次項「病気の本質」でいろいろ聞きなれない言葉が出てきますので、理解しやすいように、ここで簡単に漢方のものさしともいうべき、陰陽虚実、および三陰三陽について述べておこうと思います。
「陰陽」という言葉のもつ意味は、「傷寒論」を基礎とする漢方と、「黄帝内経」や「現代中医学」で使われているものとでは、全く異なります。そして、この異いが漢方をより複雑なわかりにくいものにしているのですが、ここでは、「傷寒論」をもとにした「陰陽」および「三陰三陽」について述べることにします。
人の体はその体質の違いにより「陰」と「陽」に大きく二つに分けることができます。
「陽証(ようしょう)」
陽証とは体の機能が亢進し、熱状を帯びている状態をいいます(赤ら顔で、何事にも積極的で、活動的な人を想像して見てください)。病気においては、まだ十分体力があり、病気と盛んに争って病気を排除しようとして機能が亢進している時期のことで、その症状も発揚的で、この時期を「陽病(ようびょう)」とよんでいます。
「陰証(いんしょう)」
陰証とは体の機能が低下し、寒状を帯びている状態をいいます(青白い顔をして背を丸めて何事にも消極的で寒そうに縮こまっている人を想像してみてください)。病気においては、すでに機能は低下し、十分病気と争うだけの体力もなく、やっと持ちこたえている状態で、その症状も沈鬱的で、この時期を「陰病(いんびょう)」とよんでいます。
従って、陽証の人の病気は治りやすく、陰証の人の病気は治るのに長くかかります。
さらに陽病は、「太陽病」、「少陽病」、「陽明病」の三つの病位に分類され、陰病は「少陰病」、「大陰病」、「厥陰病」の三つに分類されます。
「太陽病(たいようびょう)」
太陽病とは病気の本質(機能の失調や非生理的産物の発生部位)が体表部にある時期をさします。現代医学的には、頭部、皮膚、筋肉、関節、呼吸器、泌尿器を含み、主として、頭痛、筋肉痛、関節痛、発疹などの皮膚症状、クシャミ鼻水などの鼻症状、咳や喘鳴、喀痰などの呼吸器症状、浮腫などの泌尿器症状などがみられ、脈は浮き気味です、しかしここでいう太陽病の呼吸器症状や泌尿器症状はあくまで皮膚の汗腺機能の失調によって起こってきた代償性の症状ですので、他の病位にあってこれらの症状が見られる場合とよく鑑別しなければなりません。
また、発熱性疾患では、悪寒(さむけ)と発熱が同時にあり、頭痛がして、後頭部がこわばり、脈が浮のときに太陽病とよびます。もちろん、筋肉痛や、関節痛、鼻炎症状、咳や喘鳴や喀痰、浮腫などがみられもかまいません。
そして、この太陽病には「虚実(きょじつ)」の別があって、汗腺機能にしまりがなく、自然に汗が出るものを「太陽病虚証(きょしょう)」とし、汗腺機能が過緊張の状態で、自然には汗の出ないものを、「太陽病実証」としています。
太陽病虚証には主として桂枝湯を中心とした桂枝剤系統が用いられ、太陽病実証には麻黄湯を中心とした麻黄剤系統が用いられます。その中間に位置するのが葛根湯で、その位置は両方にまたがっていて余り虚実にしばられませんので、風邪の引き始めに多用されています。しかし、それぞれの薬方にはそれぞれの証がありますので、証をないがしろにしては効果は期待できないばかりか反って害になります。
「少陽病(しょうようびょう)」
少陽病とは病気の本質(機能の失調や非生理的産物の発生部位)が表と裏の中間の位置、つまり「半表半裏(はんぴょうはんり)」にあるものをいいます。その範囲は非常に広く、現代医学的には胸腔と腹腔の一部を含み、症状としては主として肺、肝胆、膵、心、胃、泌尿生殖器などの症状がみられます。その定義は少陽病の大綱の条文に「少陽の病たる口苦、咽乾、目眩なり」とありますが、これだけではいささか不十分ですので、少陽病の各条文の中の少陽病の定義に必要かつ十分条件である、「往来寒熱(おうらいかんねつ)」、「胸脇苦満(きょうきょうくまん)」、「默默(もくもく)として飲食を欲せず」、「心煩喜嘔(しんぱんきおう)」、「嘔して発熱する者」、「諸黄腹痛して嘔する者」のどれかの症状に該当する病態と定義することが出来ると思います。その中でも、発熱性疾患では、往来寒熱と食欲低下が重要になってきますし、無熱性の疾患では胸脇苦満が非常に重要になってきます。
※「口苦」とは口の中が苦く感じることで、朝起き掛けに口の中が粘ったり、歯をみがくときに吐き気がしたりするのも少陽病の目標になります。
※「咽乾」とはのどの乾燥感のことで熱病のときによく現れます。
※「目眩」とはめまいのことで、他の病位でもみられますので余り少陽病の確定には役立ちません。
※「往来寒熱」とは少陽病の代表的な熱型で、熱と寒けが交互に現れる熱状をいい、このほかにも持続的につづく微熱や、午後になると熱が上昇するものなども少陽病に属します。
※「胸脇苦満」とは胸脇、季肋下部に物が詰まった感じで苦しい状をいい、また脇下痞鞭とよばれるその部の按圧による抵抗圧痛なども包含されます。
※「心煩喜嘔」とはむかむかしてしばしば嘔吐することです。
※「諸黄腹痛して嘔するもの」とは黄疸で腹痛して嘔吐するにものということです。
