湯本求眞遺稿
医界の爆弾

  

はじめに

 本稿は潟Eチダ和漢薬保管の『湯本求眞遺籍文庫』の中から先生の遺稿ともいうべき「医界の爆弾」を和漢薬編集部の方々のお骨折りにより月刊「和漢薬」に掲載されたものです。

 湯本求眞先生の御著「皇漢医学」は私の漢方の骨格をなす一著でもあり
先生の、漢方の発展のため、後輩の育成のみならず、医界における漢方の必要性を一生をかけて訴え続けてこられたお気持を偲べば、遺稿をここに披瀝できますことは、その意志に幾分なりとも沿うものと思います。

 この書をお読みいただくことはただ単に漢方の本質を知り得るばかりではなく、物事の本質を見極める活眼を養うためにも十分役立つものと思われます。


 
やや難解かもしれませんが、どうか、最後までお読みいただければと切に望むしだいです。

 所々誤字、脱字があるかもしれませんが、これは一重に私の罪で、暫時訂正してゆく所存ですので、ご勘弁ください。

 末文になりましたが、潟Eチダ和漢薬様のご好意に感謝申し上げます。



   


(1) 疾医の大道を行く精神

 医学は非常に進歩発達したと頻りに喧伝されて居るが、成程堂々たる大学病院や研究所が出来て立派な設備を整え、医学団体や学会が競って多くの論説を発表して居る点は、如何にも進歩発達しつゝあるように思わしめる。

 併し乍ら其は外形の進歩で内容の発達ではない。即ち人間を治療すべき医学が末梢化、動物医学化して治療医学には直接関係もない技葉末節のみが研究せられたり、又は人間も動物と混同する治療業績を事とし、病人を治療する真撃なる研究は行われて居ない。

 只外科手術だけは西洋医学の特色にして格段の進歩を認むるが、併し夫れも無反省に必要以上に手術をする弊害がある。其は内科術の無能に胚胎するのである故に洋方内科は之を根底から改革せなければならぬ。

 人間が屡々犯さるゝ風邪ですら誤治される為に容易に癒らないばかりか、屡々肺炎を誘発し往々危険に瀕せしむるのである。之は発汗に依り病毒を体外に駆逐することを考えず無闇に氷嚢湿布を貼用して病毒を内攻せしむる結果である。

 漢方では発汗解熱薬たる桂枝、麻黄、葛根、石膏等を配合せる方剤を運用して徹底的に病毒を排除し尽すから、僅々一、二日乃至四、五日にして全治し肺炎を併発せしむるが如き不始末はない。元来肺炎の併発は誤治に基づく余病に過ぎないから之を起さしめるのは医の名誉ではない。

 盲腸炎には唯流動食、亜片剤を用い局部を冷却するのみで病毒の排泄を行わないから、勢い開腹手街をせなければならなくなる。手術は手軽で徹底的であるように、宛も機械でも修理する如き頭で考えられて居るが、手術の予後が順調に行っても本当に元通りの身体に恢復するまでには二、三個月かかる。

 漢方の治療法は洋方の夫れと全然異って大黄牡丹皮湯加苡仁又は大黄牡丹皮湯去硝黄加苡仁を用いてを肛門より、炎性滲出物を泌尿器より排泄せしむるからして、僅々二、三日以内に痛苦を除き、久しからずして全治せしめ、再発は絶対にないのである。

 猩紅熱は腎臓炎を併発せぬ限り恐るべき病気でないと予告されるのが恒であるが、何故余病を予想し乍ら之を予防することを保証せず、本病と予病とを切放して言わねばならぬのか不思議で仕方がない。だが夫れは猩紅熱そのものを知らぬからであって、問題は其の恐るべき余病の根本療法にあるのである。

 漢方では猩紅熱、麻疹等の発疹性疾病は内在の血が外因即ち細菌に因って体表に誘出するものとして駆血策を講ずると共に、病毒を体外に排除し且中和して泌尿器より排泄するから、本病の治期と同時に続発病を未然に防ぐのである。即ち多くの場合葛根加石膏湯を以て病毒を汗腺を通して体外に排除し且酸毒症を中和無害ならしめ、小柴胡湯を以て健胃利尿を計り、桃核承気湯去硝黄或は桂枝茯苓丸を以て血を排除すれば、腎臓炎など起すことなく、刀に衂らずして治を完うするのである。之れは即ち上工は未病を治すものにて本病に対して右三方を合方する所以である。 

 以上二、三の疾病に就ての例証であるが、之に類似の誤治は枚挙に遑がない。彼の腸チブス末期に往々遭遇する腸出血の如きは、十分之を予想し得るものであるに拘らず、血禍に対する認識を欠くが為に、姑息なる対症療法の外適時適治を施さない崇りである。

 兎に角余病を予想し乍ら之を予防する積極的措置に窮するようでは、遺憾乍ら進歩発達せる医学も大々的割引きをして礼讃せねばならぬ。

 現代西洋医学は理科学の急速なる発達に刺戟されて勃興し、其影響を受けて機械観的分析科学の方法に依って体系付けられて居る。何事に依らず科学的形式を採らねば権威を認められないのである。

 併し乍ら科学の現在の進歩の道程に於ては、科学の説明し得る範囲は至極狭小なる見解に基く類推に限定されて居り、或範疇を設けての説明に乗切らぬものは恒に例外であり、例外無しに説明を貫徹すれぼ事実を歪曲して考察しなければならぬ結果を生ずる。其所に科学人の辛い体面論がある。

 然るに科学は現実なる事象を歪曲する説明を拒絶する認識参謀本部であるから、科学自ら科学を以て萬事を律することの非なるを教へて居る。

 又強いて科学的説明に許り依存する必要もない。比較的構造組織の簡単なる無機物界の事象に就ては千遍一律の法則も適用されようが、構造組織の複雑微妙なる有機体、殊に生命機構の高度に発達せる人間に対しては、科学の因果律的公式論に当嵌めんとする着想は出発点からして児戯に類する空想的なものである。 

 基礎医学ですら厳密に言えば重大なる欠陥がある。例えば解剖学の如きは最も正確で信を置くに足る筈であるが、其業績は屍体に拠るものであるから、外科の領域では非常に参考になるであろうが、内科の分野にありては案外に役に立たたぬものである。

 又生理学を人体生理学と称して居るが、夫れは真赤な嘘、甚だ淫椎気臭いものである。何故かなれば此学は人体に就て生理を研究したものではなく、蛙・モルモット・兎・犬等の生理を検索して其儘人体に類推したに過ぎないから、人身生理学に非ずして動物生理学である。

 病理学にしても病者の病的変化を研究する学問であるから頗る疾医の参考にはなるが、治療の法なき屍体の病変を知り得るに停り、治療し得べき病者の病変を識りたいと思う者にとりては隔靴掻痒の誹を免れない。

 立脚点を為す基礎医学が斯かる欠陥を蔵するものであるから、其上層構造たる臨床医学の科学性は屍休若は動物学的僻見に富むは推知するに難くない。第一生体学的医学としての研究年月が余りに短少である。 

 西洋医学の成立は分析的、演釈的であって綜合的研鑽が足りない。之に反し漢方は由来綜合的、帰納的であって分析的研究に欠けて居る。孰れにも一長一短は免れぬが、分析的、演釈的である洋方は局所的には漢方に優る点があるが、綜合的ならざるが故に大局的に漢方に劣るのは止むを得ぬ。然るに漢方は之と正反対に局所的理論には精密でないが、大局的観察が円熟して居る。之漢方の内科に熟し外科に未熟、洋方の外科に得意で内科に不得意なる主因であり、両医方の宿命的相違である。此事に就て少しく具体的に所見を述べて見たい。

 例えば茲に腺病質の小児があって水胞性結膜炎、同角膜炎を起し、同時に下痢があったと仮定する。洋医に治療を乞えぼ、内科医は胃腸力タールと診察し、眼科医は水胞性結膜炎、同角膜炎として、夫々局所的治療に腐心するに相違ない。荏苒として治せざるが常である。

 漢医は之を血に因るものとして多くの場合、小柴胡湯、桂枝茯苓丸合方を与うるであろう。其結果は胃腸力タールも眼疾も同時に久しからずして全治する、斯かる例は枚挙に逗ない。

 サルバルサンが出来た今日でも脳黴毒が仲々治らぬのはスピロヘータを攻撃するに急であって、之を誘致した真因が血にあることを知らず、夫れを排除せぬからである。例えば脳黴毒に兼ねるに腰痛又は座骨神経痛の患者があるとすれば、漢方では 血に因るものとして、多くの場合少しも殺菌剤を含まぬ大柴胡湯、桃核承気湯又は大柴胡湯(或は加石膏)、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯加苡仁を用いて血を駆除すると同時に黄解丸を兼用して脳充血を腸管に誘導するときは、末期に迫れるものを除けば尽く治癒するのである。

 要之するに疾医の道は、在来の西洋医学的に目には目、耳には耳、鼻には鼻というように局所的病変にのみ執着して部分的治療を繰返すが如き姑息極る療法から蝉脱して、外因に依りて疾病を誘発する内在性素因に重点を置いて、生命機構の裡に内在する治癒良能をして必然的に病変から恢復せしむるように排毒療法を徹底する指導方針に従うべきである。


   


(2) 陰陽虚実を否定しては治療は成功せぬ

 洋方は病名を診定するに急であって、病者の体質には余り考慮を払って居ない。之非常なる認識不足である。漢方では個体の体質の陰陽虚実に重点を置き、仔細に之を観察し証に従って治を決する。之当然な措置であって、陰陽虚実を否定しては一切の治療は成功せぬ。

 人は稟賦の素質各々相異るものがある。疾病に対する感受性にしても積極的に興奮するものと消極的に沈衰するものと、耐力の旺盛なものと薄弱なるものと機能の相違がある。受くる所の病は同じでも現わす所の症状は十人十種である。

 医療は病に向って直接攻撃を加えるべきものではなく、病者の現わす証候に即して其の治癒機能の抑壓閉塞されたる部分を疎通振興すべきものである。

 換言すれば疾医の術は病原体に対する殲滅策戦を人体以外の場処で実行する防疫法とは根本的に異る素地の上に建つものであるから病名なぞに依って病者を一定の型に修理修覆するが如き技術ではなく、病者自身の闘病を陰陽虚実の情勢に依って監視し、出来るだけ体力を損せず病気を克服せしむる為必要なる援助を興うる施薬オブザーバーである。若疾医にして一念此陰陽虚実に思を致さざれば、施薬者一転して侵犯者となる。

 例えぼ甲乙二人が同時に同病に罹ったとしても、甲が実証の体質、乙が虚証の体質であるとすれば、其処方は病名の同一なるに拘らず異るのが常である。又両人の体質が同じであれば同一処方で差支ない。陰証、陽証に就ても略之と同様のことが言える。之要するに体質の陰陽、虚実は一つの素質であるから、之等の人々が発病すれば其体質に応じて病状の現われ方が違って来る。

 即ち或疾病に罹った場合、陽証の人は陽性症状を、陰証の人は陰性症状を現わすのが通則である。併し乍ら此陰陽、虚実は必ずしも一定不変のものではなく、時としては陽証より陰証に、実証より虚証に変化し得るものである。

 例えぼ今迄病気に罹ったとき常に陽性症状を現わした人が、大病の経過中又は其治癒後病気する毎に陰性症状を示すようになり、或は弱年に陽証であった人が老年に至って陰証に転じた例が多々ある。

 又気候や飲食物の異るに従って陰陽を異にする。余の経験に依れぼ、魚介を多食する漁民には陽証多く、疎菜を副食物として魚肉を摂ること尠き寒村の人々には陰証が多い。美食を常とする都会人には陽証多きも、実証が尠く虚証が多い。筋肉労働に従事する人々は陰陽孰れを問わず実証が多く虚証が尠い。

 概括して陰陽・虚実とは言うけれども、之は個人の体質を四大別したに過ぎぬから、実際上斯かる簡単に区分されるものでない。陰陽虚実の執れにも幾多の段階があり、又種々の混合型がある訳である。故に此四者の別を知ることは、皇漢医として最も重要にして且困難なるところで、終世之に向って精進努力して行かねぼならん問題である。

 偖て陰陽・虚実とは如何なるものであるかと言うに、陰証とは大体消極的及寒性の含蓄ある言葉で、其病勢沈滞して発現し難く、脈診に於ては沈遅・沈細・沈微にして力無く、悪寒・厥冷等の症状が観取される。

 陽証とは、陰証と正反対に、積極的及熱性の含蓄で、脈も浮数・浮大・滑大・実大・洪大にして力有り、多く発熱するものである。風邪の表証ある場合、陽証の人は頭痛・発熱・骨節疼痛・脈浮数等の症状を呈し、陰証の人は悪寒強く熱少く、暖を求むること頻りである。

 故に前者にして若其の証劇なるときは、発表薬に冷性・沈静性ある石膏を加えたる葛根加石膏湯、小青龍加石膏湯、大青龍湯等を用い、後者には熱性・発揚性ある附子、細辛を配合する桂杖加附子湯、麻黄細辛湯を用いるべきである。

 虚実の虚即ち虚証とは空虚の意味であって、病毒が尚未だ去らざるに精力既に虚乏せるものであって、脈は細・小・微・弱で、腹部も亦軟弱無力で弾力無く、腹診するに恰も綿花を按ずるが如きものである。

 実即ち実証とは充実の義で、病毒尚体内に充実するも体力之と耐抗しつゝ余裕あるものであるから、一般に壮実の覿があり、実・長・大・滑等の脈状をじ呈し、腹部は緊満して抵抗強きものである。

 故に虚証と実証とは陰証と陽証とに於けるが如く、其治療法は全然正反対である。即ち虚証には専ら和法を以て病毒を緩解するか、利尿剤を以て泌尿器より病毒を駆逐すべきで、汗吐下剤の応用は厳禁すべきものである。然るに実証は体力が病毒に耐抗しつゝ余裕あるものであるから、汗吐下剤を以て徹底的に病毒の排除に努むべきである。

 然れども実地臨床上に於ては、陰陽・虚実の分界は容易に窺知し難き微妙なものであって、一歩を誤れぼ生死を異にする分岐点に立たねばならぬのである。故に平常から潜心工夫して、臨機応接し得るように勉強を怠ってはならぬ。其処に海よりも山よりも之くに難い疾医の道があり、言葉で蓋せぬ体得の境地がある。爰に於て医術は医書以上遥に高き準線にある機根を要する。

 例えば陰虚証の治剤たる大建中湯証にも時としては腹満して便秘することがあり、又陽明実証の方剤たる大承気湯証にも腹満・便秘があることがある。此時に方り若陰虚証の腹満・便秘を陽実証の夫れと看誤り、大建中湯を興えずして大承気湯を用いることあらば、病者を虚脱せしむること勿論にして、或は為に死を招招来するに至るかも知れないのであるから軽挙盲断を深く戒心しなければならぬ。慎みて誤ること勿れ。 

 極めて概念的乍ら陰陽・虚実の含蓄は以上其大要を述べた積りである。然るとき漢方に不可欠なる陰陽・虚実を如何にして識るかの問題となる。之は後に述べる望・問・切の三診法に依るのであるが、茲に参考迄に一言挿挟んで置きたいことがある。

 第一、漢方を学ばんとする者は、初手に陰陽・虚実の定理的なるものに就て学び、十分修業体験を積んだ後に、複雑・変型的なものに及ぼすべきことである。最初から複雑・変化・混淆せるものを研究せんとするのは無理な慾求であって、何等得る処なき許りでなく、思わぬ邪路に迷込んで恰も八幡の藪知らずに入った如く、再度正道に立戻ることが困難である。

 第二、先輩の論説・治験と余の経験とを比較するに、附子・烏頭を使用する陰証が非常に尠いといふことである。之は気候・飲食物等の関係に依るものであろうが、現今でも美食する都会人士には陽証が多く、魚肉・獣肉を食らうこと稀な山農村民に附子証の比較的多いのを考合せて見ても解る。


   


(3) 漢方の病理は頗る平易直達である

 症状の現われ方に陰陽・虚実の別のあることは既に述べた通りであるが、症状の発現する部位即ち病毒の集中する場所及病毒の転変する状態を示す為に、漢方一流の名称がある。表・裏・内・外が夫れである。

