆なるものは気の上衝によるなり、又此の気の上衝、同時に胸を衝く故に胸中痛むなり、即ちの字を以て相接するもの、潤痛間を容れざるの意をみるべし、此段前段より虚候重きこと一等なり。又以下の段、前の四段を承て又一等の劇症を論ず、故に又の字を以て上に接するなり、腰より以上必ず汗出で下汗無くの句は前の両脛自ら冷ゆと応ず、下部冷て汗出ること無きなり、弛はたるむなり、物あり皮中に在るが如しとは、麻痺の状なり、肌を循るに皮中に一物を隔てたる如く覚ゆるは、吾身のように覚へぬなり、此は水腰にあつまりて、陽気めぐり下ること少なきが故なり、劇き者は食すること能わずとは、衝逆劇く胸中窒塞して食せんとすれども食すること能はざるなり、食気無きを云うに非ず、例に曰く、身腫れて冷状に周痺の如く胸中塞り、食すること能わず、反て聚痛し、暮躁して眠ることを得ず、此れを黄汗と為すと、是なり、乃ち前の胸中痛の句と応じて身疼重も、亦水と鬱熱とによるなり、前の身重と応ず、煩躁は前の暮による盗汗出づに応ず、暮躁して眠ることを得ずとは是なり、小便不利するは、気下降せざるによるなり、以上の諸症を加えて、汗出るものを、真の黄汗病と名くるものとするなり、而して其治法は栄衛を和諧め、血気の鬱滞なからしめ、衝気自低するところ桂枝湯を本方として更に表托して肌膚を實にするところの黄耆を加て服さしむれば陽気は肌膚旺じ、衝気は自ら低降し、?理は自ら固密にして水は止ること能わず、小便自利して、諸證悉く退くもの、信にして徴あり。
方極附言
桂技湯証にして、自汗盗汗、若しくは黄汗の者を治す。
方機
黄汗四肢弛痛、或は身疼重し煩躁し小便不利する者(煩躁し小便不利する者は方証を立つ。身体疼重を主証となすなり。)、或は盗汗出ずる者、発熱悪風して黄色を発する者は桂枝加黄耆湯之を主る。
小倉重成
しばしば衣類を黄染するほどの脱汗(黄汗)、浮腫、身体疼重。
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