無念な思い

 18年前のことです。当時68歳の青白い痩せた婦人が、「眩暈がして歩くにもふらついて困る、と言って相談に見えました。これまで3カ月ほど病院で治療をしてもらっていたがはかばかしくないので、人に聞いて、相談に来たというのです。

 此の婦人は甚だしい疲労感を訴え、話す声も小さく元気がなく、いかにも弱々しく、手足には軽いむくみがありました。それで、さらに尋ねてみますと、慢性腎炎があると云うのです。それに冷え性で、小便は近く夜間2〜3回の排尿があり、食は細く、時々便秘すると答えます。

  そこで虚弱な婦人の慢性腎炎には当帰芍薬散が奏功することが多いので、この婦人にも当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を2週間分差し上げました。ところが期待に反してあまり効果が見られません。体質が虚弱なため薬の効果がすぐ現れないのでは、と考え、更に2週間分、しかしそれでも改善の兆しが見られないのです。

 これは当帰芍薬散証(当帰芍薬散が適応する体質)よりももっと虚弱な体質だと考え直し、真武湯(しんぶとう)を差し上げました。すると、これを飲み始めて、徐々に病状は快方に向かい、2カ月程で本人が苦痛としている症状はとれてしまいました。

 
しかし顔色の青白いのも、痩せているのも未だ以前と変わりません。にもかかわらず本人は苦しい症状が取れてしまったので、治ったのだと思い込み、勝手に休薬してしまいました

 それから5年程して、この婦人の訃報を耳にしました。ひょっとしたら、慢性腎炎が再発し、それが亢じて尿毒症にでもなってしまったのでは、そう考えると大変無念でしかたがありませんでした。


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 漢方薬局をやっていると時々こういうことに遭遇します。もう少し無理にでも続けさせていたらと、いくら悔やんでも悔やみきれません。しかし、相談者は、症状が取れてしまった段階で、病気が治ってしまったと思い込み、そこで休薬してしまうことが結構多いのです。私たちの目からすると、症状は取れてしまっても、病気はまだ完全に治っているとは思えない場合にでもです。ところがお金を頂いている以上、そう強くも勧めることができません。“もう治りましたよ”というまで続けてくれていたなら、こんなことにならずにすんだでしょうし、もっと丈夫な身体になれたのにと非常に無念です。薬をただであげれたらとこういう時はつくづく思います。
 人の身体は両親より体質を受け継ぎ、長い年月をかけて、その食生活や、生活環境の影響を受け、徐々にその人特有の体質となるのです。漢方を以てしてもそう簡単に手のひらをかえすようには体質は変わるものではありません。頑張って続けて欲しいものです。

「症例から見た漢方」は「漢方のものさし」「病気の本質」と読み合わせていただけば、よくご理解いただけます。