湯本求眞 著
皇漢医学
はじめに

 湯本求眞著『皇漢医学』の中より皇漢医学の本質ともいうべき「概論」をここに抜粋披瀝させていただきました。
一人でも多くの方々にお読みいただき、漢方に対して正しいご理解を賜りたいと切に願っています。

   


1、洋漢二醫學の比較概論



 凡そ學術の何たるを問はず理論と事實が常に一致契合し其間に毫厘の差を生ぜざること數學の於けると等しからんには理論の研究だに勤て怠らざるときは更に経験的智識を要せざる理なりと雖も醫學は霊妙不可思議的活物たる人類に對する學術なれば単純なる理論の能く解決し得る處にあらざれば経験的智識を俟たざるべからずと云はんよりは人體経験的事實に基きし理論にあらざれば眞正の理論にあらずと斷ずるが寧ろ適切なれば須く人體経験的事實を先とし理論を其後たらしめざるべからず、然るに洋醫の過半は科學萬能主義者にして苟も科學の力を以てすれば何等解決せざるなしとの妄想より試験管と人體を同視し動物試験を以て金條玉科となし是等より得たる結論を直に至妙不可解なる人身に試むるが故に俗諺の勘定が合ふて銭足らずの如く研究室裏の理論は精細微妙を極むるの観あるも臨床上には権威なきなり是に反して漢方は數千年前より幾千萬億の人體に就き病理、薬能を討究し百練千磨の後完成せられしものなれば其理論は一見空漠の感なきにあらざれども其實は然らず秩序整然、終始一貫せる條理あり薬方亦然るが故に實地上には赫々たる偉効を奏す是れ余が實験の證する處なり併し乍ら此議論は洋方の短所を舉げて長所を揚げず漢方の長所を説きて短所に及さざれば其偏斷なるは余と雖も之を承認するに吝なるものにあらず余は漢醫方あるを知りて洋醫方あるを知らざるものにあらず又経験的智識のみを尊重して科學的智識を無視するものにもあらず拙著漢方醫學解説の自序に余の本書ある所以は醫聖張仲景師の創設せる東洋古醫學を西洋醫學の原理を以て解説し其長所を明にすると共に現代治療術の短所を探り以て二醫學の融合統一を期するの宿望に出づ鈍劣なる余輩固より斯る大任に當るの資格なしと雖も、尠くとも其連鎖たり媒酌人たるを得ば望み足れり希くは讀者諸君余を以て漢醫方をのみ妄信する頑愚の徒となす勿れ。

 と述べしが如く余は元来洋漢醫方折衷主義者にして洋醫方の長所は益々之を助長すると共に其短所は斷然廃棄し其長所に配するに漢醫方の長所を以てせる一新醫術の出現せんことを希望するものなり然るに余獨り漢醫方の長所を力説する所以は此醫方は將に滅亡せんと僅に餘喘を保つの悲境に沈倫せるを以て其長所を発揮するは急務中の急務なりと信じたるが為にして洋醫方の短所を舉げたるは比較論究上已むを得ざるに出たるのみ豈、好んで此醫方を痛罵し以て快とするものならんや。

                              


   

2、表裏・半表半裏・内外・陰陽虚實・主客本末



 表裏の表とは皮膚を指すの辭にして此部に病毒集中すれば一種の病症を発す之れ即ち表證と称するものにして発汗解熱薬を用ひて病毒を汗腺より排除し盡すを以て原則とす若し此発汗にして徹せざれば病毒は轉じて呼吸・消化・泌尿器等に入り諸般の疾病を惹起す裏とは消化管の意にして此部に病毒集積し實證を呈することあれば瀉下薬を用ひて病毒を駆逐するを以て規矩とす若し然らざれば病毒は遂に内位に侵入し往々不治の難症を誘発す半表半裏とは胸腹二腔の中間部の義にして気管支・肺・心・肝・脾・膵・胃の所在に該当するが故に若し此部に病毒蝟集するときは右諸臓器の一乃至数個をして発病せしむ是れ即ち半表半裏證と称するものにして此病毒は和剤を用ひて緩解すると共に其一部を皮膚・呼吸・泌尿器より排泄するを以て準縄とす斯如く病毒は表より半表半裏或は裏に裏より内に又は表より内に半表半裏より内に轉入すと雖も屡々是れと正反對に内より裏或は半表半裏或は表に又は裏より半表半裏或は表に半表半裏より表に轉出することあり是れ人間の活物たる所以なれば単純なる理論の能く解決し得る所にあらざるなり。内外とは相對的の辭にして内とは皮膚・呼吸器・消化管以外の臓器組織を云ひ外とは内以外の臓器組織を云ふ故に内に對するときは裏は外なれども表に對するときは裏も又内にして半表半裏は表裏の中間に位するを以て此名あるものなれば裏に對するときは外なれども表に對するときは内なり斯如く師の表裏内外を分つ所以は要するに病毒の所在を明示すると共に其轉變状態を明にし醫をして正しく之に對應せしめんが為なり。

 陰陽の陰即ち陰證とは消極的及寒性の意にして病勢沈伏して発顕し難く脈は沈遅・沈弱・沈細・沈微にして力なく悪寒・厥冷等の症あるを云ひ陽即ち陽證とは積極的及熱性の義にして病勢発揚して開顕せざるはなく脈も亦之に準じて浮數・浮大・滑大・洪大となり多く熱発するを云ふ斯如く陰證と陽證とは全く正反對にして厳密にこれを分たざるべからず何となれば仮令同一病たりとも其陰たると陽たるとにより治法を異にするの要あればなり例えば感冒の表證あるに當り若し陰證なるときは発表薬に熱性・発揚性を有する附子・細辛を配せる桂枝加附子湯・麻黄附子細辛湯等を處すべきものにして陽證なれば発表薬に冷性・沈降性なる石膏を伍せる葛根湯加石膏・小青竜湯加石膏等を投ずべきものなり若し此法則に随はず陰證に與ふるに附子・細辛あらざる桂枝湯、麻黄湯等を以てし陽證に處するに石膏を含まざる葛根湯、小青竜湯等を以てするときは其何れも共に治せざるのみならず反て増悪を致す又若し此法則に正反し陰證に與ふるに葛根湯加石膏、小青竜湯加石膏を以てし陽證に處するに桂枝加附子湯、麻黄附子細辛湯を以てするときはするときは陰證は益々陰位に陥り陽證は彌々陽證に進展し不測の變を招来す然るに此理を辯ぜざる洋醫は検温器を以て唯一の指針とし體温の昇騰だに認むれば其陰たると陽たるとを問はず一律的に同一なる解熱剤を處し温薬を與ふべき陰證に反て陰冷なる水薬を投じ尚更に氷嚢を貼するが故に軽微なる感冒と雖も容易に治する事なく往々カタル性肺炎等を誘発せしめ病者をして危地に彷徨せしむ。

 虚實の虚即ち虚證とは空虚の意にして病毒未だ去らざるに精力既に虚乏せるものなれば脈は細・小・微・弱となり腹部も亦軟弱無力にして恰も綿花を按ずるが如く弾力消失せし護模球を撫するが如し故に勿論吐下すべからず発汗も亦大に戒慎すべく主として和法を施すべきものなり之に反して實即ち實證とは充實の義にして病毒體内に充實するも體力猶是れと對抗しつつあるものなれば一般に壮實の観あり實・長・大・滑等の脈状を呈し腹部は緊満して力あり或は堅硬にして抵抗強きものなれば汗吐下を徹底的に行はざるべからざるものなり、故に仮令數十日便秘すとも下剤を厳禁すべき虚證あり一日數十行下痢すとも下剤を投ぜざるべからざる實證あるなり洋醫の多數は深く此別を解せず専ら體温の上昇と便通の秘結とを以て汗下を決す誤れりと云ふべし。

 主客の主とは證の主人の意なれば始より現れて終始不動なる症状を云ひ客とは其客人の義なれば後に発して隠見出没する症状を云ふ、例へば桂枝湯證の主症は頭痛なれば病初より出現て恒存的なるも乾嘔は其客症なれば後に発現して必在的ならず、故に桂枝湯は頭痛を主目的として活用すべく乾嘔を主目的とすべきにあらず、是れ主客の別にして治療巧拙の分るる處なれば肝銘せざるべからず。

 本末の本は病の根本にして末は其末節枝葉なれば病根を抜去すれば枝葉の症状は治せずして自ら散ずるの理なり、故に病を診するには必ず本末を辯せざるべからず。


   

3、腹證・腹診法



 漢醫方の腹證、腹診法は東漢の時、長沙の太守たりし醫聖張仲景氏の著なる傷寒論、金匱要略に胚胎するも其揺籃たりし支部にありては晋唐以降、醫術は漸次頽廃し仙術、陰陽五行等の空論憶説を逞くせしが為め、復之を顧みるものあらざりしに本朝に傳来してより漸次進歩の暁光を見るを得たり執中吉益東洞翁輩出し復古の學絶叫せしより俄然長足の発達を遂げ此醫方中最重要の位置を占るに到れり然からば腹證腹診法とは如何答て曰く洋醫方に於ては解剖、組織、生理、病理等の基礎醫學及理化學、機械類進歩の関係上、個々臓器の病變に對する診断法は精細周密なれば甲臓器に原発的病變あれば乙或は乙丙等の臓器に續発的病變を惹起するの事實理由を知悉するも原発的病變ある甲臓器及續発的病變ある乙其他の臓器より発する紛肴せる症状中より是等數臓器の病變に固有にして且一定不變なる他覚症を腹部に於て検出し是を以て處剤の目標とし適方を處するときは此目標を呈するに至らしめたる數臓器の病變は其原発的たると續発的たるとを問はず皆悉く治癒するの事實を知らず随て此目標に對する方剤を有せず之に反して漢醫方に於ては數千年間の経験により此目標を熟知するのみならず、之に對する方剤を有するが故に此目標を腹證と名け之を診する方法を腹診法と称し、之を以て診断治療の基本となすなり、詳言すれば此腹證に脈證、舌證、外證を参照すれば直に其治療法即ち用ゆべき方剤確定するものなれば腹證と方剤とは恰も影の形に於けるが如く常に相随伴すべきものにして離割すべからざるものとす、例へば小柴胡湯・柴胡桂枝乾姜湯・大柴胡湯・四逆散等の柴胡剤應用上の目標たる胸脇苦満なる腹證は胃カタルにも腸カタルにも肝臓、胆嚢、輸胆管の炎症にもマラリアにも脚気にも心臓病にも肋膜炎にも肺結核にも腎炎にも子宮疾患にも屡々現出する腹證なるが、若し是等の病者に胸脇苦満證あるを認むるときは尚更に脈、舌、外證を参照して柴胡剤中の適方を撰用すれば右の諸症は皆盡く治癒す、故に仮令肺尖カタルを胃カタルと誤診し右側肋膜炎を肝臓病と錯誤すとも腹證だに誤らざれば只病名の誤診たるに止り其治療法には誤りなき理なるを以て洋醫の誤診即ち誤治とは大なる巡庭あり、又此理あるが故に此診断法によるときは各種疾病の初期に當り不定症状のみ存し診断困難なる場合と雖も只病名の定まらざるに止まり治法に至りては始より間然する所なければ或は治期を遷延し或は挽回し難き禍害を病者に與ふるの失なし又同理によりこの腹診法によるときは病を有するに拘らず之を自覚せざる外観的健康者と雖も其潜伏せる病根を触知し得るが故に之を抜去し病を未萌に制するを得べし、仲景師が上工は未病を治すと云へるは蓋し此謂に外ならず。