少陽病には柴胡、黄 を主薬とした柴胡剤と呼ばれる各薬方がよく用いられますが、少陽病にも「虚実(きょじつ)」の別があります。太陽病に近いほど虚証で、陽明病に近いほど実証と考えられます。虚証から実証へ順次列記していきますと、柴胡桂枝湯、小柴胡湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、大柴胡湯となりますが、少陽病の壊病的な、陰病の方意も少しふくむ柴胡桂枝乾姜湯は最も虚証です。また、この他、少陽病の薬方はその守備範囲の広さから、 連剤、梔子剤、半夏剤、茯苓剤など多岐にわたります。
「陽明病(ようめいびょう)」
陽明病とは病気の本質(機能の失調や非生理的産物の発生部位)が裏(胃腸)にある時期をいいます。その大綱の条文に「陽明の病たる、胃家実是れなり」と述べられていますが、胃家実即ち胃腸内に病毒充実し、腹部を按じると堅硬で内部も充実抵抗のあるものは陽明病であるとの意味です。
陽明病には、まだ便秘にまではいたってないが、全身の熱状強く、煩渇(のどの燥きが強く、飲んでも飲んでもきりがない)の状をしめす白虎湯類の適応する時期と、既に便秘の状態に陥っている承気湯類の適応する時期とがあります。陽明病位は充実した病毒と十分争っている時期ですので虚証はなく全て実証です。
次に陰病ですが、陰病はすべて、その本質は、裏の機能低下によるもので、従って全て虚証です。
陰病ではその区別はそれほど厳密ではありませんので、陰病全体を一つの分類として一くくりにしてもかまわないのですが、陰病とはどんなものか、少し具体的に理解するために、一応述べておきます。
「少陰病」(しょういんびょう)」
少陰病とはその大綱の条文に「少陰の病たる、但悪寒し、寝ねんと欲す」とあるように、発熱性疾患では、体温計で計ると熱はあるのですが、病人にはあまり熱感はなく反って寒がり、頭を氷嚢などで冷やすことを嫌い、体がきつくて寝ていたいという時期です。そしてこの悪寒は感冒などによる悪寒発熱の悪寒によるものではなく、その人の機能低下による寒象の現れです。薬方は体表部を主とした麻黄附子細辛湯などを用いる場合と、裏を主とした真武湯などを用いる場合とがあります。慢性病では「寝ねんと欲す」が重要な目標になりますが、その他、外証(表面にあらわれている症状)、脈証、腹証などを参考にしなくてはなりません。
麻黄附子細辛湯証は体力のない人が流感などに罹ったときによくみられますし、真武湯は少陰病の葛根湯ともよばれ、陰病に非常に広く使用され、少陽病を柴胡桂枝乾姜湯でも救いきれずに陰病に陥らせ、真武湯で救うことも多々あります。脈は一般に沈細弱を呈しますが、真武湯などでは陽病のように高熱がみられることもあり、ときに脈が浮になることもありますので(浮脈でも発熱に不相応な遅脈を呈する)、誤治しないように気を付けねばなりません。
「大陰病(たいいんびょう)」
大陰病とはその大綱の条文に「大陰の病たる、腹満して吐し、食下らず、自利益す甚しく、時に腹自ら痛む」とあるように、消化機能が沈衰してそのために腹部に水分やガスが停滞し、それによって腹満し(その腹満は腹壁のみで内部は空虚で実していない)、その水分やガスの停滞のため嘔吐して食が下らず、下痢し、時に腹痛するというものです。簡単にいえば、陰証で、腹満腹痛、嘔吐下痢を呈するものと言うことです。桂枝去芍薬湯、小建中湯、人参湯、四逆湯、大建中湯、附子粳米湯などの治験例が多くみられます。
「厥陰病(けっちんびょう)」
厥陰病とはその大綱の条文に「厥陰の病たる、消渇、気心に上撞し、心中疼熱、飢て食を欲せず、食すれば則ち蛔を吐し、之を下せば、利止まず」とあるように、陰病の極みで、もはや体表に及ぶ気血もなく、手足は指の先から冷え上がり、なんとかこれを救おうと裏の気血は暴迫し上に迫るも体表には達し得ず、また仕方なく下に下って下痢を発し、この気血が上に迫ることにより頭脳或いは心胸中に疼くような熱感をおぼえるというもので、簡単にいうと、陰病の上熱下寒の証です。ここまでくると病は重篤で、薬方は四逆湯、四逆湯加人参湯、茯苓四逆湯、通脈四逆加猪胆汁湯などの出番になります。当帰四逆加呉茱萸生姜湯もこの厥陰病に列せられてはいますが、この証はそれほど重篤の証ではありません。
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このほか脈証や腹証についても述べる必要があるかもしれませんが少し専門的になりますので、またの機会に譲ります。
脈は手首を圧えてみて普段の脈拍数や、浮いているか沈んでいるかぐらいは知っておくと病気になったときに非常に役立ちますので、一度みて覚えておいてください。
また、詳しい腹診は別として、自分の腹力が強いか弱いか知っておくことも大切です。拳を握って、親指と人差し指の根元のところを指先で抑えてみて、これよりも腹力が弱かったら虚証で、強ければ実証です(仰向けに寝て腹部を抑え比較しててみてください)。
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