 表裏の表と言うのは皮膚の意味であって、皮膚に病毒が集れば一種の症状を呈する。夫れは表証と呼ぶ所のもので、脈浮・悪寒・発熱・頭痛等の症状を表わす。此表証は発汗解熱薬を以て病毒を汗腺より排除し盡すを原則とする。若此発汗不十分なるときは、病毒は転じて呼吸器・消化器・泌尿器に迫りて諸般の疾病を誘起するに至るのである。

 裏とは、表即ち皮膚に対する呼称で、消化管の意味である。此部に病毒が蝟集すれぼ即ち裏証を現わすのである。裏証にして実証のものなれば、腹満・充実・悪寒無くして発熱し、便秘・脈沈実等の症状を生ず。此時こそ瀉下剤を以て病毒を掃蕩するを通則とする。若其治療にして不徹底なるとさは、病毒は更に深く内位に侵入し、往々不治の難症を発するに至るものである。

 半表半裏とは胸腹二腔の中間の意味であって、気管支・肺・肋膜・心・肝・脾・膵・胃の所在する部分に相当す。故に此の部位に病毒集結するときは、右臓器の或者を発病せしむ。之を半表半裏証と唱え。口苦・胸脇苦満・往来寒熱・脈弦細等の症状を呈す。此場合は和剤を以て病毒を緩解すると同時に其一部を皮膚・呼吸器・泌尿器等より排泄するを要則とす。若治療不十分なるときは、病毒は更に裏に入り裏証を呈するに至る。

 次に内外の称呼であるが、皮膚・呼吸器・消化管は外界に接触及出入あるの故に外と総称し、夫れ等以外の臓器組織を皆内と汎称する。併し乍ら内外とは又一面に於て相対的の詞であって、内に対するときは裏は外であるが、夫れが表に対するときは内の関係である。

 半表半裏は表裏の中間に位するから其の名があるのであって、裏に対しては外で、表に対しては内の関係となる。

 上記の通り理由は別として、表裏・内外の用語は簡にして要を得て居る。序に心字には心臓と頭脳とを併唱する意味がある。病症は通則として表に始り、後半表半裏に、或は裏に転入・転属するのであるが、病勢劇烈なるときは表より直に裏に転入し、又は表証を現わすことなく初手から半表半裏証を現わすことがある。又之と正反対に内より裏に、又は半表半裏に、或は表に、裏より半表半裏に、又は表に、半表半裏より表に転出することがある。之人体の妙機にして単純なる理論の能く解決し得ざる所である。

 此転入・転出の観念は余病などという遁詞よりは気取らぬ正直な表現で、事実明晰な考え方である。

 茲に病・症・証の使分けを一寸断って置く。病は医の対象とするヤミワヅライ即ち病気・疾病などと普通に用いる。症は証の通俗的意味を表わし、病症と言えぼ病の徴験であるが、医の診断に依って決定する事項とはいえ西洋医学式病名本位の軽い意味に使用するか或は証の一部を指す。証は漢方式診察要領に基づく症候群に下す治療の真の目標を示す証候を言う場合に使用する。症は部分的判定であり、証は総合的断案である。

 最後に診断上重要なる意味を有するものは、証の主客と病の本末である。主客は証の主人及客人の義であるが故に、主証は最初から現われて終始不動であり、客証は後に遅れて現われ隠見出没するのである。

 例えば桂枝湯の主証は頭痛であり、乾嘔は客証であるから、頭痛は病初より現われて治癒する迄は恒に存在するも乾嘔必発ではなく、仮令発現するも頭痛に遅れて発現する。故に桂枝湯は主証たる頭痛を目標として用ゆべく客証たる乾嘔を目標として用ふべきものでない。又呉茱萸湯の証にも嘔吐あり頭痛があるが、之は嘔吐が主証であって頭痛は客証であるから、嘔吐を主目的とし、頭痛を副目的とすべきものである。之に反するときは無効なるのみならず反って有害である。

 斯くの如く主客を誤るときは、只に病の治癒せざるのみならず反って増悪せしむるに至るものであるから注意を要する。病の本末を言うは、元より病の根本原因と枝葉末節とを辨別せんが為である。病の根本を芟除すれぼ枝葉は自ら消滅すること勿論である。

 例えば頭痛には種々の原因が伏在するものであるが、若血(月経障害に因る)に原因するものであれぼ、其病根を為す月経障害を治し経血を疎通する剤である桃核承気湯・桂枝茯苓丸・当帰芍薬散等の駆血剤を証に従って用いるときは、客証たる頭痛は刃に寄らずして治するのである。然るに洋医の之に対する態度は根本たる月経血の疎通を謀らずして客証たる頭痛に眩惑せられて、水嚢の貼用や臭素剤の内服などを試みて居って、本末の認識が全く厥けて居る。斯やうな末節許りに拘はって居っては、治蹟の挙らざること百年河清を待つが如しである。

 漢医と雖も此の理を辨えずして此の頭痛に惑わされて桂技湯などを用いるようでは、其浅薄さは洋医と選ぶ所なく、漢方かぶれ洋方崩れの処方家に此弊が多いから註記して置く。

 臨床上陰陽・虚実、表裏・内外、主客・本末と共に大に重要視すべきは疾病の内在的原因に関する根本的認識である。漢方に於ては外傷以外の諸疾患の内因(内在的素因)を食毒・水毒・血毒の執れか或は夫れ等の合併に因るものとして深甚の注意を傾倒して居る。

 而して西洋医学に於て高調する病原菌の如きは、外邪・悪気・レイ風・苛毒等と漠然たる言葉を以て表わされて居る。之等の外因に就いての顕微鏡的詮索は顕微鏡という理科学機械の無い時代では勿論何事も知らなかったのである。漢方の未開視さるゝ点は重に此所にあるのであるが、此点即ち顕微鏡的細菌学の欠如せることに就いては、漢方は余り痛痒を感じない。若分析的西洋医学を顕微鏡前及顕微鏡後に就いて比較するならば、夫れは勿論顕微鏡後の発達は格段の差がある。而して細菌の研究効蹟が夫れ程偉大にして治療医学上決定的なものであるならば、西洋に於ても今日反動的綜合派医学など返り咲く筈はなく、漢方は其顕微鏡的科学研究の結果に照射されて更に偉大なる圓融医学となりて、治療医学の諸問題は既に解決して居る筈である。

 幸か不幸か、今茲に批判せねばならん問題は顕微鏡に依って細菌の真顔・横顔が解った解らぬの問題から離れて居る。換言すれば只外因だけを知って肝腎要の内因を殆んど顧みない西洋医学の欠陥と外因を知らず内因に重きを置く皇漢医学の欠点と執れが大なるか、而して治療上両者執れの業蹟が光って居るかを冷静に考えて看るにある。

 余は外因主観に基づく細菌攻撃主義の洋方の治療と内因主観に依る排毒主義の漢方の治療を臨床上の実蹟から帰納し、確信を以て次の結論を述べるのであるが、内因三毒の内でも血毒に就いては全然無関心なる洋方の惨害の特に大なることを指摘しない訳に行かぬ。近頃一部洋医の間に血否定論を口にする者あるやに聞くが、飛んだ御笑草の種を播くものである。

 一、抑々万病は内因・外因相俟って始めて起るべくして起るのである

 西洋医学は外因に偏執し、殊に細菌を重視することは非常なものである。恰も細菌独力を以て能く伝染病を成立し得るかの如く妄信し、之を嫌厭・畏怖すること債鬼の如くである。然るに此反面に於て内因に就いては殆んど考慮を払うことなく、体内の毒を養うこと財宝の如しである。之は本末を紊し冠履顛倒の甚だしいものと云わざるを得ない。
 何故かなれば人体内には一種の自己矛盾たる食毒・水毒・血毒と称すべき自家中毒症の存在を認めない訳に行かぬ。夫れに因って細菌の寄生繁殖に好適する自然的培養基をなし、細菌が寄生繁殖し得るに至り、伝染病が発生するに至るのである。此自然的培養基がなかったならば、如何に細菌が寄生繁殖せんとするも寄生繁殖する場所がない訳である。
 疾病が成立する為には、内因が主であり外因が客であらねばならん。主たる内因を清掃すれば客たる外因は如何に人体に働き掛くるも絶対に伝染病を成立する余地がない訳である。

 二、体内に於て細菌を滅殺することは難中の難事である

 万人に内因なきを望み得ない所で、細茵が此弱点に乗じて伝染病を発生せしむる機会は確かに多分にあるのであるから、必然的に細菌を無視する訳には行かない。然るとき細菌を体外に於て滅殺することは容易であっても、体内に於て之を滅殺することは至難中の至難事である。何故かなれば細菌も体細胞と略々同様な構造組織を有する生活体であるから、之を体内に於て滅殺する企図は体細胞をも滅殺死に至らしむる暴挙であるからである。

 三、殺菌に成功しても細菌毒素の中毒症を免れぬ

 仮に細菌のみを滅殺して体細胞に無害なる理想的選択性殺菌剤が発見されたとしても、之を其儘直接応用することは出来ない。何故かなれば細菌を一時に滅殺するときは、菌体崩壊の結果胞体内の毒素が一時に血中に流れ込み、高度の中毒症状を現わして頓死に陥らしむるからである。

 四、伝染病は排毒療法を主とし殺菌剤を兼用すべし

 細菌を体内に於て滅殺することは畢竟出来ぬ相談である。だから伝染病の治療法は内因にして細菌の培養基たる食水血三毒を除くを主とし、細菌に有力に作用するも人体には比較的無害なる殺菌剤を兼用するのが現状に於ては理想を実現し得る最良手段であると信ずる。現今の程度に於てはマラリヤ・黴毒・麻病には此理想的手段を用い得るのであるが、今後益々研究して他の伝染病にも及ぼしたいものである。

 斯くの如く、内因を主とし外因たる細菌の顕微鏡的研究に就いては全然知り得なかった関係上、疾病の外因に依って病名を附するといふことは漢に於ては全然ないのである。併し乍ら傷寒・中風・肺痿・肺廱・腸廱等の病名はあるが、之等は何れも一定の症候群に依って附した病名で、固より特に細菌に依りて分類した病名ではないこと勿論である。随って病名に対する治療法は有り得ない。然らば何を目標として治療するかというに、一つに証に従って治を施すのである。

 漢方の所謂証とは何であるか? 西洋医学の所謂症状とは異なるものであって、病者に必然的に現われて来る幾多の症候群中から其病に恒に一定不変なる症候群を云うのであって、之を検出して夫れを目標に治療する。之を「証に随って治を施す」と云うのである。

 温疫論に呉又可氏が「酒を飲んだ場合に名人各様の酔態を呈するが、其酔態の千差万別なるは各人の稟賦の体質の異なるに依るものである。之と同様に疾病に於ても又仮令同一の病に罹っても、其現わす症状は千差万別である。であるから病原を求めて治を施すべきでなく、其現わす証と病者の体質の如何に依って汗吐下の三法を撰用すべきである」と論じて居る。卓説である。

 多くの場合病名や病原菌に頓着せず、其現わす証と病者の体質とを考慮して治を施すのが最上策である。之以外の療法は皆下々の下策と信ずる。茲に一つの挿話を以て呉又可氏」説に呼応しょう。

 火事が起った時には、臺所から 発火したか、座敷から発火したか、漏電から起ったか火先の詮議立は後廻しにして、咄嗟に風向や火元の具合を見て、第一着に水を掛けて火を消すことが急務中の急務だ。火が消えた後で火元や煩因を調査して後日の参考に供すべきである。現今の医者の火消法否治療法は火急の間に合わんように出来て居るからいかん。即ち火を消す方はまったく後廻しにして、火元詮索許りして居て、遂に家を丸焼にするようなのが沢山ある。所詮治療は荒怠しても病名の研究に違いがなけれぼ能事了れりとして居るのだ。

 例えは腸チビスの初期に当り之が治療を試みないで、病原菌の検出に夢中になって居るが如きは、此通例である。尤も病原菌を検出して病名が定ったから、夫れで的確な治療が直に実施さるゝかといえぼ、元来そんな病名本位の治療法がある筈がないから、食餌療養に毛の生えたようなことで糊塗し昿日弥久最後迄待機の構えで居るこそ笑止の沙汰である。故に病名の決定は観念せよという一種治療回避の宣告である。

 漢方の伝染病の治療は発病と同時に決定的である。固より病名を目的としないから、腸チビスであろうと何であろうと、そんなことには頓着せず病初から証に随って確固不動なる治療に着手し、病気の経過に順応するから、心臓麻痺を起させたり、腸出血を誘発させて死なすことは殆んどなく、又治後大衰弱を胎すこともない。


   


(4) 漢方の診断は用意周到である

 漢方の診断法は望・問・切に拠るのである。

 望は視診法であって、病者の血色の良否・元気の有無・挙動の如何を看て陰陽・虚実等を直観するのである。円熟するに至れぼ、此診法だけで病症の如何を洞察することが出来るのである。殊に重要なるは舌の乾湿等を熟診して、腹診脈診の参考に供せねぼならんことである。西洋医は舌苔を口内炎の結果と看傲して胃腸とは何等の関係がないものと思って居るが、之も亦甚しき認識不足である。舌苔は胃腸炎症の反映であって、鎖丁純なる口内炎の為ではない。

 問は問診法であって、病者の遺伝関係や既往症や自覚症を問診するのである。

 切には脈診法と腹診法との二診法を含むので、漢方に於ける最も重要なる診断法である。而して脈診は脈診書など文字に依って達し得るものではなく、実地病者に就いて自得すべきもので、医の終世を通じて潜心工夫を凝らさねぼならんものである。併し乍ら脈は甚だ敏感性のもので、僅の原因に依っても変化するものであるから、之のみに信頼し過ぎると失敗することがあるから、確固不動なる腹証に重点を置き、脈証を参考に供するのが賢明なる方法である。

 腹証及腹診法は漢方の独壇上とする所である。拙著「皇漢医学」に詳述してあるから、夫れに就いて学ばれんことを切望する。聴診器のなかったのが漢方の欠点であるから、之を併用して呼吸・血行二器の診断に供せねばならない。又顕微鏡検査やレントゲン透写をも必要に応じ研究することを嫌ってはならぬ。

 前述の食・水・血三毒の説明には、遠藤誠氏の名論卓説があるから、次に紹介に及ぶ。氏の萬病一毒論を吉益東洞翁の萬病一毒論と比較する為、昭和萬病一毒論或は新萬病一毒論と称する。


   


(5) 新万病一毒論(遠藤 誠氏 論述)

一、内因と外因

 一切の病気の原因を二つに分つことが出来る。内因と外因の夫れだ。細菌の侵入に因るもの、感冒などの自然から受ける影響、負傷などが原因となるもの等の所謂外因で、其他の総ては内因である。

 コッホ氏以来細菌学が発達して、細菌万能の時代が今に続いて、有らゆる病原を細菌に索めんとあせって居る。細菌の発見されないものは、多く原因不明で片付ける。コレラ病はコレラ菌が侵入して発病するものなりとは、現代の常識であるが、常識なるものは其時代人が肯定する心理で、永久不変の定義ではあり得ない。ぺッテンコーフェル氏が其説に反対して自ら純粋培養したコレラ菌を嚥下して、其蒙を啓くべく実験台となった。只微に下痢したのみで一向コレラ病に罹らなかったことは、天下周知の事実である。

 因之観之、假令細菌が侵入しても、発病するものと然らざるものとの区別が生ずる。コレラ病のみでなく一切の細菌に原因すると称せらるゝものの総ては、皆此の原則に洩れない。

 腐敗は細菌の作用だと教えられている。誤って腐敗茵を嚥下した場合、必然の結果として腹痛下痢の病症を惹起する。之は外因に依りて発病したものであるが、同一の食物を採っても、べッテンコーフェル氏の夫れの如く何等下痢も腹痛も起らないものもある。発病する者は常識的体質で、発病しない者は外因に無関心な非常識体質で前者とは異った存在である。学者は此変態……尠くとも常識眼からは変態の後者を免疫体質と云う名義で、学術上の例外を設けた。而して免疫体質を生れつき細菌に無関心なものと或特殊な病毒に対し或期間感染を免れるものとの二つに分けた。所謂血清注射は人為的に後者の免疫体質を造る手段である。