 二個以上の臓器に病變併発し又は甲臓器に原発的病變ありて是が乙臓器に續発的病變を起さしめたる場合例へば胃腸カタルと子宮病の併発せし際に於ても胸脇苦満證だに存すれば復、柴胡剤中の適方を撰用するときは胃腸カタルも子宮病も共に能く治癒す又脚気に心臓病を續発したる時と雖も胸脇苦満證だに實在すれば復、同じく柴胡剤中の適方を撰用す斯するときは原発病たる脚気の治するに随ひて心臓病も亦自ら治癒す是れ漢方の微妙なる所以にして洋方の企及し得ざる所なり。


   

4、腹證・腹診法の尊重すべき所以



 腹は生あるの本なり故に百病は此に根ざす是を以て病を診するには必ず其腹を候ふとの東洞翁の一言は實に漢方腹證腹診法の大綱を喝破せしものにして之を科學に立脚する洋方の原理に照すも亦多大の真理を含蓄するを知り得べし何となれば腹腔は身體中最大なる空洞にして胃、腸、肝、胆嚢、輸胆管、脾、膵、腎、副腎、輸尿管、膀胱、攝護腺を収め女子にありては更に卵巣、輸卵管、子宮を納むれば頭蓋腔の脳、五官気を、脊柱管腔の脊髄を、胸腔の気管、気管支、肺、心、食道を蔵ずるに過ぎざるとは其個數に於て比倫すべきにあらざれば少數臓器を有する體部に比し多數臓器の存する腹部は臓器の障碍即ち疾病を発すること頻繁にして此部の病症が他體部疾病の原因を為すの多かるべきは必然の理なり而己ならず此腔中の胃腸は全身の栄養を主宰するものなれば若し一朝此臓器に障碍を来せば直に全身に影響を及ぼすこと恰も兵站(タン)部の缺陥が忽ち全軍の興廃に関すると均しきを以て特に重要なり。

 胃腸は摂取器關としては呼吸器と異なることなしと雖も呼吸器は環境の異らざる限りは各人同一なる空気を吸入するが故に各個人の體質に於て差別なき以上は其疾病も単純一般的にして各人同様なるべき理なるに反し胃腸の摂収する飲食物は貴賤貧富の差により嗜好の異なるにより各人各様なれば其疾病も亦各人各様にして複雑多端なるべきは必至の理なり、執中腸管は身體中最大最長なる下水溝にして飲食物の残渣及種々の老廃的毒物を排泄するの任務あるものなれば若し一度此排泄作用にして障碍せらるることあらんか、為に毒物吸収を促し自家中毒症を現出するに至る余の實験によれば一般に原因不明と称せらるる諸病の過半は概して此自家中毒症に根源す、メチニコーフ氏が人類の短命なるは腸性自家中毒の為なりと云ひしは愚説を達筆に裏書するものにして漢方に下剤の種類多きは宜なりと云ふべ>し。

 腎臓は液状老廃分排泄の器關なれば若し是に障碍あれば毒物蓄積し為に一種の自家中毒を来す即ち體表體腔に水腫を現しあるいは網膜炎、心臓病、尿毒症を惹起す此事實理由は洋醫も亦知悉する處なれども此事實以外腎臓障碍より續発する疾病の夥多なるを知らざるは彼等が尿の鏡見、定性定量試験に重きを措き検尿上、腎上皮細胞、血球、圓柱、蛋白等を認めざれば直に腎臓障碍を否定する科學萬能主義によるなり、何となれば此障碍と是の尿變とは必しも常に一致せざるのみならず反て不一致の場合多ければなり、余の實験によれば水疱性結膜炎、同性角膜炎、神経衰弱、ヒステリー、神経痛、知覚及運動麻痺等の五官器脳脊髄症状、咳嗽、呼吸促迫、心悸亢進等の心肺症状、胃内停水、悪心嘔吐、水瀉性下痢等の胃腸症状の如きは他原因に由るものなきにあらざるも其大半は腎臓機能障碍の結果たる尿性自家中毒症即ち水毒に由来す、以て其毒の如何に大なるかを知るべし。婦人は月経障碍殊に其短少、閉止の多きと産後悪露停滞するとにより男子は遺傳其他の関係より共に腹内に血を蔵し身體各部に疾病を誘発す。

 之を要するに疾病の過半は腸管の排泄障碍即ち食毒によるか又は腎臓の排泄障碍即ち水毒によるか或は血の停滞即ち血毒によるか若くは此二乃至三因の合併によるものにして此他の所謂原因なるものは皆盡く誘因近因たるに過ぎざるものなれば此三因湧出の源泉たる臓器組織を収蔵する腹部は百病の根本なれば病を診するには必ず腹を候はざるべからざるの理なればなり。


   

5、脈證・脈診法



 洋醫の脈診は殆ど形式的にして之を實用に供することなしと雖も稀には微弱の脈状あるに際しカンフル注射を施すが如く脈診によりて療法を定むること全然なきにあらず然れども多くは之を以て病名を決し予後の参考に供するに止まり脈診、治法間に於ける不可分的関係を認むるにあらざれば之を軽視するの弊を生ぜざるを得ざるなり之に反して漢方ありては脈診は腹診に次ぐ重要なる診断法にして且治法を指示する磁針たるの任務を負ふものとす今之を具体的に論ぜんに東洞翁の言の如く多數の疾病は腹部に根底するものなれば腹診の重要なるは辯を俟たざれども病症の種類によりては何等腹部と交渉なく専ら脈に其徴候を現すものあり、又腹部に淵源し腹證を呈するものにありても其虚なるか實なるか陰なるか陽なるかを決するには必ず脈證を参照するの要あり、例へば脈浮なるときは病表にあるの徴なれば必ず発表剤を處すべきものなれども浮にして弱なるときは桂枝湯を浮にして緊なるときは麻黄湯を用ゆべきものなり、是れ腹證によらず専ら脈性に随ひて治法を決する場合なり脈沈なるときは病、裏にあるの候なれば腹證に随ひて療法を定むべきものなれども沈にして實なるときは下剤を沈にして微、弱、細、小なるときは人参、乾姜、附子等の温熱剤を處すべきものなり、是れ腹證と脈證を對照して療法を斷ずべき機會なり而して桂枝湯證は陽證にして表虚、麻黄湯證は同證にして表實、下剤の證は同證にして裏實、人参、乾姜、附子の證は陰證にして裏虚に属す斯如く脈證、脈診法は診断療法と極て緊密なる関係あれば古来幾多の名醫哲工前後輩出して研究に没頭し遂に脈學を完成したりしなり然れども脈は元来、敏感性にして生理的の際に於てすら些少の精神感動により忽ち變動するものなれば病的の場合は猶更諸般の影響によりて種々雑多に變化す故に脈を診して誤なきを期せんには多年の経験と熟練を要す、若し此に深く留意せざらんか到底脈を以て病を診するの域に到達する能はずと知るべし、凡そ何等の學藝たるを問はず總て経験より練り出さるる直感力発達せざれば決して技術の奧堂に入ること能はず、脈診も亦然り畢竟脈は書によりて學ぶべきものにあらず病者に就き千辛萬苦して自得すべきものなり

 中神琴渓氏曰く

 問て曰く越人(扁鵲を指す)と雖も脈を以て病を知り王叔和脈経を著てより千載是を以て醫の先務とす然るに子獨り古人云ふ處の脈論毫も治療の益にあらず反て迷を生しめ害多しと云ふは如何なる縁故ぞ。
 孟子答て曰く、

 其人の眞偽虚實を察するに眸(ボウ)子を見るより近きはなしさて其眸子の分は辨者も言ふ事能はず文人も記する事能はず唯黙して心に識るより外なし脈も亦是と同く口して言ふべからず、筆して記すべからざるもの也さるを叔和の脈経は苟も書きたるものなれば後人此書に依て脈を知る事はとてもかなはぬ事と知るべし、斯いへども脈を棄てんと云ふに非ず脈を知らざれば病の應を知らず病の應を知らざれば薬を施すべき所なし、其これを知るに術あり浮、沈、遅、數、滑、嗇は誰も知る所なり、其の餘の脈は譬ば経閉と知れたる病人にて経閉の脈を知り懐胎と知れたる人にて懐胎の脈を知り何病にても其症のしかと知れたる脈にて診(トリ)覚え又常に心をとめて異變の脈を見はせば其病の應を考へ知るように心掛け習慣すれば終に脈を以て病を知るの地に至る豈扁倉に譲らんや、是れ吾門脈を学ぶの術なり脈経を究めてそれにて病を知らんと欲するは甚迂遠にしてかく迷い終に眞處を知る事能はず、是れ前に云如く口して云べからず筆して記すべからざる者を苟も著したる書なればなり。(下略)

 と洵(マコト)に至言なれども初学者には学習の端緒として其定型を示すの要あれば脈学輯要中より之を抜粋して聊か解説を加へ猶浅田氏の注意を掲げて参考に供す。(下略)


   

6、血(おけつ)の害毒



 漢方に特説する血(おけつ)の意義を討究するに血(おけつ)の(お)字は汚穢の意にして血字は無論血液の義なれば血(おけつ)とは汚穢なる血液即ち正常血液に反する血液の謂にして之を現代的に解釋すれば血(おけつ)とは變化したる非生理的血液にして既に血液たるの資格を喪失せるのみならず反て人體を害する毒物なれば斯る毒物は速に體外に排除すべく一刻と雖も存在せしむべからざるものなり。

 今眼光を一轉し他面より観察を下すに婦人に月経あるは妊娠予備的造化の妙機なれども月経血自家は此機転に関与するにあらずして只此の機転の開始より完了に至る期間内に発する一現象たるに過ぎざるものなり換言すれば月経血は此機転の開始と完了を報ずる信号旗たるに止り此機転に参与せざるのみならず実はこの機転なる主人より解雇せられし不良の僕婢にして而も毒性を有するものなれば是を上論と対照するときは月経血は即ち血なりとの結論に到達す。

 故に月経血にして若し排泄阻碍せられ或は全く閉止することあらんか其の毒力は能く人をして病ましむるに足るのみならず既に抗菌性を失ひ且血液培養基に等しき血(おけつ)は細菌の寄生繁殖に好適なる理なれば容易に各種の細菌を誘致し諸般の炎症病を成立せしむ而のみならず血(おけつ)の停滞久しく且つ高度なるときは生殖器は勿論之に隣接せる腸管・腸管膜リンパ腺等の血管内に沈着するのみならず其一部は生理的血液と共に全身に循環し各種の臓器組織内に沈着して血塞を生じ肺、肝、脾、腎には出血性硬塞を来し脳、肺には血栓を発し心臓、血管壁に凝着して心臓弁膜病、狭心症、動静脈瘤、血管硬變等を起し尚是等の疾病より諸般の病症を続発せしむ斯の如き複雑多端なる病症と雖も皆悉く月経の排泄障碍に因らざるはなければ機宜を失せず凱切なる通経剤を処するときは経血の疎通するは勿論将来続発すべき諸病をも未然に制し得べきに此種方剤の欠乏せる洋方にありては原病たる月経排泄障碍に対するにも続発せし諸病に応ずるにも姑息苟安なる対證療法を施すの外治略なし。

 之に反して漢方に於ては通経剤即ち駆血(おけつ)剤として血(おけつ)の陽実性なるには桃仁、牡丹皮を陰虚證なるには当帰、川(せんきゅう)を陳久性なるにはショ虫、水蛭、虻虫、乾漆を配せる方剤あり。又続発的諸病には此駆血(おけつ)剤を其対證方剤に合用若くは兼用するが故に器質的変化の高度に達せし古の所謂病膏肓に入りしものにあらざれば之を治するを難しとせず。読者は以上縷説せし處により洋方中に需め得ざる駆血(おけつ)剤漢方中に具備し此醫方の為め、萬丈の気を吐くを知りしならん然れども若し這の説明のみに止めんか一家言なり獨断なりとの誹謗を免れざるべければ左に往聖先賢の論説治驗を列挙し以て其然らざるを立證せん。

 仲景師曰く
「婦人(中略)経断ちて未だ三月に及ばず漏下を得て止まず胎動、臍上にある者はS痼(ちょうこ)、妊娠を害すとなす(中略)血止まざる所以は其S(ちょう)去らざるが故なり當に其チョウを下すべし桂枝茯苓丸之を主る。」S(ちょう)とは玉編にS(ちょう)は腹結病なりと云ひ尾台氏は蓋し腹中に凝結の毒あり之を按ずれば手に應じて徴知すべきを謂ふと曰へるが故にS(ちょう)とは腹内に小腫瘤状をなすものなるや明にして之が子宮出血に因果的関係あるによりて見ればS(ちょう)の血塞なるを推知し得べく又師が血止まざる所以は其S(ちょう)去らざるが故なりと曰へるによりて此出血はチョウ即ち血塞の為め血流阻碍せられ側枝血行に血壓昇騰せし結果なるを察し得べく又師が當に其S(ちょう)を下すべし桂枝茯苓丸之を主ると曰へるによりて此方に血塞及之に因る出血を治するの作用あるを知り得べし。

 又曰く
「産婦腹痛は法當に枳実芍薬散を以てすべし仮令愈えざるものは此れ腹中乾血ありて臍下に著くと為す下(お)血湯之を主る又経水不利を主る。」

(お)血湯方   大黄三両 桃仁二十枚 ?虫二十枚

右三味之を末とし煉蜜に和して四丸と為し酒一升を以て一丸を煎じ八合を取り之を頓服す新血下ること豚肝の如し。

(註)徐霊臺氏曰く新字は當に(お)字に作るべし尾台氏曰く新血は疑ふらくは乾血の誤ならんと、余曰く前説理無きにあらざるも後説を以て優れりとす、何となれば師は既に此れ乾血ありて臍下に著くとなすと曰へるが故に本方服後に下るものの乾血たるや明なればなり而して乾血とは血(おけつ)の陳久なるものの謂とす。

 師が経水不利を主ると云ひ又頓服の後乾血下ること豚肝の如しと曰へるによりて之を見れば此腹痛は月経排泄不充分なる原因により血久しく臍下部の血管内に凝滞し即ち血塞を形成し以て隣接部の知覚神経を壓迫刺戟したるに由るものにして本方服後に鎮痛する所以は神経刺激の原因たりし乾血即ち血塞が豚肝状に変化せられて排除さられしによるなり。

 續建珠録に曰く
「攝洲船場の買人某なる者の女年十八、便秘して通じ難きもの茲に年あり、近日経閉三月に及ぶ、其父母窃に姦通を疑うなり、乃ち醫をして察知せしむ醫曰く懐妊なりと女肯ぜず復た他醫をして察せしむ醫之を察知すること能はず乃ち先生をして診せしむ其腹を按ずるに臍下に一小塊あり手を之に近くれば則ち痛む先生曰く是れ蓄血なり双身にあらざるなりと乃ち大黄牡丹皮湯を與ふ服すること三貼にして下痢十数行、黒血を雑ゆ、爾後塊半を減ず又当帰芍薬散を兼用して幾もなく経水来り大便平日の如し。」

 月経閉止すること三月臍下部に小塊を生じたるもの大黄牡丹皮湯の服用後黒血を下し小塊の半減したるによりて之を見れば其小塊の血塞たりしや疑ふの餘地なし。

 類聚方広義桂枝茯苓丸條に曰く
「経水調はず時々頭痛、腹中拘攣或は手足羣痺するもの或は経期に至る毎に頭重眩暈、腹中腰脚疼痛するもの、(中略)経閉して上衝頭痛、眼中に翳を生じ赤脈縦横、疼痛差明、腹中拘攣するものを治す。」 頭痛,頭重、眩暈するは血(おけつ)の頭脳に上衝したるに因り翳を生じ血管怒張、疼痛、差明するは其の眼球に波及せしが為にして手足麻痺、腰脚疼痛するは腰部或は四肢に伝播して知覚神経を侵襲したるによるなり。

 同書桃核承気湯條に曰く
「軽水調はず上衝甚しく眼中に厚膜を生じ或は赤脈怒起、瞼胞赤爛或は齲歯疼痛、小腹急結する者を治す。」
「経閉して上逆発狂するを治す。」

 此眼患及齲歯疼痛も亦血(おけつ)上衝の結果にして発狂即ち精神病を発するは其の劇甚なるが為なり。

 同書抵当湯條に曰く
「婦人経水不利のもの棄て置きて治せざれば後必ず胸腹煩満或は小腹硬満、善飢、健忘、悲憂、驚恐等の症を発し或は偏枯、難奐、労祭、鼓腸、膈噎等の症を醸成し遂には起たざるに至る早く此方を用ひて血隧を通暢し以て後患を防ぐべし。」

(註)胸腹煩満とは煩しく感ずる胸腹部(或は心下部の意なり)の膨満にして小腹硬満とは下腹部の堅く膨満するなり善飢の善字は数(しばしば)の意なれば善飢とは即ち多嗜症にして健忘、悲憂、驚狂は神経衰弱、ヒステリー、ヒポコンデリー等の神経症及精神病なり偏枯は半身不遂にして難奐は脊髄麻痺なり鼓腸とは腹部膨大病の総称なれば子宮及卵巣の腫瘤の如きをも包含するものにして膈噎とは食道、胃狭窄症の汎称なれば食道癌、胃癌をも含蓄するなり血隧の隧字はあなみちの意なれば血隧は即ち血管の義なり。

 以上の論説治験を熟読玩味せば誣妄ならざるや瞭然たらん。

 婦人の血は独り月経障碍に因るのみならず産後悪露排泄不全に因ること亦尠からず何となれば此悪露たるや妊娠期間中に生ぜる血(おけつ)に外ならざれば分娩後自然に排出せらるべき要約あるものなれども或は自然良能作用の及ばざるにより或は人工的に之を抑止するにより全く排除せられざるときは腹内に沈着し各種疾患の淵源をなすこと月経障碍に於けると異ることなければなり。

 子玄子産論に曰く
「凡そ産后三日必ず折衝飲を用ひ外証と虚実に拘る勿れ悪露未だ盡きざる者は百患立に生じ危斃待つべきなり之を慎め之を慎め。」

(註)此説は一般論としては甚だ可なるも外証と虚実に拘る勿れと云ふに至りては極端なり学者盡く信ずべからず。

 生々堂治験に曰く
「間街五條の北、釜屋伊兵衛の妻半産の后ち、面色黎黒にして上気頭暈す。先生之を診するに脈緊にして臍下結鞭す、曰く此れ蓄血あるなりと即ち抵当湯を輿ふること三日にして腰以下解怠を覚ゆ、更に桃核承気湯を輿ふ果して大戦寒すること頃ありて発熱汗出で譫語,四肢契搦し前陰より血塊其形鶏卵の如きを出すこと六日間約二十余なり仍ほ前方を用ゆること二旬にして宿患忘るゝが如し。」

(註)黎黒は光澤なき黄黒色にして頭暈は眩暈なり臍下結鞭は下腹部に堅硬なる凝塊あるの意なれば即ち血塞にして契搦は間代性痙攣にして前陰は膣口なり。

 此症は流産時悪露排泄不全なりしが為め、下腹部に血塞を生じ其餘波頭脳に及びて眩暈するに至らしめしものにして抵当、桃核承気湯の服用により血全く排出せられしが為め治癒したるなり。

 産育論に曰く
「凡そ産后玉門不閉に桂苓黄湯を輿へて血(おけつ)を除くときは則ち清血充暢し其不閉は自ら治す。」

 玉門は膣口なれば玉門不閉は即ち會陰破裂にして桂苓黄湯は桂枝茯苓丸に大黄を加へて煎剤となしたるものなり會陰破裂を治するに内服薬を以てす微妙ならずや。

 又同書に曰く
「産后悪露下らず腹中脹痛する者は桂苓黄湯に宜し。」

 又曰く
「産后悪露日久く断たず時々淋瀝するときは當に其血色の汚濁,淺淡、臭穢を審かにして方薬を辨ずべし淺淡なれば(きゅう)帰膠艾湯に宜しく汚濁臭穢なれば桂苓黄湯に宜し。」