二、一毒とは自家中毒

 併し乍ら、べッテンコーフェル氏が随時随所にコレラ菌を嚥下しても、絶対にコレラ病に罹らぬとは誰が保障し得よう。実に実験当時の彼の体質が菌の侵入に超越し得たので、其以前以後の彼は、かく簡単に冒険を繰返し得るや否や。当時の彼は周密なる体格検査と摂養と確信との上に敢行したので、不用意に漫然と生命を投出して菌を嚥下したのではあるまい。理想的な健康状態と云う条件なしに斯かる冒険を行はなかったであろう。当時の彼の体質が然らしめたので、免疫体質は恒久不変な存在ではなくなる。

 人間の体質が或程度迄改造出来るものとすれば、免疫体質は生活の環境、思想等の動揺に伴れて、変化し或は破壊されるものと推定し得る。ウッカリ免疫体質の折紙に安心しては居られない。

 免疫体質の正体は何物であろうか?外因の侵襲に無頓着な調法な人間とは、一体どんな体質の持主であろうか?
 一言にして尽せば、毒のない人間を指すのである。先天的にも後天的にも、病毒の持合せのない人間を云うのである。然らぼ毒とは何か?所謂自家中毒の汎称である。

 遺伝的に不純な血液を受け、不潔なる空気を吸い、不自然な生活を営み不摂生な食餌をとり、不規則な起居を平気でやって居る吾等が、どうして病毒を持たぬと頑張り得ようぞ。此病毒の沈滞が細胞の活力を削ぎ天賦の機能を妨げ、細菌に対する抵抗を薄弱ならしめ、循環を障碍し、以て申分なき細菌培養基を構成して、歓迎準備を整え、其侵入を待ちつゝあるに於てをや。苟も之等の侵入に遇えば、彼等の生殖に必要なる温度・湿度・栄養等を完備せる自家中毒が、忽ち細菌の牙城となり、熾んに生産する菌の毒素は全身を循壊して、遂に人間を殆す。

 戦慄すべきは細菌に非ずして、実は自己の保有する自家中毒そのものである。自家中毒の存在せぬ所に、細菌は棲息し得ぬ。彼等も一つの生物である以上生活条件の備らぬ所に繁殖は不可能だ。滾々流れてやまない水にはポーフラはわかない。ボーフラの天地は沈滞した水溜を条件とする。南風を得んと欲せば北窓を開けろで、細菌の侵入を防ぐよりも、下水の掃除、換言すれぼ病毒の沈滞を排除するのが先決急務だ。

 之等病毒の沈滞を内因と云うので、外因なくして発病する所謂慢性と称する厄介ものは、総て自家中毒の変現出没である。自家中毒のない体質では、細菌は何等の権威がないとすれば、自家中毒即ち内因があらゆる病気の原凶であり、其他病因と目せらるゝものの大部分は、誘因に過ぎない結論となる。誘因に骨を折るのは無駄だ。根本の中毒を除去すれぼ枝葉末節の誘因は自ら治する。

三、自家中毒の分類

 吉益東洞翁曰く、万病は一毒に生ずと。然り自家中毒は万病の醸造元である。真に毒去れぼ、一切の病気は種切れだ。

 漢方は此自家中毒を三つに分類する。即ち食・水・血の三毒だ。世人の多くは之等三毒の一が単純に存在する者は稀で、二又は三の中毒が存在する場合が多く、種々なる病原を為して吾等自身を苦しめて居る。
 食毒(腸性自家中毒)
 消化管内に飲食物の残渣及種々の老廃物が蓄積して発する中毒(所謂宿便・黒便の停滞)、不明の病気の大半は之だ。
 血毒(血性自家中毒)
 婦人に月経障碍・産後の悪露停滞・男女共通のものでは遺伝・打撲・高熱持久のための熱性溶血等の非生理的(有害無益な廃物)血液が血管内及諸臓器組織に沈着する血塞(一番沈着し易い場所は生殖器・腸管・腸間膜淋巴腺等の血管内、肺・肝・脾・腎等の出血性硬変、脳・肺の血栓、心臓網膜症・狭心症・動静脈病・血管硬変等々)となって現われる。
 水毒(尿性自家中毒)
 腎臓の機能障碍に因る尿毒素の蓄積が種々の形によって諸病の原因となる。現代は水毒に因る病気が最も多数のようだ。「あなたは腎臓がお悪い」と云えば、すぐ変な顔をする。尿中に異常物を認めなければ、腎臓が悪くないと信じて居る。洋医の罪だ。
 水泡性結膜炎・同性角膜炎・虹彩炎・網膜炎等の眼疾、頭痛・頭重・耳鳴・難聴・眩暈・痙攣・不眠・神経衰弱・ヒステリー・知覚神経麻痺等の胸脊髄神経症状、咳嗽・呼吸困難・心悸亢進等の心肺症状、胃内停水・悪心嘔吐・水瀉性下痢等の胃腸障碍…数え挙ぐれは千態万状、其変化は実に極まりないが、要するに此三毒以外には出で能はぬ。

 之等自家中毒を除去することが根本的治療の主眼でなければならない。之等中毒の存在を認定するのは漢方の独壇上で、洋方は水血二毒の存在を知らない(浮腫を現はさぬ限りは)教科書に其名目すらない。従って適剤があろう筈はない。其変転究りなき水血二毒の出現症状に対しては、徒らに病名製造を事とするのみで、病根に向っては何等の認識も療法もない。就中血に至っては、内臓外科の美名に隠れて、軽き病を重く治療し、学術の進歩を喋々する。

 子宮筋腫・卵巣嚢腫膿・子宮位置異状、盲腸炎等を駆血剤に因って全治せしめる徳川時代の医学に対して、臨床上何程の進歩を洋医等は吾々に誇るか。厳格なる意味に於て外傷性外科以外に内臓外科なるものは存在し能はぬ。内服薬に拠りて治療の方法を知らぬ窮余の策が、執刀の仮面を覆って出現したもので、矢鱈に貴き人体を刀割するのが医学の進歩ではあるまい。喜劇はいつも悲劇に終る。

 水毒に於けるも亦然りで、顕微鏡に重心を置くから、検鏡・定性定量試験上血球・腎上皮細胞・円柱・蛋白質等を認めざれば、腎臓障碍を否定するから、前記水毒に基因する諸病を眼科・神経科・循環・呼吸・胃腸等の病名を附して分科的に持廻り、一病を治すに数医を要する厄介なことになり、費用と治療の結果は言明するまでもない。

 尿中に腎細胞を混ずるのは腎臓炎の急激な場合の徽候であって、緩慢に経過する腎臓障碍にありては異状物は発見されない。ぶっ倒れて初て気の付くのが落ちだ。論より証拠、水毒は腎臓機能を生理的に導けば全治するので、胃拡張も一種の水毒だから、いくら胃を洗滌しても拡張弛緩は治らない。水毒の除去、即ち腎臓障碍を同時に治療することを忘れて居るから、単なる胃拡張すら手を焼いて居るではないか。
 水瀉性下痢が利尿剤で治療するのも同一原理で、腎臓障碍を腸が代償して居るから停滞せる水毒を泌尿器より排除して腸の代償過重を解除するのだ。分科的に観ると腸の疾患を誤認して反って腸を苦しめる治療をする。

 個々の臓器が独立した働きをしては居るが、人間と云う綜合体の経営に向っての個々の分担で、決して不統一な別個の存在ではない。忘れてはいけない、人間から離れた耳・鼻・目はあり得ないことを。

四、食毒(腸性自家中毒)

 吉益東洞翁は、万病は一毒に生すると喝破せられた。一毒とは食毒・水毒・血毒の三つの自家中毒を総称するものであることを前に述べた関係上、余は三毒に就て稍々具体的に語る必要を感ずる。

 生を養うものは穀・肉・菜・果であり、病を攻めるものは毒薬の任務である。穀肉菜果は即ち飲食物で、直接吾人の生命保持の根本栄養原料である。其原料は勿論、胃を通過して腸に於て幾多の消化液を亨けて乳糜と化し、淋巴系から静脈を経て肝臓に至って肝糖と変化し、吾人の栄養倉庫に貯蔵せられ、必要に応じて使用される。

 内部諸器官の不断の活動は、此栄養の供給と其分配工作に一貫して居る。一朝其工作を断たれたならば、吾人の生命は一大危険に瀕する。断たれないまでも、工作に円滑を欠いたならば、少くも人としての完全なる動作を遮断される。其状態を疾病と称して、毒薬の攻撃が要求されるのである。

 血液が密閉管内を循環するが如く、内臓諸器官は直接外界と交渉を持たぬ。唯消化系と排泄器官とは体外に向って開口するのみだ。故に吾人は消化と排泄とが生活の全部であって、他の工作は之に付随する所の補助過呈と云っても差支ないであろう。

 吾人の摂取する所の食物の量は、甚だ尠くない。習慣的に摂取する三度の食事以外に少なからぬ間食が消化管内に送り込まれる。人々は決して各自が必要とする栄養の限度以上は摂取していないと断言し得ないであろう。医師は病の如何を問わず、十人が九人迄、胃腸障碍に犯されて居ない患者はないと断定して居る程、必要以上の食物を摂取しつゝあることが証拠立てられて居る。

 必要以上の食物摂取の結果がどうあるであろうか、単に胃と腸とが其過重に苦しむのみでなく、澱粉質や糖分の過剰摂取は過重なる負担を肝臓に与えて其機能を沈滞せしめ、延いては肝臓を充血肥大に導く。

 吾人が疲労感に悩むときは、澱粉質の過剰摂取ではないかと、静に自己平素の摂取物の検討をして見る必要があろう。蛋白質の過剰摂取は分解産物である尿素と尿酸の過剰となり、排泄器官たる腎臓の疾患を招致する。結核患者が誤れる蛋白質の偏重から、高熱の持続に悩むのは、不必要な蛋白質は熱に変化することを算盤にいれていないからである。脂肪の過剰も同様の危害を招く。悪太りして居る健康さうな人達がコロリと危い最後の自家爆死を遂げたことは、屡々見聞するところである。

 分解された又は溶解された内容物は、小腸壁から吸収されて、名分工場に収容されるが、固形物(消化されない栄養物の残渣)は盲腸を通過して大腸内に流れ込む。大腸を持たない鳥類は比較的長生するのは、小腸から直に残漬物を排泄して、不用物を体内に貯蔵しないから、夫れより生ずる種々な毒素が生活機能を脅さないからである。

 地上の動物は複雑なる生活を営む程、排泄作用の機会から遠ざかる。彼等は外敵に対し、業務に対し、社交に対し、相当時間排泄物を体内に貯蔵すべく余儀なくされる。大腸は之等の排泄物を貯蔵すべき塵溜である。生理的に見て塵溜以外に何等特筆すべき工作を為さない。寧ろ之あるがために吾等は尠からず生命の税金を支払わされて居る。或長寿論者は大腸を除くのが長寿の秘訣だとまで極論して居る。

 左様に大腸の存存するがために、吾等は長時間仕事に携わることが出来ると同時に、此塵溜に停滞せる残渣物から発生する毒素と、完全に排泄されずに残留する宿便に因る腸管の変形とのために人類が夥しき犠牲を払いつゝあるのである。其証拠は日本全国に於ける死亡原因別を見れぼ一目瞭然で、腸に原由する死亡は死亡率の最高位を示して居る。

 一粒許りの塵溜は胃の下部と、横行結腸と、下行結腸との屈折部と、S字状部とに最も多くの障碍を起して、百病の源をなすのである。必要以上の食物摂取は当然の帰結として残渣物を多量に生産する。多量の残渣物を貯蔵するには、之に応じて塵溜の容積も拡大して収容せねばならぬ。大腸は容積を拡大すべき生理作用を持って居るから、飽くなき過食は全能力を挙げて大腸を伸展膨大せしめる。

 併し乍ら腹腔には自ら一定眼度があって、無制限に大腸のみに其場所を提供し得ないから、腸壁にはみ出す部分を生じ或は大腸が大腸の中へめり込み、いやが上にも屈曲念転し、過長結腸・巨大結腸を形戒して、宿便或は黒便の停滞が一層高度となり、同化排泄等の重要機能は其力を滅殺される。

 糞便が一昼夜腸管内に停滞すると、二十四兆の黴菌が繁殖する。不健康体の腸内容物の一匁の中には百億以上の黴菌が棲息して居る。之等の細菌の発生する排泄物(細菌毒素)は腸壁の毛細管に吸収されて全身を循環する。其結果は循環障碍、脳症状、消化不良、排泄障碍、筋運動障碍等宛も原因不明であるかの如き身体異状感覚となって現われ、栄養は傷害されて早老的廃者となる。腸性自家中毒は之等の現象を総括した名称であって、我漢方では食毒と名付ける。

 張仲景師の處方を見ると、必要に応じて大黄又は芒硝剤を以て之等自家中毒に対抗して居る。便秘に対し、又は之に原因する熱発に対しては大黄を以て掃蕩し、宿便或は黒便にして頑強に腸壁に固着せるものに対しては芒硝の力を借りて之を駆逐する。古人が如何に腸性自家中毒に留意せるかは、残された處方を静観するときに首肯されるであろう。

 而して養生の道として、幾多方術の土が不老長生の法を講じたが、結局は消化系に過重な負担を与えないと云う他に何等の帰着点がなかったのではないか。塵溜を不必要として除去する能はざる限り、之が縮少を計画する種々の業が企てられて、遠くは役の行者、近くは玄米食、減食、絶食等々人類は甚しく自己の大腸に苦しめられて居る。

 千金方に曰く「紫円療せざる所なし」と。吉益東洞翁臼く「紫円と黄散は百病に向ふ利器なり」と。紫円は峻下剤で、大黄を緩慢なりとする場合の応急主薬である。黄散は大黄に駆血薬を配した緩慢なる下剤で、東洞翁が兼用薬として用いられた幾多の丸剤の内で最も多く使用された散薬である。両者とも緩急の差こそあれ、整腸及腸内容物の病変に処する唯一の利器たるを失わぬ。

 前にも述べた如く諸疾患は必ず胃腸障碍を伴って居るから、大黄剤は有らゆる病気に考慮さるべき必須の要素と云って差支ない。東洞翁があまり度々下剤を用いるのを非難される人達もあるが、東洞翁程の名医が病症に無関心に下剤を慣用されたとも思われない。下剤の行くべき症状…自家中毒の所有者が、今も昔も甚だ多かったことを証拠立てるものではあるまいか。親しく診察の出来ない遠隔の病者には黄散が多分に役立ちしことは、病気の根元を腸性自家中毒即ち飲食の不摂生に置かれた深遠の注意を推察することが出来るであろう。

 余は恒に考えて居る、夫れは大黄剤を巧者に使うか使わぬかによって、名医か否かを評価するに足ると。
 病を攻むるに毒薬を以てする。養生の道と疾病に対する措置とを混同してはならない。養生の道には自ら策があろうが、一度疾病に罹ったときは、薬物に依って病毒を蕩盡すべきである。病気に犯されないのは平素の心掛けで、養生の道は最も賢明の策であるとはいえ、万一病気に掛ったなら徹底的に治療法を講ずべきである。空腹の時に道徳を説いても全効を得難い。「矢張り泣く児に乳、病者には医薬」であらねば納らぬ。

 死生は天の命ずる所で、疾病は医師の責任である。治病は須らく腸性自家中毒を排除すべく、医師の考慮に於て臨床に遺憾なきを期すべきである(以下中略)。

 「万策尽きたらば大承気湯を試みよ」と古人の云ったのは、消化管に停滞する病毒の如何に療病の障碍をなして居るかを教えたものである。

 東洞翁の手に依って甚だ乱暴に紫円が取扱われて居るかのように見えたのは、腸内容物を一掃し、而して後に本当の病気の姿を発現せしむる用意か若は細胞活力の減弱せる病者は排泄障碍に陥り易い傾向あるに鑑み、病毒の欝滞を掃蕩して新陳代謝工作を便ならしむるか、其何れかの早き道を選んだのであろう。

 腸内容物の停滞は吾人の寿命を縮めて行く他何の役にも立たない。之を除くことが健康への道の第一歩である。理想としては食物を必要以上摂取せぬことだが、其量は人々の体質によって定まる問題で、身体検査と其道の専門家の門を叩くが良かろう。

 非常時に対するには第一着に腸内容物の掃蕩を考慮するのが先決問題であろう。熱性下痢、熱性伝染病、盲陽炎、腹膜炎等に対して下剤を禁忌する療法は吾人の採らさる所である。生を養うには穀肉菜を以てし、病を攻むるは毒薬の関する所で、病毒欝滞の為に新陳代謝機能は沈哀して居るのであるから、之を平常に復せしむるには欝滞を掃蕩することが先決問題であろう。病毒の欝滞を其儘放任して置いて、何の新陳代謝機能の興振ぞやである。