(註)悪露の血色淺淡なるは脱血の候なれば(きゅう)帰膠艾湯を用ひて止血すべく其汚濁臭穢なるは血の徴なれば桂苓黄湯を以て駆除すべしとの意なり。

 又曰く
「産后の気喘は危しと為す危便方書には敗血上攻と名く其面必ず紫黒なり桂苓黄湯及獨龍散に宜し。」

(註)気喘とは喀痰を喀出することなくして喘鳴息迫するを云ふ是れ敗血上攻によるものなれば恐らくは肺栓塞ならん。

 類聚方広義桂枝茯苓丸條に曰く
「産后悪露盡きざれば諸患錯出し其窮りは救ふべからざるに至る故に其治たるや血(おけつ)を逐ふて以て至要と為す此方に宜し。」

 同書桃核承気湯條に曰く
「産后悪露下らず少腹凝結して上衝急迫,心胸安からざる者を治す凡そ産后の諸患は多く悪露盡きざるの致す所なり早く此方を用ゆるを佳と為す。」 諸説皆悉く愚説を肯定すと謂ふべし。

 婦人に血(おけつ)多く且つ之に胚胎する疾病の夥多なるは前述の如し然れども此血(おけつ)は獨り婦人専有にあらず男子にも亦頗る多きは余の日常経験する處にして其実例は枚挙するに遑なきも今其一例として自體に於ける経験談を試みんとす。

 余は元来頑健にして未だ著患を知らざるも只痔疾を有し時々胃部の膨満停滞感、便秘、逆上、不眠を発するにより腹証に随ひ大柴胡湯、桂枝茯苓丸合方を用ゆるに服薬僅に一回にして粘血便を瀉下し血圧大に下降するのみならず前症亦大に減退するを常とす然るに若し大柴胡湯のみを単用すれば瀉下すと雖も粘血便あることなく且つ逆上等の脳症及血圧は其の影響を受くること甚だ尠し此により之を見れば桂枝茯苓丸に駆血(おけつ)作用あること益々明にして男子にも血(おけつ)あるを察知し得べく又左の吉益南涯氏の治験

 浪華島の内の買人伊丹屋某なるもの嘗て腹痛に一小塊あり之を按ずれば則ち痛み劇しく身體オウ羸、面色青くして大便通じ難く飲食故の如し乃ち大柴胡湯を輿ふ、之を飲むこと歳餘にして少く差ゆ是に於て病者徐に怠慢して薬を服さず既にして七八月を経て前症復た発す、塊、前日に倍し頗る冬瓜の如く煩悸喜怒すること劇きときは則ち狂の如し、衆医交々療して差へず、復た治を請ふ先生再び前方を以てし当帰芍薬散を兼用す、之を服すること月餘一日大に異物を下す其の形状は海月の如く色灰色にして嚢に似たるあり内ち空虚にして以て水漿を盛るべきあり其餘は或は圓く或は長く或は大或は小或は紐に似たるあり或は黄色にして魚タイの如く或は敗肉の如く千形万状、枚挙すべからず此の如きこと九日にして后ち奮痾頓に除けり。

(註)魚タイのタイは魚肉の腐りたるの意なれば魚タイの如く敗肉の如きものは即ち血(おけつ)に外ならず以て当帰芍薬散に駆血作用あるを知り得べく又男子にも血あるを察し得べし。

 に拠るも亦之を証し得べし。然らば月経、妊娠等の係累なき男子にして血(おけつ)を有するは何故なるか、答て曰く其源由は恐らくは多端ならんも余の知り得る範囲に於ては三個の原因によるものにして先づ其第一因として遺伝を挙げざるべからず、凡そ遺伝に関する学説を立つるには直接的に論断し得べきにあらざれば統計其他種々の材料より間接的に推理帰納するが常なれば愚説も亦之に随ひしものにして余の経験によれば、父を診して大黄牡丹皮湯の腹証あるときは其男女中の何人かにも同湯の腹証あり、母を診して当帰芍薬散の腹証あるときは其の士女中の孰かにも亦同散の腹証あり、父母の孰かに桃核承気湯或は桂枝茯苓丸証ある際も亦然るが常なり、若し此事実にして僅少の実験より得られしものならんには父母の腹証と男女の腹証の其れとが偶然一致したるものと解し得らざるにあらざれども幾度試験を反覆するも皆悉く然らざるはなければ偶然の暗合となし難し、是れ余が血遺伝説を主張する所以なり。

 其の第二因は打撲等の外傷に因する溢血なり凡そ打撲の如き軽微なる外傷は何人と雖も屡々被る處にして若し其度稍強ければ皮下又は筋肉内に溢血を生ず、然るに此溢血は血管外に遊出せしものなれば既に血液たるの性能を失ひ再び生理的状態に復帰し能はざる死血即ち血(おけつ)なり、故に若し之を放置するときは漸次血管内に吸収せられ生理的血液と共に普く體内を循環するが故に遂には各種疾患の源泉たるに至る。

 其第三の原因は熱性病に於ける熱溶血症なり、腸「チフス」の如き高熱持長性伝染病にありては血球は細菌毒素と高熱の為に崩壊せられ所謂熱溶血症を現出す然るに此溶血は非生理的血液即ち血(おけつ)に外ならざれば治機を失せず之を蕩滌するにあらざれば往々畏るべき腸出血を喚起し生命をして危険ならしむ、仮令ひ幸にして命脈を保ち得るも此血(おけつ)にして去らざる限りは将来諸般の病症を続発せしむ。


   

7、血(おけつ)の腹証



 仲景師曰く

 (上略)但だ少腹急結する者は乃ち之を攻むべし桃核承気湯之を主る。

 腸廱なる者は小腹腫痞し之を按ずれば即ち痛み(中略)大黄牡丹皮湯之を主る。

 (上略)此れ乾血ありて臍下に著くと為す下血(おけつ)湯之を主る、

 (上略)脈沈結し小腹鞭(中略)抵当湯之を主る、

 傷寒熱あり小腹満(中略)抵当丸に宜し、

と斯の如く師が血(おけつ)治剤は皆悉く少腹即ち下腹部を目的として處すべしと説くは何故なるか、答て曰く腹腔は身體中最大なる腔洞にして最多量の血液を受容する関係上、血(おけつ)あるに際しては他體部に比し其の最も多かるべき理にして而も其一部をなせる骨盤腔は身體中最下位の腔洞にして運動を欠如するにより若し血(おけつ)あるに會するときは此部に最も沈墜し易ければ血塞の形成容易なるべき理にして此形成せられたる血塞にして若し一定度以上の容積に達するときは腹診時に當り能く血(おけつ)診断の目標たり得べし是れ師が血(おけつ)治剤応用の目的を下腹部に需めし第一理由なり。

 第二の理由は門脈の存在によりて生ずるものなり解剖、生理学の教ゆる處によれば此静脈は腹腔内諸臓器組織の静脈血と腸管より吸収せられし乳糜を肝臓に輸送する任務を有す然るに此静脈には他静脈に於けるが如き辯膜装置を欠如するにより血液の前進を促し難きのみならず其逆流を阻止するを得ざると尚此静脈の下流たる肝内静脈は無数に分岐して充實せる肝實質内を通過するが為め其抵抗面甚大なる関係とにより此静脈の血壓は極めて僅微にして動もすれば其起始部に逆流せんとする情勢あるものなれば若し血(おけつ)あるに際し此血壓を絶無ならしむるか又は陰壓を生ぜしむることあらんか忽ち逆流し此静脈の本源たる腹内諸臓器、組織の血管内に血沈着して血塞を成すべき理にして就中此静脈の経路と殆ど一直線をなし恰も基本流たるの観ある下腸間膜静脈の起始部即ち下腹部は最も頻繁に且つ強度に血塞を生ずべき理なり、故に若し此部の血塞にして或限度以上に増大するときは復能く血(おけつ)治剤応用の目標たり得べし。

 第三の理由は婦人に於て始て生ずるものなれども其理は既に説きたれば之を略す。如上の理あるを以て若し下腹部に於て抵抗物を触知し按ずるに疼痛を訴へ且、宿便、結石、寄生虫、妊娠子宮を否定するときは皆悉く之を血(おけつ)となし治血(おけつ)剤を撰用すべきものにして此抵抗物及壓痛を以て血(おけつ)の腹証と称す。


   

8、血(おけつ)の脈證



 仲景師曰く、

 腸廱なる者は少腹腫痞し、之を按ずれば則ち痛み淋の如く、小便自調し、時々発熱、自汗出で復悪寒す、其脈遅緊なるもの膿未だ成らず之を下すべし、當に血あるべし、脈洪数なるもの膿已に成る、下すべからざるなり、大黄牡丹皮湯之を主る、

と此條文は盲腸炎の診断法を説きしものなれども今暫く之を措き、脈候に就きて観察するに、凡そ発熱悪寒するときは脈必ず浮数ならざるべからざるに、今之に反して遅緊なる所以は、一つは疼痛による反射作用によるならんも其過半は少腹腫痞即ち盲腸部の腫脹硬結なる障碍物、血流の中間に嵌在するにより之が血流を阻碍したる結果と認むべきものなり、何となれば盲腸炎の化膿したる場合即ち少腹腫痞減退するときは脈洪数(之れ一つは化膿熱の為なるも)に變ずるによりて證し得らるればなり。

 又曰く太陽病六七日、表証仍在り、脈微にして沈、反て結胸せず、其人狂を発するは熱下焦に在るを以てなり、小腹は當に鞭満すべし、(中略)、抵当湯之を主ると、

 表証仍在りと曰へば悪寒発熱等の症あるものなれば脈は當に浮数なるべきに反て微にして沈(此沈は陰證に於ける沈と異り沈にして結するなり)なる所以は血(おけつ)の一變形たる少腹鞭満の血液循路中に介在し血流を支障するによるなり。 

 又曰く太陽病、身黄、脈沈結し少腹鞭く、小便利せざるものは血なしと為すなり、小便自利し其人狂の如きは血證たるや諦なり抵当湯之を主ると、

 此條文は血性黄疸と血(おけつ)性精神病を論ぜしものにして脈の沈結する所以は前條と異ることなし。

 王肯堂氏曰く、

 血(おけつ)あれば則ち脈は渋なり、桃核承気湯にて之を下すべし。

 右諸論を帰納すれば血(おけつ)一定度以上に増劇するときは血流を阻碍し其應徴として脈に血液不流行の象形を呈するものなりとの結論を得べし、然れども此れは是れ其陽實性にして高度なるものに限れる脈状にして皆悉く然るにあらず又此の脈状は必ず左脈に現れ右脈に於て之を見ることなし是れ余が多年の経験なり。