 薬は総て毒薬であって、体の養生にはならぬ。薬を飯の代用とする患者ありとすれば、試験管内の実験過程が其億人体に適用されるものと信ずるかも知れない。病気を治するのは薬のせいではない、病毒を除いて細胞の自然良能を本然の姿に恢復せしむるに役立つのみである。況んや栄養を目的として服薬するが如きは、霞を食って飛龍に乗ずるの亜流である。

 健康を欲するならば、体に悪い、自己の自然良能を妨げる一切の事柄から遠ざかることだ。殊に一日幾回も細菌と接触する機会のある飲食物と消化管内の停滞とを厳重に看視することである。

五、水毒(腎臓性自家中毒)

 実験漢方医学叢書薬物編に主として古方家の常用する薬物百三十一種を選まれて主効に依りて十六の部門に類別されて居る。
 利尿剤二十六、駆水剤十三、発汗剤六、解熱剤六、振興剤三、緩解剤九、収斂剤七、止血剤十、下剤五、治悸剤四、消炎剤十、鎮咳去痰剤七、駆血剤十一、殺蟲殺菌剤五、強壮剤八、催吐剤一である。

 以上の内利尿剤と駆水剤は文字通りの水毒除去剤で一目瞭然であるが、発汗剤は腎臓機能の障碍、又は水毒停滞位置の関係で皮下毛細管に拠るを便利とする場合に、発汗剤の援助で代謝不要液体を汗腺を通じて駆逐するためであるから、駆水剤の別名を附するも敢て不合理ではない。

 解熱剤は駆水薬ではないが、石膏の如く利尿作用を亢進して解熱する場合もあり、発汗して解熱する場合もある。例えは柴胡の如き緩解剤が発汗して病毒を駆逐することが往々ある如く、体内に於ける薬物の合目的々選択機能は、厳格な名称で区別の出来ない作用を表わすことがある。発熱炎症等の多くは口渇を伴うものであるから、体液の欠乏に悩んで居る組織間の旺盛な燃焼機転が強く水を要求しつゝある。換言すれば水を得或は薬物の援助を得て、不要産物を組織間から排除せんとする活動が発熱であり又は局所の炎症であるから、間接の水毒と去って差支えはない。況んや之等の病毒が遁走せんとするに際し排尿若は発汗の過程を選ぶは、水毒が重要な病的原因であることを証明する。

 緩解剤は急迫、痙攣、結実、苦満を緩解するに役立つ薬で、急迫は攣急結実苦満するが故に急迫するので、甘草を以て主薬とする。併し乍ら攣急、結実等には他に原因が存するので、甘草単味の根治する所ではない。筋肉関節の疼痛又は痙攣、直腹筋の拘攣或は肩背腰筋の強急等は水毒に原因することが極めて多いから、水毒の部類に換算しても大差はない。

 振興剤の附子、乾姜は新陳代謝産物の異状停滞に対する主薬であり、人参は液体の停滞に因る胃の衰弱を治する薬物である。体内の不要産物が排泄される状態は、固形物が大腸に依るのみで、他の総べては液体として排泄されるのが原則であるから、振興剤も矢張り駆水剤と看傲すことが可能である。

 鎮咳去痰剤を駆水剤に総括しても必ずしも無理ではない。何となれば喘嗽、喀痰は水毒の変態であるからである。

 心悸、心下悸は専ら癇と飲とに属すと云うから、心臓及腹部動脈の搏動亢進は水毒を主とする。飲は水毒である。癇は直接水毒としての証を発見されず、水血二毒の合併することもあるが、癇には多く心下悸が伴って居るから水毒とも言える。苓桂朮甘湯條に曰く「水在心、心下堅築」又曰く「水在腎、心下悸」と。明かに水毒の衝動で、治悸剤も駆水剤の仲間入りの資格はある。

 便通と排尿とは互恵関係に在る。其証拠には利尿剤で効果がない場合に、強い下剤を用いて初めて奏効することで解る。第二、第三腰椎神経から起始する骨盤部交感神経は、大腸、膀胱、内部生殖器に運動繊維を与えて居るから、大腸と膀胱とは共通の刺戟下に置かれて居る。

 之等を概観するとき、百三十一種の薬物の三分の二若は夫れ以上は駆水剤に非ざるなしである。如何に漢方に駆水剤の多きことよ! 夫れだけ吾々の病気は水毒に原因することの多きを語るもので、仲景師の方の二百二十許りの中で、水毒に対する處方は十分の七八の多きを占める。
 過去現在に於て如何に夥しき犠牲が水毒の為に払われつゝあるかは、吾人の慎重に考慮すべき問題である。

 以上は薬物そのものの個性に就ての観察であるが、漢方の處方には一味単用は稀で、総て君臣佐使の配合法に依って、主薬と補佐薬とが巧妙に参差し、現症と拠って来る原因とを一挙に治療する根本方が用いられて居る。故に雑出する症状を目的に投薬するのでなく、綜合せる−斯くあらねばならぬ−不動の証に随って處方するのであるから、到底一味の良く完うする所ではない。

 数種の配合薬は相互の特能を発揮して、自然良能作用の命ずる所に従って、細胞活力の補佐となる。だからブローム剤に苦丁を配するが如き寄合世帯ではなく、下剤が健胃剤となり、発汗剤が磐胃剤と変化する超科学的現象を呈する。

 之等の個々の薬方が如何ように組立てられて居るかを一々実証することは困難であるが、仲景師の方二百二十一方(皇漢医学)を静覿するとき、人体構成の六割以上が液体であって、貴重なる生存の要素であるだけ液体の消長は人体に影響することの偉大なるを知るのである。

 處方の中で甘草が一等多角的で百十四方に出入して居るのは、病気の急迫即ち病苦を緩解するに必要な用意からであろう。胃痙攣を甘草単味で緩解し得るのは急迫を緩うする結果で、「肝苦急、急食甘以緩之」を地で行ったものだ。

 最高の甘草に次ぐものは、生姜七十方、桂枝六十四方、大棗六十二方、芍薬四十六方。半夏三十七方、乾姜三十二方、大黄、人参各三十四方、附子三十三方、茯苓三十一方、朮二十二方、麻黄二十一方等で、収斂剤の芍薬を除いた他の総てが駆水剤ではないか。主剤ではない迄も駆水の作用を併有し、新陳代謝機能の停滞に因る病毒の抜去たらざるはない。殆ど今處方の七、八割は駆水方であるが、就中前記の薬剤が最も頻繁に吾人の視線に触れる。

 生姜は水毒の上逆に因る咳嗽、吃逆、悪心、嘔吐を利尿に導く。桂枝と麻黄とは皮下組織の水毒を発汗又は利尿で除去する。大棗は水毒の神経刺戟に因る腹筋の攣急又は之に因る咳嗽、身痛、脇痛、腹中疼痛を緩和する。乾姜と附子とは水毒停滞の位置に上下の差こそあれ、新陳代謝の極度に沈衰せるを救う主効を持ち、半夏は溜飲の結果たる悪心、嘔吐を主治し、之による心痛、眩暈、逆満等を兼治する。大黄は下剤ではあるが、前にも述べた如く、利尿と不可分の関係に存るから、配合剤の如何によっては、水血二毒を去る能力がある。利尿剤を受付けない悪性の尿閉症などに桃核承気湯、大黄牡丹皮湯、大承気湯、大黄甘遂湯等が専ら効を奏することを見ても、水毒駆逐の裏面の剤であることが肯定される。

 人参は心下痞硬を治する専薬で、誤って栄養強壮剤であるかのように宣伝された為に、現代でも夫れを妄信して居る人達があり、馬鹿らしく高価に売付けられて、役にも立ぬものを大切に仕舞込んで居る向もある。後世派の親玉の孫思貌でさえ「人参がなけれぼ茯苓を以て之に代えよ」と云って居る。茯苓は利尿剤ではないか。孫氏の説は誤りかも知れぬが、人参が良く利尿の効を奏することを知って居るからだ。心下痞鞭は胃の衰弱に伴う新陳代謝機能の減衰の結果であり、換言すれば交換神経群の緊張の産物たる腹筋の異状である。東洞翁曰く「人参、黄連、茯苓の三昧は其効大同小異である。人参は心下痞鞭して悸するを治し、茯苓は肉潤して悸するを治す」と。三者共心悸或は心下悸がある。悸は水飲の所作でありとすれば、人参を駆水剤とするに異論はなかりそうだ。

 茯苓と朮とは利尿剤の双壁で、尿の顔数或は減少と胃内停水とを目的として主用される薬物であるから、駆水剤として議論の余地はない。前記の甘草と芍薬を除いた十一種は何れも立派な利尿剤である。而して之等が仲景方二百有余の最大多数を占むる所を考えると、如何に人類の疾病の多くが水毒に基因するかを想像するに難くない。然らば次に起る問題は水毒とは何ぞやという帰着点であろう。

 吾人の体重の約六割五分は水から成立って居る重さである。其水は、水腫病者の夫れの如く組織間隙に遊離状態に存在して居るのではなく、細胞の原形質に結合されて居るのであるから、人間の組織の半分以上は水であると言える。血液の五分二、脳髄の三分の二、各種分泌物の十分の八以上は水分である。吾人は即ち其水であり、体液に依って生存して居るものであると考えて差支ない。

 殊に生存の必須条件である食物の主成分たる澱粉質、蛋白質は水を得て初て分解されるものである。口腔内に於て唾液と混じった澱粉質は糖分と化して胃を通過し、小腸内で消化の過程を経て、肝臓に行って肝糖となって貯蔵され、更に葡萄糖と変化し、酸素と化合して組織内で燃焼し熱エネルギーとなり、吾人の活動の根元をなすのである。其分解は水の作用である。蛋白も水を得て尿素バルミチン、葡萄糖、炭酸、硫黄等と分解作用で栄養と不要産物との代謝が行われる。

 人間が食物を断っても一過問二週間乃至七、八十日も生存し得た記録はあるが、水の供給を遮断されたならば五、六日以上は生られない程水は生存の鍵である。十六時間乃至十八時間毎に行われれる細胞の分裂作用は水の力を得て初て可能である。此の作用は生への力強き行進であって、若此作用が停止すれば細胞は枯死せねぼならぬ。細胞の死滅は人生の終局であると共に、分裂に依る不要産物の蓄積も老衰に導く冷い悪魔の手である。

 熱発、口渇等の体液の欠乏は新陳代謝機能を困難ならしむる点に於て、不要体液の停滞と因果関係に在る一種の水毒と見傲すことが妥当あろう。新陳代謝を順調ならしむるものも水であり、依って生ずる有害産物を除去するのも体液の任務である。吾人は液体の取捨が平常であるや否やを注意することが保健治病の最大眼目であらねぼならぬと信ずる。 

 新陳代謝産物は所謂疲労毒素で、血管の硬化、心臓の衰弱を招き、吾人を死に導く深い谷であるが、血液は良く之等の毒素を吸収して排泄器官に輸送する。併し夫れは極めて順調に新陳代謝が行われて居る場合に於てであって、何かの拍子で代謝に異状を生じた場合は、血液は其負担に耐え兼て疾病なる現象を呈する。排泄器官は皮膚、肺臓、腎臓、大腸であるが、大腸は固形体が主で僅な液体を排出するのみだから、前三者が液体排泄の主官で、就中腎臓が其王坐である。

 普通健康体では肺六〇〇瓦、皮膚五〇〇瓦、尿一三〇〇瓦、糞便一〇〇瓦の割合に水毒を排泄する。合計二五〇〇瓦の液体は汗となり或は蒸気となり或は尿となって日々吾人の体から消失する。失われた液体の量だけ液体を含有する飲食物に依って是非補給せねば生存は続けられない。

 併し乍ら二五〇〇瓦の水が一日に入用だからと云って、体質の如何を顧ず、矢鱈に水を飲む訳にはいかない。吾人の組織間隙には二五〇〇瓦の貯水池があるとはいえ、二五〇〇瓦の不用液体が完全に排泄されず空間を満して居たならば新しい二五〇〇瓦の行所がない。先不要なものを十分排泄することが先決問題であろう。実際吾人は新しい水の欠乏に悩むよりも、古い水の捌け口に苦むことの方が屡々遭遇する故障である。

 水の滲透壓、表面張力等の問題は、夫れ等が割込める場所を予想しての計算で、算盤を誤ると浮腫、喘鳴、咳嗽等の御景物が生れて来る。皮膚の排泄が妨げられると肺が代償せねばならぬ。肺は液体を気体として排泄するから、肺の過重な負担は喘鳴、咳嗽、呼吸困難などに苦められる。喘息、肺炎等の症状が即ち夫れだ。皮膚と肺の不完全な機能の遂行は腎臓炎を併発する。麻疹百日咳の下手な治療が腎臓炎を起して危篤な症状を現すのは其為である。胃弛緩拡張が腎臓障害に原因することは漢方医家のみ知る所であって、胃洗滌或は胃内容物の分析のみでは之等の疾病の治療は落第であろう。

 帰する所は発汗と利尿とが之等不用代謝産物の唯一の排泄路である。皮膚は皮下組織の毛細血管に依って直に汗となって放出されるが、腎臓は深在器官であるだけ、水毒が尿となって排泄されるまでには複雑な工程を経なければならぬ。腎臓を通過する静脈から腎臓が受取るものに蛋白質の分解産物である尿素と尿酸、分解の過程を経ない水と塩、大腸に残溜する糞便から発生する毒素等がある。尿酸以外のものは腎臓も左程の骨を折らないが、尿酸の溶解は腎臓の最大努力を要する所で、尿酸の生産量を完全に排泄するには余程の困難が伴う。従って腎臓病の根元となる場合が甚だ多い。残された微量の尿酸が幾度も全身を循環する所に所謂尿毒症の暗示を蔵するので、生存の脅威は実に腎臓の活動に存すると云うべきであろう。

 古い病理では命門は生命の府などと云って、腎臓を目して心臓以上に重大な意義を附して精力の根原となして居た。生理解剖学的に腎臓を説明しないから稍々もすると荒唐無稽と一概に排斥されるが、結果は同一意義の元に大切な生存の役割をなしつゝあるではないか。一番怖るべきは腎臓の障碍であって、腎臓機能が完全に遂行されないために有らゆる慢性病を醸造しつゝある。

 心臓障碍の発見は困難な科目ではないが、雑音が聴診される前に疲労した腎臓のあえぎを聞分けるのは左程簡単には参らぬ。糖、蛋白質或は血液中の食塩が適量であるからと軽卒に安心してはならぬ。日常排泄される尿の有様は各人が一番善く分る事柄であるから、其異状は常に注意する必要があろう。夜中の排尿は不自然であるから、二回も三回も夜中尿意を催すものは検尿を待つ迄もなく腎臓障碍と断ずるが良い。

 不要老廃物が万病の基でありとすれば、之を排泄する主要器官が腎臓であるから、腎臓を健全にすることが排泄を完全にする要道であろう。腎臓のみが排泄器の総てではないが、他の排泄路が妨られる場合は、腎臓で最後の解決を付けねぼならぬ位置にあるのと副腎の作用は吾人の活動に最も必要なる内分泌液を絶えず血液中に送って居るからである。 

 漢方で云う水毒とは、以上の如く新陳代謝産物の不用液体を総称するもので、代謝物が組織に停滞するときは毒素の循環刺戟に因って、細胞の活力を弱め代謝機能が不活発となって、種々の病気の原因をなすものであるから不用産物の除去に数千年来最大多数の處方が考究されて居るのである。何處に水毒が最も多く停滞するかは人々の体質、生活、習慣、嗜好等で一定しないが、存在の場所と状態とに依って夫々駆水剤と處方とが変化して来る。

 組織間隙に潜在するのは軽症では容易に分らぬが、胃腸に停滞せるは何人でも知り得らるる。而して其半分以上は胃腸に停滞して居るから、多くの人達は胃病となして健胃剤を以て此水毒に対抗せんとして居る。慢性胃腸が容易に全治し難いのは本末を顛倒して居る為である。

 水毒の停滞は自家中毒の原因であり、自家中毒は万病を薀醸する培養基となる。自家中毒のない体に有らゆる伝染病は繁殖し得ぬ。夫れは彼等の生活条件が備らぬからである。正確の意味に於て自家中毒の除去が伝染病の唯一の予防であろう。尾台榕堂氏が伝染病の流行期には予め紫円の五分か一銭も飲用して峻瀉数行、翌日は御粥を食べて腹中を調へて置くならぼ伝染病に罹る憂はないと、自家の体験を述べて居らるゝが、実に味うべき言葉である。

 求眞曰く、遠藤誠氏の高邁なる識見と紙背に徹する活眼とは、表現の自存、筆致の巧妙と相侯って、近来稀に見る大医論で余の感嘆措く能はざる所である。之こそ現代医界に対する重爆機であり、氏こそ皇漢医学の騎士である。余嚢に皇漢医学三巻を著して漢方の真意を世に問い、古方派の態度を宣揚したのも之が為である。今医界之爆弾を発表するに当り、此重爆機を翔って先づ一般の覚醒を呼起さんとするものなり。
 食水血三毒の所在を確認することは、古今に通じ東西に亘り治病の大原則、不易の鉄案である。漢方は此真理に立脚し、一定不変なる症候群たる証を掴んで方を立て、汗吐下和の諸剤は皆悉く数千年来人体試験を経て選練されたる一大体係である。之を臨床上に活用するに非んば困難なる治病の問題は永久に解決されない。茲に此漢方の鉄則を文字通り着実に実践せんとする真摯なる漢医家の最も遺憾に堪えざるは半可通にして事大主義なる病者により往々湯薬を嫌厭排斥され、徹底治療の実行困難に陥ることである。之良薬口に苦いことを百も承知二百も合点であり乍ら、甘く飲み易い薬を欲する患者を甘く見て、甘い薬で巧に手馴して来た医家の罪も左ること乍ら、一に惰弱なる患者心理の余弊である。故に余は左の二項を強調する。

一、漢医家に対して 吉益東洞翁に依り否定抹殺されんとした陰陽虚実と薬味の寒熱に対する誤謬を訂正し、証を掴むことに精進し臨床上遺憾なきを期すべきこと。

二、病家に対して 目には目、鼻には鼻、耳には耳という近視眼的局所療法に偏椅せる西洋医学思想から速に脱却して深く食水血三毒の内在的病原に徹底して夫れの清掃に心掛け、体質の改善を第一義とし、以て諸病の禍根を断つべきである。治病の根本方途の此處にあることを知らずし徒に対機対症療法に低迷せる温補益気主義と低調なる理論主義とに堕し、一面却って内蔵外科の美名の元に無謀なる手術の犠牲となり惨憺たる境遇に沈淪せる宿命観から蝉脱せなければならん。

 血禍の掃蕩を学ばざるの非は婦人科領域に於て最も悲惨なる結果を見、其他盲陽炎の如き漢方的治療に於て軽症なるにも拘はらず、重く手術して根本的に治療し得たりと誤信するが如きは、遠藤氏の通り児戯に類するものである。治病に当り確固たる信念を懐かしむべく患者心理の是正こそ焦眉の急務である。 本論に深き因果関係を有する鮎川静氏の「産婦人科領域より見たる皇漢医方」、及「治療界に於ける所謂根本治療の誤解」及「西洋医学の魅力」の三論説を次に紹介する


   


(6) 産婦人科領域より見たる皇漢医方(鮎川 静氏 論述)

 西洋医学の産婦人科に於て、総論と各論とがあるように、皇漢医学にしても総論的、各論的の見解が必要であろう。
 夫れで総論より説き起し可及的詳細に系統的に説述して見たいと思うのであるが、皇漢医学の西洋医学との相違する根本義と学理及び実地上に於ける私の浅学非オとは、十分なる解説の出来能はないことを遺憾とする。又私の今発表する皇漢医方に於ける産婦人科的解説は、勿論私の力量範囲内のもので、皇漢医学の真価はモット、モット偉大なもので、このことは私自身が日一日自ら顧て進歩の跡有りと痛切に感ずるところあるを思うでも明である。

 偖て私は何故に西洋医学の産婦人科専門を捨てて皇漢医学に転向したか、之は今から説かんとする総論と各論とを通讀して戴ければ自ら明になるのであるが、最も其重なる発奮は、婦人科に於て相当重要なる位置にある子宮後屈症が皇漢医方の一分料である灸治療法に由って易々と治療するという事実の発見であった。私は此事実によって、今日進歩したる確実なる医学は西洋医学のみではなく、翻て幾千年実験の堆積である東洋医学・皇漢医学の再検討にあることを痛感した。 而も或場合、行詰まりを感じさせられた治療の実績に於て、一見茫漠として掴みどころ無きかの如き感を懐かしむる皇漢医方は、理路整然たるが如き分析と総合の医学、西洋医学的治療の到達し能はざる遥彼岸に於て驚異に値する実績を與へて呉れた。

一、総論

 婦人科学会の権威安藤氏は其緒論に於て「一度専門的に分科縮小されたる婦人科学は今や反対に旧態に向って其研究範囲を拡大せられつゝあるなり……」と。誠に達見であるが、悲しいかな、之は安藤氏の理想であって、婦人科学会の現状では、猶盆々事実に於て分科縮小せられつゝあるようである。分科縮小も亦結構である。然し眼界を廣くすることは尚必要である。例えば妊娠の診断法の如き或は尿の分析、胎盤の分析、血液所見又妙であろう。然し皇漢医方に於ては妊娠を知り得る脈診法もある。妊娠であるからと云って下腹臓器にのみ関心するのでは眼界が狭い。私自身最近の実例にしても次のようなのがある。

 妊娠五箇月のとき誤って蒲囲の積重ねた上に転んで胎動を感じなくなったので、早速近くの公立病院婦人料に受診、胎児既に死亡し危険なる故可成急ぎ入院の上人工分娩の要ありとのことにて準備中、丁度其母親の病気にて往診、念の為診て呉とのこと、成程胎動無く、胎児心音不明瞭なるも母体の所見に於て急ぎ人工娩出の必要を認めず、入院を断念、経過を観察せしめしに、一週間、二週間も無事経過、遂に胎動を感じ胎児心音又明瞭となり正規分娩を遂げ、今に母児共に非常に健康である。

之も専門的分科の恐るべき弊害である。妊娠なるが故に下腹部にのみ着眼するからである。母親には何等の障害も現れて居ないのである。即ち此婦人科に於て今一応内科に母体の内科的診療を乞はしむる必要があったのである。

 次に妊娠婦人に来る悪阻なる疾患がある。之も今日の産科学では、原因の明瞭なる解決はないようであるが、此疾病も婦人の妊娠という生理的状態に囚われ過ぎるが故に、解決がむつかしいのではないか。胎盤性のものではなかろうかといってみたからとて、悪阻症状の皆無な澤山の妊娠の解決が着かなくなる。だから是を以て妊娠して悪阻を発した患者にのみ囚われるから、其因由が解らないのであるまいか。重症悪阻或は軽症悪阻、又は悪阻を起こさない妊婦、皆之非妊娠時に既に悪阻の要約があるのでないか。(内在的にその体質を有しているとの意…神矢註)

 次に妊娠腎炎は如何。此場合に於ても、妊娠悪阻と同じようなことが考えられ得ると思う。私は西洋医学の産婦人科病院に於て、重症腎炎の故を以て早産術を施行せられたるも、其後引続き治療六ケ月の間一向軽快せずという腎炎患者を診療したことがあるが、非常に血と水毒との持主で、是に対する投薬に依り痛快に軽快した実例を有する。

 又妊娠毎に重症の腎炎を発するというので、是も前記の公立病院婦人科に於て、引続き三回流産術を受けたという患者を治療、三ケ月投薬、恐らくは此度の妊娠には人工流産の必要無からんと言ひ置きしに、果して次回は無事分娩し、而も爾後非常に健康だという実例もある。

 是を以て漢方には非妊娠時に診療して妊娠腎炎を未発に防ぎ得る診察法と治療法があることの證左となり且又妊娠という特種な状態又妊娠腎炎なるが故に妊娠時のみに限られたる診察の不可なることの證左となると思う。

 以上に依りて漢方治療の大體慨念は得られることと思う。従って皇漢医方の産婦人科領域に於ける総論的或は予防医学的解説は略々盡し得たと信ずる。

二、各論

 此頃に於ては、西洋医学の産婦人科に於ける西洋医学的病名を一々に列挙して解決を與へるのは本当であるけれども、夫れは一大體系を構成す著述の必要があるので、特種な二、三疾病に対する私の実験と夫れに対する私の考察を披歴したいと思う。又夫れでもって一応皇漢医方の産婦人科領域に於ける各論的、治療医学的価値は納得していただけると信ずる。

 一般に最も多い即ち婦人病といえば内膜炎という位に常識化された病名であり、下腹痛、腰痛、帯下等の症状で他に著しい変化のない場合婦人科医としては内膜炎なる病名を附すれば、自他共に怪しまれない程に普遍化された疾病である。

 第一例 子宮内膜炎
 主訴は肩凝、腰痛、下腹緊張及疼痛、月経困難。それに此患者が数十里を意とせず漢方医の私を訪ねた主原因は非常に多量な帯下が此婦人を悩まし遂には自殺をまで決意したというのである。
 初め或医学専門学絞附属医院の婦人科に数十日通院したが、軽快せず。遂に其大学病院婦人料に入院して、内膜炎手術を受け、四十日入院したが、軽快せざるのみか帯下は益々多きを加え、其後半ケ年懊々として日を過せりというのである。
 子宮内膜実質炎、膣部靡爛高度、漢方医学的所見として血の蓄積著しく水毒を併有す。到底掻把、洗滌等の姑息的療法にて治療すべくもあらず。證に由り小柴胡湯、桃核承気湯、桂枝茯苓丸合方加朮・苡仁を投じ二ケ月にして軽快、四ケ月にて全治した。患者は私を更生の恩人に奉って感謝した。

 第二例 子宮後屈症
 廿八歳の婦人、主訴は左背部より左腹部に詰込む如き疼痛にして、月経困難と不妊を苦とする。而も五人の婦人専門医を歴訪して治療を受けたるも治せず。而も其内二人は医学博土にして、診察は等しく子宮後屈症なるも、治療法は皆異なりしを以て患者は執れの医師に信頼すべきかに迷い、産婦人科専門にして主として投薬治療をなすという評判にて私を訪ねしものである。
 私としては診断多少の疑義あるも、五人の専門医が皆子宮後屈症の診断に一致せる故診断に相違はあるまいとし、之も證に応じ小柴朗湯、桃核承気湯、当帰芍柴散合方を投じ四ケ月にて全治した。
 然るに廃薬後四ケ月目、月経十日を遅れ多少気懸りなりとて来院す。愚診妊娠に相違なきを感知せしむ。其後二ケ月愈々妊娠なるを確め、遂に男児を無事分娩せり。
 科学に立脚して寸分の隙なき筈の西洋医学に於て、同じく子宮後屈の診断が一致し一々療法の異る所以は如何?西洋医学の諸君自ら胸に手を当てて熟思熟考せられたら恐らく解決されるであろう。私は茲に於て西洋医学の治療の不徹底を究明することよりも何故に斯く漢方の治療に光あるかを究明することが使命である。

 第三例 子宮内膜炎、卵巣喇叭管炎、兼骨盤腹膜炎
 或日内膜と盲腸が悪いというので約四十日某医の診療を受けをるも軽快せず、手術の要ありとのことに就き至急往診を頼むとの依頼を受く。
 之きて診するに體温三七度八分、舌苔白く被むり、脈沈遅、血の蓄積著し。食欲全くなしという。
 證に由り桃核承気湯、大黄牡丹皮湯、小柴胡湯加朮・苡仁投与、中一日を置いて往診すれば、患者は莞爾として食慾亢進し下腹其他非常に具合良しという。十日を経ずして殆んど自覚症なく家事に従事するを得たり。盲腸の手術と内膜炎の手術は不要になったというので非常に喜び煎薬の有難味を理解して呉れた。

 実験例は是位にして置いて、右三例に由り西洋医学的治療と皇漢医学的治療の根本的相違を考究して見度い。

 大體子宮内膜炎に対する内膜掻把術に如何なる根拠が有り得るか。内膜の炎症は決して外部から侵入したと想像される病的細菌の獨壇上ではないのである。内膜の分泌物に又内膜の一片に病菌の存在は證明されるかも知れない。併し彼等をして棲息せしむべき好培養基としての内膜或は内膜分泌物は西洋医の知らぬ而も漢医が認むる血蓄積である。
 此場合炎症を起せる内膜を掻把することと血の排泄を司る皇漢医方に由る治療といづれが徹底的なるかは、生きたるコレラ菌を飲んだ泰西医学者の実験に侯つまでもなく明らかではないか。

 又子宮後屈は内臓下垂の一分症であって子宮のみの後屈ではない。是を無理に内靭帯を吊上げるという西洋医学の手術療法よりも内臓弛緩下垂の由因たる血の排除がより徹底的且又合理的なるは多少なりとも物事の理解ある者には肯ける自明の理ではないか。

 卵巣喇叭管炎、盲陽炎又然りで、第二義的疾病に囚はれて治を計ることは不合理にして危険、寧ろ無智にして乱暴ではないか。右に述べた各疾病に対して現今の手術療法即ち切って除けることは常識化された大なる誤謬である。切って除けることと治癒せしめることとは根本的に相違がある。現今如何にスピードの時代とはいえ治療せしむべき方法があるに拘らず、早業であるの故を以て従来の健康を臺無しにしてまでも切らなければならない必要が何処にあろうか。又西洋医学の姑息的療法を以って一時を糊塗し病原たる血と水毒を放任することが進んだと称せられる今日の医学の使命であろうか。 躊躇して血と水毒を掃蕩することを無智の為に行はず、却って其無智に拍車を加え切除して仕舞うということは不埒千万である。
 吾々は皇漢医学万能を唱える者ではない。漢洋医学の比較研究を行いて各其長を採って短を去り、愈々堅実なる日本医学の完成を企図して止まないのである。 

 求眞曰く、
 鮎川氏の此論述は、一面に於て洋医の蒙を啓くと同時に他面に於て皇漢医学の優越せる所以を以例論破せられたもので、鬱結せる疑団の一時に解消せる気がする。婦人病者に外診はするが内診せざる吾人内科医を教ゆる所少くない。氏が云はるゝ如く、産婦人科専門医たりとも内科術に達せざれば良き産婦人科医となることは望薄である。否無謀である。豈只産婦人科のみならんや、眼科といえ、耳鼻咽喉科といえ、皮膚科といえ、泌尿科生殖器科といえ、手術を主とする外科といえども、内科を通じての専門であり、内科の規範を脱することは越権で其弊は計り知るべからざるものがある。
 故に古は内科を盟主に仰いだのである。然るに西洋医学に於ては此盟主たるべき内科は徹頭徴尾無能無為なるが為に寧ろ末派に過ぎざる各科と対等若は下風に甘んぜざるべからざる現代である。自己本来の領域迄も手術医に蚕食され、自らは診察一方、手術参観者の地位に下落して仕舞って手術の要なき病人を大根か人参でも療理するように切らして傍観しておる。吾人は此無能なる内科医を押除けて手術医の横暴から犠牲を救うべく純眞優秀なる本邦独特の新医学を建直さねぼならん。皇漢医学の騎士達は今此邦家百年の医道の為に撥乱反正の任に存るものだ。


   


(7) 医療界に於ける所謂根本治療の誤解(鮎川 静氏 論述)

 私は専ら切除手術、洗滌、散水薬投与、注射というありふれた産婦人科専門を清算して漢方的治療を行うようになってから、一般患者より次のような質問を受けることの不愉快から逃れることの出来ないのが嫌になった。

 曰く、
「先生薬を戴いただけで手術をしないでも手術したように根本的に治りますか?」、是は数人の初診者がありとすれば必ず其一人か二人か位、時によると全部の患者から聞かれる言葉である。

「手術療法でも漢方の薬を戴いたように根本的に治療が出来ましょうか?」というのであれば無理のない当たり前の質問であるが、夫れが逆なのであるから遣り切れない。解らない奴だなと内心に思うのであるが、此頃では又始まったな位の気持ちで扱って居る。

 此點私は或漢方の理解者が私に注意して下さった次の言葉を有難く服膺するのである。「布教は忍苦、忍辱、日の照らぬ日はあっても説法は休めては駄目だ」誠に左様である。新聞、雑誌の類までが医学の医の字も解らないで、今日の西洋医学否現今の日用医学を進んだ医学ででもあるように礼讃するし、吾々漢医方を知る者から見てこそ誠に悲惨な盲腸炎の手術、夫れが入院患者の殆んど八割を占めて居ると云はるゝ内臓外科の病院が大都会の真中に堂々と構えて居る時勢であるから、忍苦、忍辱、日の照らぬ日はあっても説法を休めたのでは、今日の誤った治療界の改革が出来そうにない。