   

9、血(おけつ)の外證



 忍ぶれど色に出にけり吾が恋は物や思ふと人の問ふまでと云へる古歌あり、思ひ内にあれば色外に現るの格言あるが如く喜怒哀楽の情緒は如何に之を抑制せんと欲するも必ず其言動に顕るるものなり。

 疾病も亦之れと同じく體内に病毒あるときは必ず其應徴を外表に現すものにして扁鵲が病の應は大表に現ると曰ひしも亦此意に外ならず、血(おけつ)も疾病の一なれば此理に漏るることなく體内に血(おけつ)あるときは必ず外表即ち皮膚粘膜等に其徴候を顕すものにして此外部に現れたる症状を以て血(おけつ)の外證と称す。

 然れども此外證は千状萬能にして殆ど端倪を許さざれば、之を診して誤らざるは、一つに醫の心眼に俟つべきものにして筆舌の能く及ぶ所にあらざれども初学の階梯として古人の論説治驗を掲げ以て其一端を示し学者の研究に一任せんとす。

 仲景師曰く

 「病人胸満、唇痿し、舌青く、口燥き、但水を漱ぐことを欲して、嚥むことを欲せず、寒熱なく、脈微大にして来ること遅く、腹満たず、其人我が満を言ふ者は、血(おけつ)ありと為す。」

 (註)但水を漱ぐことを欲し嚥むことを欲せざるは血(おけつ)家に屡見る處なれども其確徴となし難し、舌青きは舌に鬱血あるによるものなれば血(おけつ)たるの證左なり、又腹満無きに拘らず病者之を訴ふるときは血(おけつ)あるの確證なり但し此腹満は下腹満なりと知るべし。

 續薬徴に曰く

 「(上略)仲景又別に血(おけつ)の外證を診察するの法あり曰く其身甲錯、曰く胸中甲錯、曰く肌膚甲錯、(下略)」  

 (註)甲錯とは皮膚魚鱗の如く亀甲の皺紋の如きを云ふ、是れ恐らくは血(おけつ)あるが為め、生理的血液の灌漑乏しく皮膚栄養良好ならざるによるならん、此徴候あるときは血の存在は確實なり。

 生々堂醫談に曰く(ひ鍼)

 問て曰く、醫は只薬石のみ與へてひ鍼を行ふ事は至て稀なり、然るに余獨り専ら此術を行ふ、是れ本、何人より伝ふる處にして又ひ鍼は如何なる症に如何なる効あるものぞ。
 答て曰く、予は嘗て恒の師と云ふものなく皆古人を師として学ぶものなればひ鍼とても古人の跡を見て行ふ也、又ひ鍼の用は毒血を去るに止まれども、其奏する所の功は預め期すべからず、種々無量の症に施して誠に奇効あるものなり、内経にもひ鍼を以て毒血を取る事数多見へたり、又明の襲廷賢が万病回春に青筋症は北人多く之を患ふと云へり、即ちさ病なり、又清の郭志?がさ脹玉衡も皆同症にして古より有る處の術なり、然れども本朝にては其吟味粗にして専に心を付たる醫未だあらず、山脇東門此術を行ひしと聞く、又方今荻野臺洲刺絡篇を著せり、郭有陶は始て此術を行ひ大に効あるに付て其名も高く後一家を成して玉衡を著したるものと見へたりされど前に云ふ如く其術を神にせんと欲するより潤色實に過て人の取らぬようになりたるなり、吾門は、郭有陶の論も方も取ねどもひ鍼を以て毒血を抜く事は専に行ひ、此術にて効を取る事甚多しは是全く右陶氏の賜なり、或人の説にサは千人に一人ならでは無きものなりと云へるは不吟味の至りなり、予つらつらサ病の人を苦むるを見るに十人に一両人は必ずある者なり、卒倒の病には別して多し、是に於て郭氏の始て専ら此術を行ひしを予は甚だ賞嘆するなり、偖予屡々累年廃人となりし痼疾沈痾をこの術にて起せし者多し今其最もけやけきもの二三を挙て論ぜん(中略)。

 一、江洲山田五條村太郎左衛門なる者の妻五十歳、両足冷て氷の如く拘攣して遠く行く事能はず、衆療験あらず、予に請ふ、予是を見るに両脚紫筋縦横網の如し予乃ちひ鍼を以て是を放つ事両三次血倒に迸て二三合に及ぶ、桂枝茯苓丸加大黄を作て是を與へ廿日ばかりにして常に復す(中略)、其他此術にて効を取る事枚挙するに遑あらず、急卒に発するサは夕に発して朝に死す、此症を知らざる者は卒中風也杯云て百會、人中、神闕、勇泉等に灸し延齢丹、蘇合香圓、畜鼻散等を行へども効を見ず終に手を束ねて死を待つ、又小児の諸急症、上竄畜溺等の者に両手の五里、地倉等を刺し口を持て強く吸て血を出せば忽ち蘇生す、忽て急卒の場に至てはひ鍼の効薬石に勝る事遠し、扁鵲がカクの太子を起せしも吾亦譲らずと云ふものは此術あるを以てなり、偖サの見よう郭有陶は大概脈證對せぬを以てサ病とすれども是も信ずべからず、吾門は先ず血色を見て其れと定め、次に委中(膝窩)尺澤(肘窩)の細絡を見て定むるなり、尺澤には見れず只委中に多し、色素黒紅の間の者多し、古書に青筋とあれども青筋には却て毒血は少なし、たまたまあれば皮膚へとくと見れず薄く青みの見えるがサなり、又とくと見れば絡にてもなく黒子(ホクロ)位の點の薄く見えるサあり、之を刺せば血大に出で功甚だ速なり、偖三稜針を刺すに淺深の按排あり淺ければ血出れども足らずして止み深ければ絡を貫きて大に害あり、又一鍼にて血一升二升も出るあり数鍼にても出ぬあり、血の多少によらずして其瞑眩或は卒倒昏暈畜溺嘔吐などする事あり、驚くべからず、平臥せしめ冷水一椀を與へ置く内、須臾にして正気慥(たしか)になりて心神忽ち健爽になるなり、其瞑眩ある人は其効も大なり、瞑眩強ければ効も又多し是れ甚の吉兆と知るべし(中略)、夫れサは毒絡中に滞在して気血を不流行ならしむるものなり、さればサより出で千變萬化様々の症をなす、乃ち其毒ある血を放ては気血循環快くなるなり、先づ絡を刺て見よ、毒無き絡は血出でず是慥(たしか)なる証拠なり、婦人の経血は月々下るべきを若し一月も停滞すれば病をなす、痔を病む人の下血を無理に止むれば異症に變じて色々の患をなす、毒血身に在るが故なり、サも亦是に等し、此毒血を抜く事はひ鍼に非れば能はず、然し放サの術若し誤て動脈を刺せば一身の血盡く出でみすみす死するものなり慎んで誤つ事なかれ。

 余曰く

 サ病なる病名は古来慣用せられたるも其實は潜伏血(おけつ)の発動したるを誤認せしに外ならず、流石の中神氏も茲に着眼せず血(おけつ)以外にサ病ありとせしは千慮の一失にして、氏のサ病論は即ち血(おけつ論なれば、サ病の外證を以て血(おけつ)の外證となすべし、余の實験によれば血(おけつ)家の面色は概して暗紫黒色或は暗赤色にして執中口唇に於て甚し、中神氏が先づ血色を見て其れと定めと云へるは蓋し之を云ふならん。

 生々堂治驗に曰く

 京師油小路五條の北近江屋甚助の妻、總身発斑し大なるものは銭の如く小なるものは豆の如し、色紫黒にして日甫所必ず痛痒を発し又牙齦常に血を出す、先生之を診するに臍下拘急して腰に徹す、桃核承気湯を與へ座薬を兼ぬ、前陰より膿血を出し数日ならずして乃ち癒ゆ。

 余曰く此症は血(おけつ)の一部内及裏より表に転出したるものにして紫斑、出血、疼痛、掻痒が其外證なり。

 又同書に曰く

 一婦人年三十久しく頭瘡を患ふ、臭膿滴々として流れて止まず或は髪粘結す、醫因りて黴毒と為し之を攻めて愈えず痛痒止むことなし之を先生に請ふ、其脈弦細にして小腹急痛し腰腿に引く、曰く血(おけつ)なりと桂枝茯苓丸加大黄湯を投じ兼ぬるに座薬を以てす、月を出ずして全く癒ゆ後一夜腹痛すること二三甚大に畜血をくだすと云ふ。

 余曰く此症も亦血(おけつ)の一部内及裏より表に転出したるものにして頭部湿疹、疼痛、掻痒が其外證なり。

 又曰く

 醍醐村に道士あり戒善と名く、其妻年四十所總身に黄を発す、故を以て醫者妄に黄疸と名く、先生之を按じて臍下に至れば即ち痛み堪へざるを云ふ、桃核承気湯を與ふること十餘日にして全く已ゆ。

 余曰く是れ血性黄疸なりしなり、余も亦大柴胡湯、桃核承気湯合方を用ひて此種黄疸を治したり。

 方伎雑誌に曰く

 (上略)然も余七歳の女児の経行を療せしことあり、服薬十餘日にして治せり、此女は其後十四五歳にして経行になりそれより滞なく十七歳の時初て一子を産せり又二歳の女子の経行ありしをも療せり初は小便血かと疑へり因て牝戸を検視するに経水なり洵に稀代のこと也二人共格別異る症もなし因て但血の妄行と見て桂枝茯苓丸を煎湯にして用ひ不日にして愈えたり。(下略)

 余曰く是れ真の月経にあらず血(おけつ)に因る子宮出血たりしなり故に出血も亦血(おけつ)の外證たるを知るべし。

 橘窓書影に曰く

 余數年心を潜めて蓄血の症を診するに舌上格別の胎もなく一面赤く紫斑點ある者あり蓄血の症にて大患なり熱候軽しとても油断ならず、吐血或は下血して亡陽する者あり其人血症を現さずとも蓄血の症と決断して治療すべし、外邪に限らず雑病にても舌上此候ある人は蓄血症と思ふべし、又喘息、胸痛、肩背痛、皆蓄血に因て、血他竅より洩るる者は愈ゆ。胃中を攻撃する者は吐血上奔して蓄血上に衝き上達すること能はず下泄すること能はざる者は壅塞なり、余聞く長崎吉益耕作七十餘にして中風す、手足不遂に因て誤て倒れ頭上を石にて破り出血數合して其後不遂愈えたりと、又長崎升斉の話に中風半身不遂の者廱疽を発する三人を見たりと、是れ亦天幸と云ふべし、蓄血表発せず内鬱する人は種々の悪症を発すること有り此條理を能々明めずんばあるべからず。