 斯うした事情で、一方から考えると余りに莫迦らしい説述であるけれども、私は真実の意味に於て根本治療とは如何なることとを言うべきか、又今日熾りに入院手術を命じ根本的に御養生をと勧めて居る一般西洋医の御手並は如何なものであるかを検討して一般の誤解を解きたいと思ったのである。

 昨日のことである。廿七、八歳位の打沈んだ婦人患者が私の診察室を訪れて来た。受付用紙を見、其患者の態度を見つゝ私は「どんなにあるのですか?」と尋ねて見た。「頭やら腰、下腹が痛んで非常に手足が冷えます」との返事をしながら微苦笑するのである。其瞬間何やら私の脳裏に浮かぶものがあったので私はすかさず「貴女は始めて私の方に来られたのですか?」と訪ねた。すると「左様では御座屈ません」という。「左様では御座居いますまい」と私も実は思ったのである。重ねて「以前来られてからどの位になりますか?」と尋ねると、患者は堪え切れないのであるか、夫れとも初めから其覚悟で来たのか、次のような陳述をした。

 「私は後屈で大手術をしましたとき、お灸や薬で本当に癒さなければいけないとのことでしたが、面倒臭いから一層大手術をして根本的に癒すのが早道だといわれますので遂に手術を受けました」と一言って、次に私から皮肉の一刀を浴せられるのは覚悟の前ですと云ったような態度なのである。悪戯をした腕白でさえ、悪るかったとの自覚ある場合に頭を打てるものではないのに何うして今此人を責められようか。「大手術を受けて具合がよくなられましたか?」と聞くと、具合が良ければ来ぬ此人は、「一向変りません」との返事である。所謂勘定が合って銭が足らない西洋医の根本的治療の皮肉なる恩恵である。高額な手術料、入院費を支払って、気味の悪い手術台上の追憶以外此患者に何が残っただろうか。下腹部に縦に悲惨な痕跡と内臓の癒着のみではないか。内臓弛緩の原因である血が従前のままである限り一向に変りませんという結果に何の不思議はないのである。

 「一層早道に子宮も何も彼も大手術をして取除いて止舞ったら何うです徹底的に」と言い度いのが胸一杯であった。併し縁無き衆生は度し難いと昔の聖賢も言って居られる。忍苦だ、忍辱だ。私は「夫れは御気の毒でしたね。折角のお手術が効がなくては。併し私が此前に御話した通りで、癒らないのが本当でしょう。病気が癒したければ薬を飲んで戴くより他はありません。但し三日や十日の内服ではむつかしいから、服薬は二、三ケ月続けるだけの覚悟が要ります。十日や廿日位だったら飲んで戴かない方がよろしい。又貴女の為にも損だ」と言って帰した。

  此子宮後屈症に対して西洋医学ではアレキザンダー氏手術というものを行う。子宮後屈に於て子宮圓靭帯なるものが弛んで伸びて居ることは事実である。従って其圓靭帯を切断して短くした圓靭帯を縫い付けるのであるから、否でも応でも短くされた圓靭帯は為に一時的にもせよ、又後屈より来て居ると解釈されて居る頭痛、腰痛、下腹痛は去らないにもせよ、兎に角前屈の拉置に持ち来たされたことは事実である。然るとき物質文明の進んだ西洋に発達した医学から考えると実に徹底した根本的治療の如くである。現に切開して圓靱帯なるものを見出して人間の手で切断し短縮して縫合するのであるから考えようでは是以上の徹底さは望まれない訳である。

 併し悲しい哉物質文明の弊は精神を取逃がしたところに潜んで居る。圓靱帯は何故に伸びたか。曰く後に傾いた為に。子宮は何故に後に傾いたか。曰く内臓弛緩の為に。即ち胃腸が下垂して下腹臓器即ち子宮を抑へたが為に起ったのである。従って二次的、三次的に結果として伸びた円靭帯を短縮して「根本的に治療し得たり」として居る西洋医学の治療法は苦痛が去るが去るまいが、本当に癒らうと癒るまいと早道の好きな特種な人にのみ好適する治療法であって、日本魂を持った日本人には不向な、否行ってはならぬ手術である。

 先ず内臓下垂の原因を探求しなくてはならない。其原因の除去が即ち真の意味に於ける根本治療である。血と水毒の除去に依って胃腸の弛緩が復し、其為重圧を受けない子宮が本来の仕置に返ることは自明の理である。 然るに其原因は今更顕微鏡や]光線を持って来ないでも数千年の昔から人間の眼を以て鼻を以て耳を以て手を以てはた感を以て悟り得た所の血と水毒の他の何物でもない。

 然らば血は如何なる形をして居るか。水毒は如何なる形をして居るか一寸解り難い。故に精神(心眼)を無視せる物質文明を崇拝する輩には合鮎が行き兼ねる。併し漢医方を奉ずる吾々には決して其程解り難いものではない。漢方の通念の上に徴候は歴然たるものがあるのである。
 故に此血と水毒の排除を図れば真の意味に於ける子宮後屈の根本治療は間然する所無く解決するのである。手術をして一時糊塗したのと同日の論ではない。

 宛も発熱患者に解熱剤を投ずれば一時は下るが、又上る。下げてはいけない。下るようにしなければいけない。ご同様に圓靭帯を切って短くしたのではいけない。短くなるようにしなければいけない。是で以て略ぼ漢医方の根本治療法たる所以が了解されたと思う。

 産婦人科疾患のみではない。耳鼻科、外科、眼科其他総ての疾患皆然り。切って捨てることは片輪にすることである。決して根本的治療ではないのである。其辺の誤解が無いようになりたいものである。卵巣が腫れた切って捨てる。扁桃腺が腫れた。切って捨てる。誠に徹底した荒療治である。切ってやる医者も医者で度胸が好いが切らせる方も切らせる方で度胸が好い。

 斯うして次々に必要な臓器を切って捨てて将来はどうする気であろうか日に月に進んで止まない西洋医学であるから卵巣の腫れたものは切って捨てても新種の卵巣を造って入替える時代が来るかも知れない。併し当分の問は六ケ敷い。思い切って大事なものを切り捨てる式の根本治療は考えものである。コンマ以上で四捨五入する早算は結局誤算だ。卵巣は双方にあるから一つ位切ってしまっても大丈夫だ。現に卵巣の手術をした人でも妊娠するではないかとの論も成立する。然し双方にあるから一方の眼玉は不要だ。一方の眼でも視力は十分だから倹約して使うつもりで交替に方眼を塞いで歩いたら何うか。成程視えるには相違無いが暫らく続けて居ったら必ず頭の具合が悪くなって来て、何等かの障害が起こるに気付くであらう。片目潰れたら単に見た所體栽ばかりでなく必ず全身に無理が生ずる。

 勿論切って取らなければ絶対に治癒しないものであれば兎に角、治する方法があるとすれば早まって切除することは考えものである。私は我国民の将来の健康問題に考え及ぶ毎に此切捨御免式早業師の医学を一時も早く駆逐することの急務なるを切実に感じる。考えれば考える程恐ろしき外道であり脱気である。

 然らぼ西洋医学治療の総べては、そうしたこと許りかといえば決してそうではない。例えば黴毒に対する六〇六號の如きは正に西祥医学界に於て誇りとするに足る大発見であり、而も黴毒の原因たるスピロヘータ其物滅せしめ得る偉大なる効果ある根本的療法たるの名誉を失はない。只惜むらくはスピロヘータ其物でなくスピロヘータが分泌する毒素に其原因がん存する所に根本治療であり乍に黴毒を絶対に治癒せしめ得ず、時としては重症の黴毒患者に六〇六號の注射をして思わぬ結果を惹起すような悲惨事が起ることがある。従って治療薬としては不徹底の批評を免れないのであるが、斯の場合に於ても漢方の駆血剤を併用すれば治療として完きを得るのである。斯うした場合私は決して西洋薬なるが故に六〇六號を排斥しようとは思わない。結局の虞治療価値が十分で理由あるものは洋の東西を問はないのである。

 西洋医学者諸君は進んだと自任せらるゝ基礎医学的頭脳を働かして皇漢医学の治療上に於ける眞価を再吟味せらるべきであると思う。同時に一般の人々は西は洋文化の華々しい外観に酔うた頭脳を冷却して東洋文化の眞味を検討せらるゝことが保健上忽せに出来ないこととを力説して此稿を了る。

 求眞曰く、鮎川氏の本論文は前論述に次いで熱烈なる論策であって余の言はんとする庭處を論破し尽して余蘊盤なしである。氏の言はるゝ如く外傷、悪性腫瘤、腸閉塞等の、二、三、四、五を除く以外内臓に刀を加えることは吾人日本民族破滅の大暴挙に外ならざれぼ鼓を鳴らして之を排撃する。而して手術医をして斯かる暴挙を放てせしむるに至りしは畢竟内科医の無為無能与って大に責あるを以て、此内科医の惰眠を醒まして手術医の横暴を制するを急務とする。


   


(8) 西洋医学の魅力(鮎川 静氏 論述)

           −某医学博士に呈す−

 今日西洋医学を奉じている人々がオイソレと漢方に走り得ない理由なり或は事情には種々ある、到底筆紙には表し難い。併し其一部分をでも詮索し検討してみることは強ち徒爾ではないと思う。私は可なり頭を絞った挙句、表題の如く、「西洋医学の魅力」の容易ならざることを感じた。他ではない。即ち西洋医術に於ける特種療法、所謂病気に対する特効薬なるものを有して居ること而も其特効薬は其病気に対して絶対的のものであると信じられていることである。従って夫れが目下のところでは二、三種の病気に対してのみであっても、日進月歩して止むところなしと信じられているのであるから、将来に於ては有らゆる病気に対する特効薬が生まれるであろうことを夢想して、体裁の悪い、旧式な漢方を振り向かないのは無理もないことである。故に私はつい最近まで西洋医術を奉じてきた自分であるに拘らず、其遽の消息を詮索してみざるを得なくなったのである。

 夫れで他ではない、ヂフテリーに対するヂフテリア血清、梅毒に対する六〇六號、マラリアに対する鹽酸キニーネといった類である。勿論ヂフテリーに対してヂフテリア血清の有効なことは否定はしない。六〇六號も鹽酸キニーネも有効である。併し絶対的のものであろうか。ヂフテリア血清にしても注射後相當の時間即ち血清が其効を表すまでの時間、心臓の維持が出来得る程度でなければ駄目である。俗にいう「手遅れ」をしては効がない。勿論如何なる治療法も全くの手遅れで好い筈はないが、斯くの如き急性疾患では注射後二十四時間も経なければ奏効の確実さが分らないというのでは特効薬として心細き極みである。

 而も湯本求眞先生著皇漢医学中巻、桔梗白散條下には「余曰くヂフテリー性呼吸困難の如きは此通例なり。余は本病の血清効なく、将に窒息せんとする小児に本方を与へて速効を得たり」とある。今日古臭いといって多くの西洋医達に顧みられない漢方に時間を争う病気として一般に恐れられているヂフテリーに対し特効薬ヂフテリヤ血清で癒らぬ患者を治療せしめ得る治療法のあるということは不問に附すること能はざる重大問題であるが、私が詮索してみたいことは、夫れを逆に考えた場合に於ける西洋医学の所謂特効薬なるものに対して吾々が与へ得べき評価と懐くべき疑惑である。

 漢方の桔梗白散を以てして救ひ得らるゝ窒息を救い得られない血清が大きい意味の治療学上の特効薬といい得ようか。治療を窮極の目的とする今日の医学である以上(将来に望む予防医学の完成は別として)如何にヂフテリア血清が細菌学上の権威であっても、治療学上の権威ではあり得ないと思う。寧ろ窒息を免れしめ一命を取り止め得る桔梗白散は治療上の権成ではなかろうか。餘り揶揄的であるけれども、當世流行の語でいえば、ヂフテリーに対し桔梗白散は超特効薬であるかも知れない。

 次に黴毒に対する六〇六號であるが、之には私に面白い追憶がある。私は代々医を業とする家に生れ、祖父杏庵までは勿論漢方医で、所謂郷医などをしていた。父は今の長崎医大の前身である長崎医専の二回卒業、従って西洋医のキソポネというところで、昨年六月物故するまで西洋医として立ち、最後の二、三年は産婦人科専門から漢方に転向しようとする私とは可なりに親子で医学上の論争をした。飽くまで西洋医学を支持した父も、死の病床では山城先生御指図の漢方薬を服したが、時々我流の西洋薬を私にも秘密に服まれて困った。

 而も斯うした父に不思議なことが一つある。夫れが六〇六號に対する父の態度である。終始一貫六〇六號を使わなかった。常時六〇六號の有難味を感じていた私と或日、六〇六號も相当効果があるという私の主張に対して、「効果がないとはいわぬ。併し六〇六號が発見されてから何年になるか。六〇六號の眞の価値は此後数十年を経ってみなければ分からない。今六〇六號で癒ったと信じている患者が数十年後果して再発しないと断言出来るか」というのである。實に六ヶ敷い理屈をいう親爺だと思って其儘聞流していたが、其後も此注射で失明する患者が時々あることを聞き、又マラリア療法の必要があったり、種々な現実に遭遇するに方り、果ては山城先生に六〇六號による失明の理由を伺ったりするに方って、今更の如く六〇六號を黴毒に対する福音と思わせられていた光明へ悲哀を感せざるを得なくなった。

 斯うした方面へも恐らく漢方の超特効薬があるに相違ない。漢方は益々偉大である(求眞曰く、マラリア、黴毒、麻病に対する漢方的治療は理想的に徹底して居る。勿論病名本位の特効薬というべき賣名薬はないが、細菌性外因と自家中毒性内因とを相対的に考慮して行う殺菌排毒療法は治績そのものからすれば、鮎川氏の所謂特効薬療法に相冨するかも知れない。六〇六號も特効薬であるかも知れないが、只夫れだけに依存するのみで血水二毒の排泄作業が閑却されていては、折角の特効薬が却って毒害を及ぼすであろう。一體西洋医学は何でも病気は細菌獨力の作用に帰し、之さえ殲滅すれば我業成るという予想の元に近視眼的攻撃に専念して、細菌に策應する自家中毒という獅子身中の虫を殺さぬから、治療が全効を奏し難いのである。単純なる攻撃療法は一時病魔を鎮壓し得たるが如く見えても、病気を内攻せしめたる結果は.更に怖るべき続発症を招来することを覚悟せなくてはならぬ。洋方治療の姑息なる點はそこにある。余は之等の細菌性疾患に対する兼用方として一家の丸方を創製して使用して居るが著効がある。第三節第四項を参照されたい) 

 マラリアに対する鹽酸キニーネ、之も一通りの効果あることは呶々を要しない。而も和田啓十郎先生の医界之鐵椎に悪性のマラリアとそのキニーネ中毒の重症を桂技麻黄の或方剤を以って易治せしめられた実験がある。之又超特効薬たるの実を失はないと思う。和田先生は西洋医術の特効薬というものに、関節ロイマチスに対する楊曹を挙げ、之に対しても漢方に其證に対する超特効薬あることを実験して居られる。 私が「西洋医学の魅力」と題する所似は、斯うした超特効薬にあらざる特効薬が彼等西洋医達の意識を占有して居って、西洋医学の治療に籠城せしめる重大な原因をなしているに相違ないと思われるからである。実に厄介千万な特効薬といわなければならない。

 併しヂフテリー血清がヂフテリーの或場合に、六〇六號が黴毒の或症状に対し、鹽酸キニーネがマラリアの或場合に、楊曹が関節ロイマチスの或時期に於て奏効する、否尠くとも治療したと思わせる程度に奏効する事実は、有らゆる疾病に対して殆んど治療に定見のない西洋医術の治療法から考えてみると全く特効薬といっても良い位である。であるから西洋医術治療の所謂対症療法の頼りなさに順育されている連中からすれば此等特効薬の持つ魅力は、「どうか特効薬であって欲しい」希望も贔屓して其事大心理に魅力的に働くのである(求眞曰く、西洋医学が診察倒れの医学であることは、洋医の総てが特効薬の笛に踊り、新薬の廻舞臺で寸劇を演じているのでも分る。新薬の利くか利かぬかは多くの場合一つの試験的好奇心にして、素人の売薬使用と餘り異った心理ではない。彼等の投薬には、證も陰陽虚実も何もない。病名を決定して特効薬らしきものを探し當てれば能事了れりである。余は余に皇漢医学の處方を問合はさるゝ洋医家の十人が十人まで、漢方に何か特効薬がないかというのを見ても、現今の医学的イデオロギーの全般が想像されて憮然たらざるを得ぬ)。