 余曰く、浅田氏が血(おけつ)の外證として、舌の鮮紅色及紫斑點を挙げたるは確説なれども、眼球結膜に右斑点あるか若くは紫青色を呈すれば復た血(おけつ)の徴なるを附加するの要あり、又喘息、胸痛、肩背痛、吐血、脳出血の血(おけつ)に因るものの多きは余も又同感なり。


   

10、所謂強心薬は眞正なる強心薬にあらず



 病者の心臓漸く衰え脈力減弱するに至れば洋醫の多數はカンフル注射を反覆し以て萬全の策とし若し効なく死するあれば之を以て天命に帰し深く怪まざるが如きも是れ甚だ謂われなきの治法と云はざるべからず何となれば抑も心臓、脈力衰弱の原因たるや頗る多端にして決して単一にあらず即ち食毒に因るあり水毒に因るあり血毒に因るあり是等二乃至三毒の合併に因るありまた是等の原因に近因更に添加せるに因るものあれば果して其原因の何れにあるやを洞察し能く之を除去するときは結果に過ぎざる心臓、脈力の衰弱は治せずして自ら恢復するの理なり然るに其原因を究めて之を駆除するの策を講ぜず千篇一律的なるカンフル注射を以て末節に過ぎざる心臓脈力の衰弱を治せんとするは恰も水源地の植林、砂防工事を怠り河川改修を施すことなく而して下流の氾濫を制せんとするが如し、其効果の舉らざるは當に然るべき所なり若しカンフルに果して効ありとせば其は線香花火式一過性の効たるに止り斷じて永續することなし若し永續的効果ありとせば其はカンフル自家の効に非ずして併用せし他薬の効にあらざれば病者の體力未だ脱盡せずカンフルの有無に拘らず自ら修復すべかりしものにしてカンフルをして僥倖的に名を成さしめたるなり之に反して漢方にありては病原を治するの方剤あるも、カンフル的所謂強心薬あらざるに反て能く強心作用を全うするは名なくして實ありと謂ふべし。


   

11、傅染病は自家中毒症なる前提あるにあらざれば成立すること能はず



 現今醫家の傳染病觀たるや細菌を重視すること殊に甚しく苟も細菌だに存すれば獨力以て能く傳染病を成立せしめ得と盲信し極て之を嫌厭畏怖すと雖も是れ「ローベルトコッホ」氏以来勃興せし細菌萬能説の感化を受けし餘弊にして楯の一面を見て他面を知らざるの偏見なり。夫れ疾病成立の要約たるや内外二因の共存を要するものにして外因が如何に人身に作用するも内因の共鳴なかりせば其の成立を見ざるは千古不易の鐵案なり。傳染病と雖も等しく疾病たる以上は此原則より除外例を求め得ざるものとす。更に之を具體的に論ぜんに細菌と雖も一個の生物に外ならざれば自己に適する榮養物、水、温度あるにあらざれば其命脈を保續する能はざるの理なり。然るに此榮養物、水、温度即ち自然的培養基が自家中毒症なく抗菌力旺盛なる健體に存せざるは「コッホ」氏の「コレラ」菌體内侵入則ち「コレラ」病発生説に反對し此菌の純粋培養を嚥下して其の然らざるを立証せし、「ベッテン・コウフェル」氏の献身的體験に徴するも明にして、又病原菌を保有しながら何等健體と異らざる所謂保菌者の存在する事実に拠るも亦之を證明し得べし。何となれば細菌学者は之等の事實を先天的或は後天的免疫性を以て説明すと雖も其所謂先天的及後天的免疫性なるものは細菌の寄生繁殖に適せる自然培養基即ち自家中毒症を先天的にも後天的にも有せざりしとの謂に外ならざればなり。何ぞ先天的及後天的免疫性なるものあらんや、孟子が敵國外患なきときは則ち其國亡ぶと極論せしが如く、敵國外患は闔(コウ)國の士気を衝動し敵愾心を喚起するが故に深く之を憂ふるに足らざれども、畏れ猶且つ怖るべきは綱紀の紊乱人心の頽廃なり。國亡びて山河ありの嘆あらしむる亡國の悲劇は、敵國外患の度に比し綱紀人心弛廃の程度、より以上に甚しく之に對する反撥力を全く缺乏したるが為にして假令敵國の来寇するなきも自滅の日遠からざりしものなり。人體も亦之れと同じく假令如何なる細菌が如何に多く人身を侵襲すとも體力旺盛なれば之に乗ずるの餘地を輿へずと雖も、或は血を祖先又は父母より遺傳するにより、或は起居眠食等の摂生を怠るにより、食、水、血、三毒の停滞即ち廣義の自家中毒症を醸すに至れば細菌に對する抵抗力は減弱するのみならず反て其寄生繁殖に好適なる培養基を提供し傳染病を成立せしむるものとす、醫餘に曰く。

 呂氏春秋に曰く、

 「凡そ人の三百六十節、九竅、五臓、六腑、肌膚は其比せんことを欲するなり、血脈は其の通ぜんことを欲するなり、筋骨は其の固からんことを欲するなり、心志は其の和せんことを欲するなり、精気は其の行かんことを欲するなり、此の如くなれば則ち病の居る所なく而して悪の由て生ずることなし。病の留り悪の生ずるは精気の欝なり、故に水欝すれば則ち汚となり、樹欝すれば則ち蠧(ト)となり、草欝すれば則ちキ(くさかんむりに貴)となる。國も亦欝すること有れば主徳通ぜず民欲達せず此れ國の欝なり、國の欝する處久しければ則ち百悪並び起り萬災叢って至る。」

 (比は密なり通宣なり、固は堅なり、和は安のごときなり、行は流なり、悪は慝(トク)なり。人苟も精気流行し支體堅固なれば病毒のよって生ずることなし。蠧(ト)は木くい虫の為に木が喰はるるを云う、キの義は未だ詳ならず、亢倉子は草欝すれば則ち腐となりに作る、(中略) 此條は疾病の原由治亂の胚胎にして議論痛切實に至言となす。)

 准南子曰く、

 「生を養ふには以て世を經し徳を抱き以て年を終ると、能く道を體せりと云うべし、然るが若きは血脈に欝滞なく五臓に蔚(キ)気(=欝気)なし。

 (血脈に欝滞なく五臓に蔚気なければ則ち精神は内守し肉Nは外拒し癘風苛毒ありと雖も之を侵すこと能はず、道家の言と雖も亦至論なり。)

 と然らば苟も血脈及五臓に欝滞即ち自家中毒症あるにあらざれば癘風苛毒即ち百千の細菌ありとも如何ともすべからざるや明にして是れ復愚説を立證するものと言うべし。


   

12、傳染病の過半は其病原體に基きて治を施すべきにあらず其の発現する證に随ひて治すべきものものなり



 温疫論に曰く、

 「邪の人に著くや酒を飲むが如く然り凡そ人酒に酔ふときは脈必ず洪にして數、気高く身熱し面目倶に赤し乃ち其常なり其變を言ふに及びては各同じからざるあり酔後妄言妄動して醒後全然知らざる者あり沈酔すと雖も而も神志終に乱れざる者、酔後應に面赤かるべきに而も反て刮白なる者、應に委弱なるべきに而も剛強なる者、應に壮熱すべきに而も反て悪寒戦慄する者あり酔ひ易くして而も醒め易き者あり酔ひ難くして而も醒め難き者あり、呵欠及嚔噴を発する者あり、頭眩眼火及頭痛する者あり、其気血虚實の同じからざると臓腑稟賦の各異るに更に多飲少飲の別を兼ぬるに因れば其情状をなすや各自に同じからず、酒に酔ふを論ずるに至っては一なり、醒むるに及びては一切の諸態失するが如し。」

 と曰へるが如く均しく飲酒せしに拘らず其酔態の千差萬別なる所以は各自の稟賦體質の相異るによるものなれば其治法は原因たる酒毒に執着することなく其発現する状態に随ひて講究せざるべからず何となれば其原因の酒毒なるは無論なれば之を除去するは實に理想的手段なれども酒類が既に體内に竄入し普く臓器組織を浸潤するに際し一挙にして之を抜去せんことは古往今来不可能となす處にして故に酔者の状態及酒毒所在の異なるに随ひ或は発汗剤を用ひて之を汗腺より或は吐剤を以て口腔より或は下剤を以て肛門より或は利尿剤を以て尿道より駆逐するの外策なきの理なれば伝染病に於けるも亦之と均く仮令同一なる病原體に侵襲せらるるも患者の體質及病毒所在の異るに随ひ千状萬態なる症状を発現す、然るに二三の病症を除けば身體を毀損するなくして病原體を滅殺し其餘辟なからしむるは全く不可能なれば、又呉有性氏が、

 「諸竅は乃ち人身の門戸なり邪竅よりして入る未だ竅に由りて出でざるものあらず、經に曰く未だ腑に入らざるものは汗して已(イヤ)すべし、すでに腑に入るものは下して已すべしと、麻徴君、復た増して汗吐下の三法となす、總て是れ其邪を導引し打して門戸より而(スナハ)ち出す、此治法の大綱と為すべし、此を舎てヽは皆標を治すと云う爾(ノミ)。」

 と述べしが如く其発現する症状に随ひ汗吐下の三法を撰用せざるべからざる理なり、是れ仲景師が證に随ひて之を治すと説き病名病原に拘ることなく専ら病者の體質及病毒の所在を明にし之に對應する治剤を創製したる所以なり。

 斯く論じ来れば洋方の所謂對症療法と漢方の證に随ひて之を治すとは更に撰ぶ處なきの觀あるも實は似て非なるの甚しきものなり、何となれば前者の對症療法は病者の自覚する不定症状を目的とし其鎮静を期するものなれば漢方の所謂標を治するものに過ぎざるに漢方の證に随ひて之を治すとは斯る浅薄皮想なるものと全然趣きを異にし他覚症状と自覚症状を打て一丸とせし確固不動なる症状を目的とし、之に對應の治方を處するものなれば證其れ自家に對しては原因療法とも特効剤とも稱し得べきものなればなり、此詳細に至りては更に説述すと雖も玉石混淆の虞れあるを以て筆端茲に及べり。


   