 漢方の所謂證に対する治療の適確にして寧ろ西洋治療にのみ馴らされたものから考えると奇跡に近い治療成績を挙げ得られる事実は、餘りに其効の的確なるが故に、彼等には僥倖の如く思われるのである。私が懇意にして居る或若い博士は、嘗て私がS市を漫歩しているとき、颯爽たる往診車より降りて、「西洋医は何うしても行き詰りだ。何をやってもいかん。君の所へ漢方の話を聞きに行きたいと思って居る」と歎聲を洩らした。此頃の博士としては(私の知って居る限りに於て)真面目な臨床家であるから内心秘かに敬意を表したのである。

 併し次に逢ったとき氏は方剤中特に何病に対して何が有効であるか教えて呉れ、其薬物構成の有効成分を化学的に研究してみたいというのである、薬物学を専攻して学位を得たという氏にとっては一應尤千万なことであるけれども、今日既に臨床家として立っている氏にとっては甚だ迂遠なことだと思う。矢張り氏の頭にも奥深く西洋医学は行き詰まりだと一度は感じても、其魅力が染み付いていると思う(求眞曰く、西洋の文物総てが其燦爛たる魅力的外観の裡に矛盾であるか行き詰りというのか、社会の各方面で渋い溜め息をついているのが気取られる。此等一切の不都合から蝉脱して矛盾なしに矛盾を包括して行くのが日本国民の天才である。今に見てい給え西洋医学的に考えられている間は矛盾だらけであっても、夫れが皇漢医学に溶け込んでくるときは、瓦礫も珠玉となって役立ってくるであろう。だが此頃一部漢方運動者の態度は一種の金賣吉次で、漢方の金玉的価値を諒解せずして見本市場に運ぶようなつもりである。鮎川氏の憤慨さるゝのは斯ういう手合いの市場心理だと推察する。忍苦忍辱しばらくは堪えてたもれや。待って而して楽しむ之最大の良智なり)。

 斯うした気持ちで今日臨床に没頭している人々が漢方に這入ろうとすることは、其出発に於て誤りがあり、早く其在来の因執から脱却して先ず観念的に更正して掛らねばならんと私は信ずる。先ず西洋医学の対症療法と皇漢医学の対證治療の根本相違が州朧げながらでも掴めなくては駄目である。又夫れが掴めたらさう迂遠なことはいっていられないことと信ずる(求眞曰く、皇漢医学の此治療精神が理解されたならば、洋方の所謂特効薬の利用法それ自身だけでも今少し工夫と進歩とがある筈だ。要之漢方だの洋薬だのの問題は、第二段の問題であって、肝腎なのは東西両医学の根本的治病精神の相違を慎重に洞察して研究せなければならぬ。換言すれば病人を対象とする医学という特種の学術に対する真実の科学的態度が何であるかの問題に帰着する)。

 若漢方に志す入門者があるならば、私は私の尊敬するT博士ヘ呈すると同様に其等の方々のために、右の事実問題を今少し丁寧に考察してみたい。ヂフテリーに対するヂフテリア血清は有効であるけれども、既に時間に制限があり而も患者の状態が其効果の発現迄待ち切れないという切羽詰まった情勢に於てすら漢方の或方剤は之を救うことが出来るのであるから、本当の意味に於て治療上の魅力は漢方に感じて貰わなければならないのである。他の三つの疾病の場合に於ても同じである。然る以上は今迄に解っていない漢方々剤の構成の化学的なり理学的の研究とか、或は證と方との間に於ける、そうした方面に於ける研究は後にして、先ず今日苟も臨床に携わって居る吾々開業医は方と證との直接必要な臨床的研究を先にすべきである。我国民保健の実際に於て最も重大なる関心事は此処にあることを絶叫したい。妄言多罪。

 求眞曰く、
 鮎川氏は非常に適切な表題を選ばれた「西洋医学の魅力」とは。之現今医人の萍稼業に安價な思惑の伏床を展ぶる特効薬の持つ魁力である。或一部の疾病の或経過に対するささやかなる特効薬の一握こそ金にも命にも換え難き唯一の顧みの綱であり、之を断ち切ることは、或は西洋医学生命線の崩壊を意味するかも知れぬ。而して其特効薬の用心棒を擔ぐものは手術医である。若此特効薬の希望を失ったら(現に失せつゝある)今の西洋内科は生ける屍である。もう一つ洋方の魅力に関係あるものは病院又は療養所の施設である。此は寔に進歩せる結構な組織であって、施設そのものの持つ魅力であるが、社会的に洋方が与うる魅力ともなるのである。つまり家庭から入院加療に移すことに依って或期間環境を改善?するのである。併しホスピタルは要するにホテルであるから、之をホステルと呼んでもよい。特効薬を死守線とする洋方に対して漢方の堡壘は方剤に対する證の確認、證に対する方剤の運用に懸って居る。而して漢方の方剤の優秀性は多味協力、君臣佐使の分明かなる配合の妙にある。


   


(9) 捧湯本求真先生(門下生 大田 什安)

 六合の文化駸々として開発せられ、其自然科学の如きは止まる所を知らざるが如し。空翔ける想像は飛行機となりて実現し、往昔の「誰か稲妻の如く迅く千里に使するものぞ」と号令した帝王意慾は今日電波となりて四通八達し、親は他国に子は島原に桜散る夜はチリジリに見る「月が鏡になればよい」憧憬の情願は朧なる歌の心ではなくて近くはテレビジョンとなって実現せんとして居る。此有難き聖代にありて我々の携わる医学も亦日進月歩暗黒の斯界は逐次闡明開発せられ、其病原たるべき物質は一々眼前に形態を現わし、人為の力は如何に大なるかを示しつゝあり。盛なりと去うべし。

 而して此医学を修め医を以て業と為す者を医師とも云う。医とは説文に医は病工也と見え、クスシ、病を癒することを専業とする人、医師、医者、専ら学問に力むるを学医と云い、専ら治療に就くを疾医と云うとある。

 今世医と称せらるゝ者其人多数は疾医にして学医極めて少なし。而して世の求むるものも亦疾医にして学医にはあらざるなり。なれば現代に於ける医師は疾医としての上達を願うべきなり。然るに現代医界を見るに疾医たる本分を忽諸に附し徒らに学医たらんとして喘ぐ者続出し、為に各研究機関は斯かる亡者に依り超満員の状態なり。医学の隆昌を来すことは邦家の為此上なき慶事ならんも、治術の之に伴はざるに於ては福助殿は不具者なりの感を懐かしめ、敢て祝福すべきにあらざるなり。 未遂に海となるべき山水の暫し木の葉の下くぐる式に天来の福音たる治療術を得るまでの準備工作として今日の医学研究が進められつゝあるならむも、夫れは余りにも動物医学即ち獣医学的にあらずや。

 人或は曰はん、動物を供試験物とせずして善く実験的研究を遂ぐる道ありやと。然り当今の如き研究方法を以てせば只之を動物に於て行ふより他なし。然れども動物に於て行ふ試験なるものは園芸師が植物に於て行ふ試験の結果よりも更に一層変質的趣向に傾斜せるもので、夫れ等の業績は頑是なき賽の河原の石積遊戯で、築きては崩し、崩しては築き適従する所を知らざるなり。

 若努力大なれば結果亦大なりというならば、別に本当の研究方法が神農の昔否人生創始の初めより幾万年絶ゆることなく肉体を以て試験し来りし所謂民間療法より皇漢医学として一大体系をなす東洋流の人体治療法あり。何故に之を研究項目中に加えざるや。此漢方医学は其根底として確固たる実験的証左を有せざるが為に用うべからずとするは大なる誤謬なり。

 此医学は多年の経験に依りて結成せる否定すべからざる治療医学なることは其歴史に依りて明らかなる所なり。我師父求眞湯本先生は医師として世に立たれしより現代医学が殆んど対症療法に終始し、総ての点に於て隔靴掻痒の感あり、不満の点多々あるに依り、翻然として漢方医学の研究に志され独力以て荊棘を啓き、時艱に遭うも未だ曽て志を改めず、結跏趺坐半生の心血を注いで斯道恢宏の業に従われ、遂に其堂奥を究めらる。然るに先生は世の所謂漢方家と其選を異にし、拮屈独之に偏在するを疾医の大道を歩む所以となさず、和漢洋各医方の長を採り短を補い先生の所謂皇漢医学を樹立すべく努力せられ其業績は日と共に世に輝き、皇漢医家としての存在は天下周知のことにして敢て喋々を要せず。

 先生老来益々矍鑠世に超然として只管斯業斯業の完成に勵進せらるゝ他余念なきものの如し。然るに世間漸く洋方に慊らず漢方復活を翹望するの風あるや売名征利の徒輩此間に横行し朦朧たる片言隻語の謬説をなして憚らず、咋日までの洋方大家が今日漢方のリーダーの如き印象を興へんとする軽薄なる態度は真摯なる皇漢医学の本来に肯戻すること甚し。

 先生之憤慨せられ奮起して皇漢医学を創め余等後進の為に研究指導網を完成し以て世の蒙を汚啓かんとせらるは誠に故ありといふべし。余先生の知遇を受け敢て乞うて其門下生の一員に加えられしもの今此快挙を聞知し黙し難きものあり。先生の驥尾に附し此事の大成に向って精進せんとす。此好機に際し先生の快挙の前途を祝福し併せて余の皇漢医学に寄する赤誠を書して先生の机下に捧ぐ。

 求真曰く、
 大田什安氏の余に対する言辞は確に過褒にして希望せらるゝ所も亦過当であろう。併し乍ら余は明治四十三年以来斯道に志し爾来今日に至るまで千辛萬苦を凌ぎ斯道振興の為に全精神を傾注し来りしことだけは事実である。尚将来も死に至るまで医道恢弘の業に盡瘁することを茲に誓言する。余は自ら往時を顧み鮎川氏の所謂忍苦忍辱生活を経て今日大田氏の如き高潔なる士の来援を得、「辛苦の味は甘い哉」とつくづく思うのである。


   


(10) 喘息と闘う(門下生 大田 什安)
 

 呼吸器病中吾人が最も屡々遭遇して治療に困難を覚ゆるものに気管支喘息がある。劇性喘息にて油汗を流して苦悶する病者に対し直に用いらるゝはエフエドリン又はアドレナリン等の注射である。之等を使用して気管支滑平筋の痙攣を除き、興奮せる呼吸中枢を鎮静せしめんとするのであるが、其行う療法の殆んど総てが単なる神経療法にして、抜本的治療に徹底することは不可能である。近来に及び外科的に頸部交感神経切除を行う人があるが其効果は期待してはならぬとされて居る。且此手術に附随して来る副作用後障害を如何にせん。

 本病は其発作時なると間歇時なるとを問はず之に対する確信を以て投薬し得る医師は絶無と云ふても可い。只萬一の奇効を僥する先人の用ひし例又は文献に縋りて之を彌縫して行くのみである。心細いは医者稼業である。

 斯く難治とさるゝ喘息に対し余は最近会心の薬幼を収め得て患者は勿論患家の人々から絶大の感謝を受け面目を施した例がある。漢方の所謂証に随ふことが治療医術上如何に重大であるかを痛感した。

 夫れは或大都会郊外の小郡に什む本年六十二歳になる男性の御老体である。断金の盟友が同地に出脹中なるを訪れて、ゆくりなく此病者あるを聞知し乞わるゝがままに診察した。御老体は敷展べられた臥床に身を弓状に曲げてジット苦悶と闘って居られた。余は之を目撃して折節遭遇する例とは云い乍ら絶滅の状に目頭の熱くなるのを覚えた。少時を経て発作の稍々鎮静せるとき静に患者を視診し、促迫せる呼吸音と共に顴骨隆起し、帯黄蒼白色の疲れ果てたる顔貌を視て其発作の軽からざるを知った。既往症としては敢えて数へ挙ぐる程のものはない。此喘息発作は昭和十年五月頃より始まり、最近一張一弛はあれども時と共に発作は強く激しく回を増し、此頃に至りては医師の用うる本病鎮静の為にする注射も一時に四五筒を用いざれば治せず、近親者は勿論医師より向後半ヶ年の壽を得ば結構なりとも云われ、又或者よりは一個月は六ケ敷いとさえ囁語さるゝ状態であると云う。身体は羸痩して蒼黒色となり、血色不良なれども脈は緊、舌に白苔あり、聴診すれぼ胸背全部に笛音を聞く。腹診すれば左右殊に右の胸脇苦満著しく心下痞鞭もあり、直腹筋の攣急と胃内停水をも認められ、食慾極めて乏しく排便難にして軽き口渇を訴えて居る。

  此容態を見た余は之を様々に腹証例を思い、同時に夫れに適合する薬湯を考慮して見た。之迄喘息薬として投與さるゝ皇漢薬、麻杏甘石湯、小青竜湯、大青龍湯、七味降気湯、蘇子降気湯、越婢加半夏湯等執れも之を用ひたらば必ず著効ありと心憑し得るものなく困却せしも稍々暫く呻吟せる後或決心をなし、後刻薬取りの使者給わるよう告げて辞去す。

 帰来一湯七日分調剤して使を待てり。其方剤投与後三日を経て始めて服用の経過を知るを得たるに投与薬服用後は経過極めて佳良、発作一回も来らず漸次腹部違和感の軽快するを自覚し、食慾も日と共に亢進しつゝありという。此報知に力を得て一週日後再度其地を訪れしに患者は終日床を離れて家内の者と遊び語り居れども絶えて発作なしとて余を出迎う。而して家人一同口を極めて薬効の顕著なるを賞揚せり。余の面目之に過ぐるものなし。

  然らば余の用いし方剤は何か? 大柴胡湯 之なり。何故に大柴肋湯を用いしかと云えば、患者は屡々発作鎮静の注射を求め一筒より二筒、二筒より三筒、麻黄製剤の洗体を受くること数多く且其作用が漸次減少しつゝある際なれば、今余が此患者に皇漢医方に依る同類剤を投与するも其薬効は期待する程に得られないかも知れない。而して患者は喘息としての明かなる胸部症状と共に疑うべからざる立派な大柴胡湯の証あり。夫れに対する医治は全く閑却されて居る。それは今此証を除去せしむれば慮外の効果を期待し得るかも知れないと敢て大柴胡湯をのみ投じて経過を見たのである。然るに此確効、患者等の喜悦は勿論余の満足も之に過ぐるものがないのである。

 井中の蛙、而も中京の地に独淋しく皇漢医学を志してより黙々寸閑ある都度斯道の書を読み学び、功罪相半ばしつゝ日を送り、遂に上京湯本老師の許に教を乞い、勉学の要領を懇切に示されて其門下たることを冀望し、無二無三門下生と自任し、以後再三の文通に依り其蒙を啓かれて今日に及んで居る。余は先生の教示に依りて漸く本格的に第一歩を踏み出し得たと思う矢先此著効を得て無上歓喜地を得たのである。今後とも斯学精進あるのみである。

 茫洋として際涯なき広大無辺の治療医学海に漂いつゝ針路を皇漢医学に求むるとき、吾人の進むべき大道は開かれつゝある。我等其何処迄達し得るや自ら計る能はざれども、進みて休まざれば其処に得るもの無量である。幾萬人が往くとも此大道は無辺である。志を何じうする者は此大道を仲善く手を取って力の続く限り邁進すべきである。人類幸福の為に、道は唯一筋である。

 求眞曰く、
 大田什安氏は医学博士の学位を有せらるゝ篤学の士であるが世上一般の博士とは異なり、疾医として立つ上には動物医学の博士号は憚多いとて、名刺其他一切の文章にも口上にも之を称せらるゝを嫌って居らるる。医博中の変り種であるが、目前の虚栄を捨てて皇漢医学の荊棘を啓き忍苦忍辱人類愛の為に身を投ずるといふことは深い良心の自覚と勇猛心が無くては出来ぬことだ。されば漢方に志されてより未だ歳月浅きに拘はらず洋医の難症とする病を一挙にして全快せしめられたのである。而も氏の全効を収められたる患者は某警察署長の父君であったので為に警察界の人々に偉大なる感激を與えたということである。大なる哉比の功績や。余は皇漢医学の名に於て患家の方々と共に之を称える。