13、漢方の傳染病療法は主として細菌性毒素を駆逐するにあり



 等しく傳染病と稱するも其種類頗る許多なれば古来絶へず流行し現今猶流行を極むる「腸チフス」に就き説明を試みんとす。本病は「エベルト、ガフキー」氏の発見せる腸「チフス」菌の小腸粘膜に寄生繁殖するによるものにして、此菌體自家の人身を賊する度に比し其生産毒素の害毒反て甚大なるは西洋医学の教ゆる處なり、然れども発病の初期即ち細菌の箇数猶少く毒素の産出多からざるときは、軽微なる不定症状を呈するに過ぎざるも或限度以上に増加すれば頭痛、項痛、四肢惰痛、悪寒発熱等の症を発し、浮大数、浮緊の脈状を現すに至る、然らば是等の症状を発する理由如何、答て曰く、此毒素に對し最も敏感なるは延髄中の温生産中枢なれば毒素の刺戟を受くるや此中枢は直に興奮し其帰結として體温昇騰するが故に温調節中枢は職責上黙視する能はず之を調節せんとするも其方法としては異常の體温を體外に放散するの他に良策なく又放散には絶大なる面積を領し無数の汗腺を有する皮膚に求むるの外奇術なければ此中枢は配下に令し毒素を満載せる血液を間断なく皮膚面に輸送し以て温放散に努力するも自然の妙機にも自ら程度あり無限大なるを得ざれば遂に発汗せしむるに至らず謝出の途なき毒素は筋骨に迫りて頭項強痛、四肢惰痛を作さしめ洩れんと欲して洩るる能はざるが為め悪寒発熱せしめ増量せし血液は以て浅在動脈に浮脈を呈せしむるなり、是れ乃ち漢方に表證と稱するものにして葛根湯、麻黄湯、大青竜湯等の発汗解熱剤を用ひて自然良能作用の及ばざる處を補助鞭撻し皮膚面に蝟集せる毒素を體外に駆逐するなり。

 然れども此発表にて全癒するは稀有にして之により表證緩解し一時爽快を覚ゆるも久しからずして體温は漸次昇騰し口苦、悪心、嘔吐、食欲不振、口渇、舌苔等の消化器症状及咳嗽、胸痛等の呼吸器徴候を発し脈は浮性を減じて弦細に變ず、是れ漢方に於て表證解せずして少陽に転入すと稱するものにして此症状は即ち少陽證なり、斯如く病状の變化する所以は温調節中枢疲労困憊し、従前の如く多量の血液を體表に輸送し得ざる必至の運命として血液が體内部に充盈するに至りしが為にして表證より転入の直後にして舌未だ白苔なるときは小柴胡湯或は小柴胡加石膏湯を白苔少しく黄變するときは小柴胡加大黄湯或は小柴胡加石膏大黄湯を白苔全く黄變し上腹部緊満、壓痛あるときは大柴胡湯或は大柴胡加石膏湯を處すべきものとす、今是等の諸剤が如何に作用するやを究むるに此六剤中に主薬として共存せる柴胡は桂枝、麻黄、葛根とは別義に於ける発表薬なれば皮膚、呼吸器より毒素を排出するの可能性あり、又柴胡と同じく六剤中に配用せらるる半夏は一種の利尿薬なれば泌尿器より毒素を駆逐するの能力あり、又後の四剤中の大黄は瀉下薬なれば腸管より細菌毒素を排除すべきは論なく又小大柴胡湯に加用せらるる石膏は本来止渇解熱薬なれども配合薬の如何によりては発汗薬となり利尿薬となり緩下薬となるものにして之を科学的に観察すれば含水硫酸カルシウムにしてアルカリ性を有するものなれば酸類中和の作用ありと云はざるべからず、翻りて考ふに本病のみならず多くの細菌性熱病者の血液は毒素の猛襲と高熱持久の為め固有の弱アルカリ性を奪取せられ酸性に變化する帰結として酸毒症を来すこと屡々なり、此時に方り對證方中に石膏を加用すれば此畏るべき酸毒症も忽ち消散する多数の經験に拠りて之を見れば石膏は獨り学理上のみならず臨床上に於ても亦能く酸毒中和の能力を発揮すと云ふべし、斯く觀じ来れば右六剤中の或者は毒素を皮膚、呼吸器、泌尿器より或者は皮膚、呼吸器、泌尿器、消化器より排泄するものにして又或者は此等作用の外更に酸毒中和の能力あるや明なり。

 以上の方剤を以てするも病勢猛劇にして制御し得ざるときは脈は沈、實、遅等に變じ意識朦朧、譫語、潮熱、腹満、便秘或は下痢(悪臭鼻を衝くが如き毒便なり)、食思欠損、舌黒苔等の症状を現す、是れ漢方に於て少陽證解せずして陽明に転入すと稱するものにして間断なき毒素の刺戟と持久せる高熱の為め、温調節機は極度に攪乱せられて全く其機能を失ひ、放散絶止の結果、毒素は謝出するの途なく體内深く消化管に集積するに至りしものなれば下剤を用ゆるの外策なきの理なり、故に漢方に於て之を以て下剤の適応症となすは至當の見解にして毒素集積の程度と病者體質の異るに随ひて調胃承気湯、桃核承気湯、小承気湯、大承気湯等を撰用するときは消化管に集積せる毒素は細菌と共に全く掃蕩せられ苦患は忽ち雲散霧消す。

 之を要するに漢方に於て表裏を別ち汗下の剤を用ゆる所以は主として毒素集中の部位及程度と病者體質の如何により適應の方を用ひて之を徹底的に駆逐せんが為なり、換言すれば開戦の初期に於ては病敵軍の虚を衝き努めて其鋭鋒を挫き次第に之を包囲其全く成るに至るや一挙にして之を全滅するの治略にして洋醫が待期的療法と稱し鹽里母赤酒剤を輿へて廣日持久するとは同日の談にあらざるなり。 但し本論は本病の陽證に終始する定型を述べたるものにして常に斯如くなるにあらず、現今目撃するものの多くは小承気湯、大承気湯證を現すに至らず概して大柴胡湯、大柴胡加石膏湯證にて終りを告ぐ、偶々陽明證を呈することあるも調胃承気湯、桃核承気湯證を来すに過ぎず。


   

14、洋方は局處的療法に偏倚す



 洋方は解剖、組織、生理、病理等の基礎醫學、理化学等の自然科学発達の関係上局所的療法殊に機械的療法に長ずるも一利あれば必ず一害あり、一長あれば必ず一短あるは免れ難き處か此進歩せる基礎醫學、科學の臨床醫學に累を及すこと甚しく其臨床醫學たるや全身的観察の下に全身的治療を講ずべき病症に對するにも猶著しく局所的療法に偏倚す。

 然るに漢方にありては固より基礎醫學なく機械なく局所的知識乏しければ局所的療法に偏せんと欲するも偏するに由なく勢已むを得ず総合的診断療法の研究に全力を傾注したるが為め腹診脈診法の進歩と薬剤組織の発達を促進したるなり、今一二の例を挙げて之を説明せんに、現今醫家の胃拡張症に對するや多くは胃洗滌を施し以て胃内蓄水の排除を企図するも是れ胃内蓄水なる局所的所見に幻惑せる近視眼的治法にして其肯綮に触れしにあらざれば如何に屡々之を反復するも治するの期なし。

 之に反して漢醫の此症に應ずるや胃内蓄水は一は胃筋衰弱による収縮運動不全の為なるも一は利尿機能障碍によるとなし此見解の下に衰弱せる胃腸筋に緊張力を附輿する薬物に利尿薬を配せる方剤を用ゆるが故に一面に於ては胃腸筋の収縮力漸次回復すると共に他面に在りては停滞せる水毒は泌尿器より排泄せらるるを以て両々相待て速に奏効し根治せざるはなし、又下痢病には漢方に於ても洋方の如く収斂薬を用ゆることなきにあらざるも其原因の腸管に存ぜずして他臓器組織に在るを認むるときは或は発汗剤、或は利尿剤を以て之を治す、例へば仲景師が「太陽と陽明との合病の者、必ず下痢す、葛根湯之を主る」、と曰ひしは発汗剤を以て下痢を治する場合にして、又師が「此利は下焦にあり、赤石脂禹余糧湯之を主る」、復た、「利止まざるものは、當に其の小便を利すべし」、と説きし後半は利尿剤を以て下痢を治する機会なり、是れ漢方の総合的診断療法たる証左にして下痢を治するに徒に腸管のみに執着し流動食、収斂薬に信頼するの外他あるを知らざる局所的療法と撰を異にす。


   

15、漢方の鎮痛療法は原因療法なり



 凡そ疼痛なる自覚症状は或種の病毒、知覚神経の末端を刺戟するによりて発する現象なれば勿論、病毒は本即ち原因にして疼痛は末即ち結果なり、然るに洋醫の鎮痛療法を看るに概して「モルヒネ」等の麻酔薬を主用し痛覚を鎮壓するに鋭意にして原因たる病毒を不問に附するが如き傾向あるに漢方に於ては病毒の撲滅を主とし、鎮痛療法を客とす、是れ原因たる病毒を除去すれば結果に過ぎざる疼痛は自ら治するの理による例えば急性多発性関節リウマチの劇痛に麻杏甘湯を用ゆる所以は方中の麻黄杏仁は水毒を発表し苡仁は水毒を尿利によりて排除すると共に血毒を駆逐し甘草は諸薬に和して其緩和作用を逞するが故に病毒の消盡せらるるに随ひ自ら鎮痛するの理によるものにして又彼の劇痛を以て発病する急性盲腸炎は盲腸部に血凝滞の遠因あり種々の近因之に附帯して発炎するものなるが之に應ずるに大黄牡丹皮加苡仁湯を以てするは方中に桃仁、牡丹皮、冬瓜子、苡仁は大黄芒硝の援助によりて血を瀉下し、冬瓜子、苡仁は炎性滲出液を泌尿器より排除するが故に病毒の消滅せらるに随ひ疼痛は治せずして雲散するの理によるなり、以て漢方的鎮痛療法の原因療法たるを知るべし。


   

16、漢方剤は複合作用の発顕を期待するものなり



 漢方剤には洋方処方の如く単味薬によりて奏効を期するものなく皆盡く二味以上の同効異質薬物を配合せるものなれば一味薬多量使用時に見るが如き中毒の虞なくして効力は反て倍加す、例えば発表剤たる葛根湯は発汗解熱薬たる葛根、麻黄、桂枝とより、解熱利尿薬たる越婢加朮湯は解熱薬たる麻黄、石膏と利尿薬たる石膏、朮とより、桃核承気湯、調胃承気湯、大承気湯は等しく瀉下薬たる大黄、芒硝とより成れるが如くにして此他の諸方と雖も然らざるは稀なり、是れ漢方剤の多くが緩和無害なる薬物より組成せらるるに拘らず奇跡的偉効を奏する所以なり。

   

17、漢方剤は一方にて能く数多の能力を発揮す



 洋方にありては一剤に多くの効果を望み得ざる関係上、水剤に散剤或は丸剤を兼用し時とすれば猶更に頓服薬、含嗽薬、塗布薬、湿布薬、皮下注射、静脈内注射、吸入、浣腸等の方法を兼施し以て各個症状の軽減を企図するも斯如きは徒に煩雑に失するのみならず各個の療法間に連絡統一あらざれば自然良能作用を適切に補助激励する能はざるの欠陥を生ず。

 之に反して漢方剤は一方中に数多の能力あれば病症比較的単純なるものに於ては一方にて能く其各個症状を治し得べく其複雑なるものと雖も数方を合して之に對し得べく猶更に不足を感ずれば此合方に丸散剤の兼用を以て之に應じ得べし。

 而して此合方中の薬物の箇数頗る多きも方剤としては極て易簡にして連絡あり統一あれば其効果たるや實に偉大なり、例えば葛根湯は葛根、麻黄、大棗、生姜、桂枝、芍薬、甘草の七薬物より成るにより薬物の箇数尠なからざるも是れ決して烏合の衆にあらず何れも百錬千磨の精兵にして葛根之等を統御し手足の如く駆使するが故に精鋭無比にして向う所風靡せざるはなし。

 乃ち主薬なる葛根の證たる項背筋の強直性痙攣を目的として此方を用ゆれば感冒にても腸チフスにても脳膜炎にても破傷風にても「リウマチ」にても喘息にても熱性下痢病にても眼疾にても耳疾にても蓄膿症にても皮膚病にても其他如何なる病症にても皆能く之を治す、又小柴胡湯は柴胡、黄B、人参、甘草、大棗、生姜、半夏の七味より成り是れ亦節度あり訓練ある一隊の兵なれば主将たる柴胡の證なる胸脇苦満を目標とし之を用ゆれば気管支炎にても百日咳にても肺結核にても肋膜炎にても腸チフスにてもマラリアにても胃腸カタルにても肝臓病にても腎臓腎盂の炎症にても婦人病にても皆悉く之を治す、又桂枝茯苓丸は桂枝、茯苓、芍薬、桃仁、牡丹皮の五味より成り臍下部の血塊、左腹直筋の攣急を目的として用ゆるの方なれば此を目標とし此方を用ゆれば血に因る血管、血液の諸病は皆悉く之を治す、又黄解丸は山梔子、黄連、黄B、大黄の四味より成り、心煩、心下痞、上逆、便秘を目的として用ゆるの剤なれば此を目標として此方を用ゆれば血管、血液の炎症機転に因る諸病は皆悉く之を治す、斯如く一方にて能く数多の能力を発揮するを以て複雑ならざる病症は右一方の應用にて足り更に不足を感ずることなし、又仮令甚だ複雑なるもの例へば葛根湯、小柴胡湯、桂枝茯苓丸、黄解丸の諸證併発したる場合と雖も前の三方を合せる葛根、麻黄、大棗、生姜、桂枝、芍薬、甘草、柴胡、黄B、人参、半夏、茯苓、桃仁、牡丹皮の一方に後の一方の兼用を以て応じ得るが故に毫も遺憾なし、而して此合方たる其包容する薬物頗る多しと雖も是れ漫然聚集せしにあらず既に統一あり訓練ある一隊を編成sる三方を合并せしものなれば繁に似たりと雖も其実は甚だ簡にして恰も統一あり連絡あり部署ある三軍の隊伍堂々敵陣に迫るが如く兼用方は遊撃軍たる奇兵が単刀直入敵軍の虚を衝くが如くなれば如何に頑強なる病敵と雖も遂には敗走せざるを得ざるなり、是れ古語の所謂簡を以て繁を制するの精神に合致するものにして漢方の独壇場なり。


   

18、漢方剤の薬物配合法は極て巧妙なり



 洋方に於ても薬物配合法を無視するにあらざれども配合禁忌の如きを除けば殆ど醫の任意にして各人各様の觀あり規矩準縄の見るべきものなきに反し漢方にありては数千年間の經験より帰納せし確固不抜の法則あり。薬物の配合法は巧妙を極めり、例へば漢醫が古来慣用し洋醫も鎮吐薬の不備に困惑するの餘り近来頻りに賞用しつつある半夏の如き若し之を単味咀嚼すれば甚だ辛烈苛辣にして嚥下に耐へざるも之に配するに生姜或は甘草、大棗、蜂蜜を以てし煎炙を經れば辛辣の性自ら消失するのみならず之が生姜を得るときは其鎮吐鎮咳作用は益々確實に甘草、大棗、蜂蜜等の緩和薬を友とするときは其鎮痛作用は弥々増進す、是れ半夏を處するには必ず之等の諸薬中の何れかを配する所以なり。大建中湯は山椒、人参、乾姜、飴より成るの剤なるが方中の山椒は其性味甚だ辛辣にして刺戟亢奮殺虫作用あれば弛緩せる胃腸筋を刺戟し其緊張力を恢復せしむるの外回虫駆逐作用を有すと雖も其性既に辛辣なるに乾姜亦之に類似し而も更に人参の苦味を以てするが故に飲服すること甚だ難し故に甘味ある飴を加へ以て此悪味を矯正すると同時に他面に於ては其緩和作用により疼痛其他の急迫症状を緩解し又其滋養強壮性を胃腸筋に附輿し以て其緊張力恢復に資するなり。大黄は無論瀉下薬なれども燥結せる宿便、結塊に奏効し難ければ此目的には之に瀉下溶解の二作用を兼ぬる芒硝を配用せざるべからず是れ桃核承気湯、大黄牡丹皮湯、大承気湯に此二薬を併用する所以なり然れども此二薬のみを以てするときは瀉下作用峻烈に過ぎ衰弱せる病者に適せざれば此際には甘草を以て二薬の鋭気を摧き其作用を緩慢ならしむるを法とす、例へば腸チフスの末期又は再発時の如き熱病的衰弱者に大黄、芒硝、甘草の三味よりなる調胃承気湯を用ゆるに能く其目的を達し而も脱力を胎さざるは此理あるが為なり。


   

19、漢方剤は其温度を適宜加減し得るの理あり



 適證の発表剤と雖も之を熱服し温覆するにあらざれば発汗し難く緩和剤は温服するにあらざれば其作用透徹せず陰證には温熱剤を暖服せしむるにあらざれば其効果顕著ならず鎮吐剤は氷冷以て微量頻服せしむるにあらざれば其目的を達すること能はず是れ余の実験上偽りなき事実なり然るに漢方に於ては煎剤を主とする関係上服薬の冷熱は操縦自在にして病症の種類に應じて其宜しきに適せしめ得るも洋方にありては此理を深く解せざるによるか又剤型の異るにより已むを得ざるに出るか此重要問題を度外視するを常とし甚だしきに至りては熱服温覆すべき表證に冷性なる水薬を投ずるのみならず更に氷嚢を貼して発汗の機を阻止し往々カタル性肺炎を誘発せしめ暖服温包すべき陰證の仮面的體温昇騰に對するにも亦同轍に出で遂に病者をして死地に陥らしむ是れ矛盾なり撞着なり。


   

20、漢方的治療中瞑眩症状の発起するは其原因療法たるの確證なり



 尚書に曰く「若し薬瞑眩せずんば病癒えず」と、是れ千古未発の真理にして醫も病者も倶に服膺(ヨウ)すべき金言なれば之を説明せんに漢方剤の服用後往々其反應として予期せざる不快症状現出することあり、是れ即ち瞑眩と稱するものにして此症状を発するや之をもって中毒症状と誤認し疑懼するの徒尠からざれども其實は似て非なるの甚だしきものなり、何となれば若し中毒症状なれば服薬の続行に随ひ益々憎悪すべき理なるに瞑眩は薬剤の反応現象に過ぎざれば其症状たるや、一時的にして薬剤の連用により此症状は固より本病も亦脱然治癒すればなり。

 今一二の実例を挙げて之を詳論せんに、余曾て重症の悪阻病者に半夏厚朴湯を處したりしに服後反て大嘔吐せしも須臾にして鎮吐し数十日殆ど絶食の病者欣然摂食せり、此によりて之をみれば服後の嘔吐は此方の駆水作用実現の反応症状たりしや明なり、又此病者鎮吐の後腹証に随ひ桂枝茯苓丸加川大黄を輿へしに数日の後ち腹痛を発し大子宮出血と共に葡萄状鬼胎を排出し日ならずして故に復したり。

 此によりて之を見れば服薬後の腹痛、子宮出血は此方の駆血作用遂行の反映たりしや瞭然たり。獨り是等の方剤に止まらず此他の諸方と雖も其服用後時々種々なる瞑眩症状を発現す是れ病的細胞が有力なる薬剤の援助により奮然蹶起して病毒を駆逐せんと欲する機転の反応に外ならざれば此症状の発現を以て漢方治療の原因療法たるの証左となし得べし、故に此症状の出現は洵(マコト)に慶すべく賀すべきの至りなるにも拘わらず世の昧者之を察せず偶々其の発するあれば周章狼狽して転医し漢方を悪罵する徒稀ならざるは慨嘆の至りなり、凡俗の情は今も昔も変りなきものと見へ東洞翁は世人の瞑眩を畏るること斧鉞(フエツ)(重い刑罰を意)の如く疾病を保つこと子孫の如しと慷慨せられたり、古今同嘆と云ふべし。


   

21、知覚麻痺は知覚神経の原発的病変に因るにあらず病毒によりて惹起せられし続発的知覚神経病変の結果なり



 多数の洋醫は知覚麻痺を以て直に知覚神経の炎症或は変質に帰するも是れ謬見の甚だしきものなり、何となれば凡そ知覚神経は外傷或は特種的毒物の之に作用するにあらざれば能働的に病むことなく被働的に病むを常とす、換言すれば知覚神経は原発的に発病して麻痺を続発するにあらず、病毒が知覚神経病を続発せしめ其の帰結として麻痺を生ぜしむるなり、即ち病毒は原因、知覚神経病は結果にして麻痺は亦其の結果なり、此の理あるが故に血痺に桂枝茯苓丸或は当帰芍薬散を用ゆるにも麻痺真箇の病原たる血或は血兼水毒の駆逐を主として知覚神経病変の如何に拘らざるなり、是れ知覚神経の何たるを知らざる漢醫の之を知るの深き洋醫に比し反て能く麻痺を治する所以なり。