   


(11) 科学よ自然に帰れ(本田 精一氏 訳文)

 世の中に於て真実事物の肯定と信認とを厳正に判別し得る医科学は存在し得るものであらうか。医科学は冷、硬、非弾力的のものである。啻に其挟き理論と小さな哲理との領域内に於てのみ測定、実験される事物に限り大呼力説して居るに過ぎないものである。 其信条、見解、定説、思想等は従来実に言葉巧みに汎用されて来たものであるが、今仮に此等の言葉を動員して医科学的理論の範囲内に於て行はるゝ実験を肯定して行く場合は、軈て其不当にして非科学的無価値である仮面を自ら暴露するに至るものである。

  大自然が恵與して呉れている賢明なる天資に対して何等反省考慮することなく、只外科的仕事にのみ没頭してゐる暴士は恰かも肉屋の刀士と何等異なる所がないのである。(求眞曰く実に然り、解剖学的医術の闘士の前には患者は憐むべき羊である)身體器官の真価を無視して、たゞ該器官を切除することを以て科学的であると思惟していた医学は果して当を得たるものであろうか。たゞ外観的に当を得たものに過ぎないものであらうか(求眞曰く 野蛮医学の標本である)。

一、虫様突起切除手術

 虫様突起なるものは、遠き過去に於て活躍せる器官の一残遺物であって、今日は最早不要の長物として、従来幾多の学者によって思惟せられて来たものである。従って一朝該虫様突起に炎症を惹起した場合は、患者は間髪を入れない程に急遽手術室人として促送されるのである。

 而して其後不屈不僥の研究によって虫様突起なるものは消化器系中に於てのみ一種の分泌器官であることが表明せられるようになって来た。即ち消化過程に於て或種の液體を分泌するものであって、小腸に於けると同様にリーべルクーエン腺を以て包囲せられ、消化機転に対して主要なる役割を演じて居るものであるということが分って来た。

 今日まで虫様突起切除手術を受けた人の中にて、爾来消化機能障碍、瓦斯発生、全身倦怠、便秘、全身抵抗力減退等のために悩んできた人が随分沢山にあることである。

 虫様突起切除手術に対する医科学的反対は今日まで可成りに多数あったが、今尚依然として継続されていることは寔に遺憾とする次第である(求眞曰く、不届千萬の次第である。然る所以は西洋内科術は無為無能にして此病を内治する能はざる必然の結果として手術医の跋扈跳梁を致さしむるのである。外科医の横暴は今日の陳腐なる西洋内科医の力を以てしては逐に抑制することは出来ない洛北の山法師も同様であるから、吾人は北門の武士として皇漢医術が真に偉大なる内科であるという実を宣揚せなくてはならん)。

 今日の医科学は大多数の術者(医師)に依って代表されているためか、此不賢明なる手術に対して敢然と反対するだけの勇気と熱意とを放棄しているもののようである。実際該手術を放棄するならば、一方従来医師が実行してきた処置は不当療法であったということを承認することにもなるのであり、他方医師の経済的収入えの間道を遮断されることにもなるのである(求真曰く、其不賢明なる手術に反対せんとするも、之を内治することを知らないから反対出来ないのである。敢然として反対し得るものは只古方派漢方医家だけである)。

 併し水治療法、断食療法、日光空気療法、或は食餌療法等の非観血療法を以て処置する自然療法にて虫様突起炎患者を実際恢復せしめた場合は、人之を呼んで非料学的であり又薮医者であると卑貶するのである。或は又其療法は単に経験的のものに過ぎないものであるというのである(求眞曰く、右の諸療法は自然療法にあらずして仕方なしの姑息心放漫療法なり。夫れで手術療法に対抗することは望みがない。心細いものは西洋内科の経験に乏しい非力である。経験的なものほど貴重なものはない筈である。動物試験等より得たる浅薄なる見当違ひの実験などでは人體のどの部分をも真に自然療法をすることは出来ない。医学史観的に経験の累積である皇漢医学だけが正当なる自然療法の権威である。たまたま盲腸の部位に炎症を起した血性中毒は、全身症状の一部で激痛を伴う非常警告である。此警告の真意を察して駆 血療法を実行する皇漢医術こそ最高のの自然療法である。之を世界の医人に知らしめたいのが余の願望である)。

二、扁桃腺炎摘出手術

 過去十年間扁桃腺炎摘出手術というものは非常な勢を以て拡がってきた。極めて軽度な扁桃腺の充血、腫脹でさえも「切除」という医学的常套語の下に片付けられてきたのである。幾多の老若男女は是のために多数の扁桃腺を犠牲の祭壇に供えてきた。併し乍ら之とても理由のあることで、其当時の医科学は疾病なるものの其原因、或は扁桃腺の身體に及ぼす本来の有要機能に関しては十分の説明解釈が出来なかったからである。扁桃腺手術が生命えの危険なくして摘出出来ることを認めた当時は、神意によって成功したもののように想い、歓呼して満悦したものである。

 扁桃腺及虫様突起切除手術に対する永年の研究の結果は、遂に該手術の不当であったことを看破し出してきたのである。世人も亦虫様突起切除によって起きる続発的障碍は如何なるものであるかを識るようになってきた(求眞曰く、日本の知識階級では今日でも虫様突起や扁桃腺切除手術を教養ある家庭の見栄のように考えている手合いが多い。医学的悪趣味もここまでくれば御笑草の種である。矢張胸の病を浪子病なぞと艶っぼく妙に上流風に聯想する亜流かも知れぬ)。

 扁桃腺摘出によって招来される後遺症は実に多数であって、最近亜米利加合衆国健康局から左の如き発表があった。即ち「ロイマチス、心疾、耳疾、麻疹、白日咳、歯疾等の多くは、既往に於て扁桃腺を摘出しなかった人の患者数よりも摘出をした人の患者数数の方が遥かに群を抜いて多いことである。尚又一般力タール症状、乳様突起炎、腎炎患者の増加に関しては扁桃腺切除を受けたるものの方により多いことが明かになってきたということである。」

 自然療法とは破壊的切除にあらずして、湿布、手技、正当な食餌療法等を以て本務とする補介療法なのである(求眞曰く、湿布、手技、正当なる食餌療法等を以てする捕介療法の如きは浅薄姑息なる内料療法であって、所謂御大事主義、待機対症主義の浮草医術である。夫れで効かないから破壊的手術療法が横行するようになるのである。二者共に現代医療界を混乱状態に陥らしめる低気圧の中心である。表門の虎を遁れしむるために裏門から狼を侵入せしめてはならん。所謂西洋医学は全面的にいかん。正しい意味に於ける自然療法は毒のない身體を建設することであって夫れがために排毒療法に徹底することである。古方派皇漢医術こそ其護りである)。

 併し自然療法は単に経験的であり、非科学的でありとして排斥されている。又自然療法の術者に対しては薮医だと卑めている。されど自然療法はかの扁桃腺疾患を処置して成功に終り、なほ進んで該器官を廃物としないで、却って有効なるものにしているのである(求眞曰く、西洋的自然療法で扁桃腺疾患を処置して成功に終らしめる即ち治癒せしむるというのは、我田引水論である。広い意味に於ける自家中毒即ち食水血三毒を掃蕩する治療法が完全せずして何の自然療法があり得ようぞ。自然療法とは人體の自然療能を発揚せしむることであって、生活體の裡に醸成さるゝ自己矛盾たる自家中毒を清掃する以外に方法はない筈である。古方派皇漢医術の療病的攻撃精神は成るべく個躰の躰力を損せず此病毒を體外に排泄するに専念するにある。彼の注射療法の如き病原体を目標とする攻撃療法とは其撰を異にする。日光や水や空気や食物や、灸や指圧や物療法や骨療法や暗示療法等夫れ等一切の職聯合は或挟い範囲の補助療法であっても、真の自然療法ではあり得ない。医学とはもっと高い準線に於て、真に自然にして真に根本的療法でなくてはならぬ)。

 抑々自然の現象を良く知り、身體各器官の存続を期し、全身的機能の完全性を希がい、健康という実在を確保することを目的とする一派と、反之身體中の一部器官の真価を否定して夫れを破壊し、尚又協調しつゝある全身的機能の完全性を犯かすことを目的とする一派とを比較する場合は執れがより科学的であるかを考えさせられるのである(求眞曰く、古方派皇漢医術は勿論前者に属し而かも全身一如の有機的活動を尊信し、夫れに従って個體の素質を整調する治法を採って居る。誤ってはならぬ科学性ということは総て客観的に事実の真相を穿つ普遍妥当なる認識を指すのであって、極端にいえば過去の経験事実以外に科学の対照となるものはないのである。故に科学の科学性は経験そのものを唯一の準縄として存立の理由があるのである。科学的推理又は説明の価値は、此経験的智識から類推さるゝ純粋の観念の作用に過ぎない。医学の如き不精密科学は経験的智識そのものの直感的洞察を否定しては何の権威もないものである。推理や測定や試験管的実験に基いて組立てられたお筆先医学のイデオロギーを科学的なぞという思想は最も旧式であり、一面から観察すれば科学の仮面を被って純真なる料学の目醒を押えんとする黒い人形使いの意図が聯想される。科学亡者よ何処えか行く。)。

 自然的療法を目的とする術者は現在の健康を保持し、其異常を整復し、要あれば其建設に奉仕するものである。反之かの医科学中大多数のものは、自分等の不当な手術を不当なものと認めるには余りに勇気がなさ過ぎる。又彼等の一般に認めている肉屋的手術に対しては、敢て反対するだけの声量をも持ち合はせなさ過ぎるのである(求眞曰く、不当なる手術を不当なものとして認め、あっさり拠出さしむるためには所謂肉屋的手術に代はるべき適格なる内科的治療法の準備が整っていなければならん。西洋内科術に「異常を整復し、建設に奉仕出来る」対応策があるか。夫れさえあれば今日こんな血で血を洗うような不愉快なる問題は起きぬ筈である。西洋流反動派医学者の反省を祈る)。

 然り、現代の医学は早晩自づから白旗を掲げて自然療法の前に跪伏するようになることであろう。(求眞曰く、反動派自然療法家が無表情な肉屋さんらしい手術医の横暴を罪悪視する純情の餘り、自己の勝利を強調するのは無理からぬことではあるが、此結末はそう簡単に一方的勝利を期待出来ぬ。一體医学史観的に見て、自然療法家の行う方術はどんな種類のものであるか? 東洋流にいうと、後世派漢方、鍼灸術、食療法、按腹揉療治、物理療法、加持祈祷等およそ肉やさんとは反対の側の横丁に陣取る療養聯盟ともいうべき組合ではないのか? 若そういう技師連の談合による一夜造りの治療法ならば、古今の医学大道から見て矢張り廃物療法である。流行するとせざるとは別問題である)。

 既に気愾ある医師は、人體生理学的過程に於て、今日まで貶視されてきた扁桃腺が如何に有用なる活物であるかを実践せんものと盛んに研究中なのである。最近此等の実験が露国モスコー耳鼻咽喉研究所長ドクトール・エス・ピー・ツイトピウチ氏によって発表されている次第である。氏は過去二十年間、実験、観察、研究の結果次のように報告している。 

 「扁桃腺といふものは従来非常に無用有害な器官として見られてきたものであるが、其切除手術によって他の活器官の機能力を漸減させるのみではなく、遂には脳機能をも同様に浸害させるに至るものである」ということである。

 かの甲状腺なるものも其切除によって何等二的には悪影響を来さないものであると一時は思惟されたものである。仮りに此等の悪影響があるとしても生命の危険には何等関与するものでないと解釈されてきたのである。当時の医学は甲状腺に関しては、該腺の生理的機能の何であるかを識らず、又深く検索をもしなかった。夫れ故甲状腺なるものは左程重要なるものとは一般が認めなかったのである。しかも該器官の切除手術を受けたもので手術後短時間で鬼籍に入って了ったものもある。其為以後甲状腺手術なるものは影を消して了った。

 近頃屡々腎、胃或は脳の一部除去手術さえ耳にするようになってきたが、斯様な手術は近代医学に於ても不思議とするところである。我々は真の外科医に対しては、敢て反対するものでない。時と処によっては外科的仕事の不可欠なるを認めるものである。而して此のようなことは假令有るとしても體内器官を切除する場合は極めて稀である。外科は元来建設的科学として認められてきたものであるが、今日では最早破壊的科学の中え退いて了ったのである。医学の先入主観的偏見を信認するよりも、大自然の賢明を信認する方が遥かに妥当ではないか! 最近更に外料的被害を難ずる声を聞くようになってきた。夫れは殊に婦人科に於ての被害である。

三、婦人科手術

 今子宮疾患々者六〇〇名から手術に堪え得るものと見倣される患者一一六名を選び該手術を実施したところ、二二名は手術直後に死亡し残り九四名中四四名は翌年死亡し、更に二二名は次の二年以内に死亡した。手術後八年目末には生残者は僅かに三名であったということである。

 外料中央局長ドクトル・ウインター氏は次のように声明している。即ち「子宮手術によって真に恢復を獲るものは極めて稀であって、たゞ手術後五年にして再発を見なかったものを皆恢復と見放しているに過ぎないのである」。更に氏は附言して曰く「手術中の二乃至四パーセントのみのものが恢復するに過ぎないのである」というのである。

 又独逸の有名なるドクトル・ソイゲルロット氏は次のように発表している。即ち「子宮患者一〇〇名中九七名までは自然療法によって容易に恢復せしむることが出来るものである。尚何等外科的手術らしきものを施さずして永久に恢復せしむることが出来る」ということである。

 依之観之、世人はこのような事態に対して大に反省をしなければならない。今日迄世人が無分別極まる手術を信認してきたことは、餘りに盲目的であり、餘りにも無思慮であった。真正の医師というものは、健康を確保し肉體の欠陥を補正し、決して切断或は破壊しない医師であるということを確知してくるようになれば、吾等医師も亦従来流れてきた思潮と異る思潮のあることに気が付いてくるであろう(求眞曰く、此思想は正しく人道的である。良心ある医師の当然主張すべき点である。而して志士仁人が一済に立って一般の誤れる科学思想及患者心理を是正せなければならん。之は単に医学だけの問題ではなく、清新なる民族的自覚の目醒でもある)。

 此自然なる思潮が従来の手術行為に対して世人を反省せしめ、進んで彼等を善導してゆくにつれて、漸次従来の手術というものは其影を潜めてゆくことになるであろう(求眞曰く、希くば迅かに其理想の実現するように洋方内科医の発奮を求める。而して其時期は諸君等が一方に於て細菌学的病因論に偏執し切って無益なる注射療法の如きに依存しつゝ他方に所謂自然療法の如き医学的浄土観念に信頼せんとする態度から脱却して、萬病一毒の徹底的自家中毒論に立脚せる真疾医道に完全に溶け込んでくるときである。皇漢医学は千古練磨の方剤を証に随って自在に運用されるときがくるのを待ちに待って居る)。

 自然こそ大なる力を持つ医師である。従って現在の医師の為し得る仕事と、当然為さねばならぬ仕事とは、自から制限があるものである。即ち大自然は吾人の身體内に偉大なる力を持つ立派な医師を生れながらにして授けているのである。此偉大なる医師こそ不断吾人の健康保持に努力しているのである。此偉大なる医師の目的逐行上に横はる有らゆる障碍を除去することが、吾人医師の義務的仕事である(求眞曰く、実に然り。然りといえども医師の義務は只無為にして自然即ち超人為的力にのみ漫然と依頼することでない。夫れは自然の好意に慣れ過ぎて自己の矛盾までも自己以上の自然の責任であるかの如く甘たれるものだ。元来自己と対立せる自己以上の自然というが如き霊的存在はあり得ない。有りと考えるのは自己で、自己即ち自然、自然即自己なんである。之が純東洋式武士道観念である。西洋式に我儘するときだけが自己の権能で、我儘の結果の自己矛盾だけは自然の責任、無限責任だと虫のいい観念は、夫れ自から反自然である。疾病という現象も矢張一種の我儘から来る自己矛盾である。之を清算して健康を恢復するということは自然の責任ではない。否自然即我の努力であり、此努力する力を自然が恵要して呉れて居るのである。此責任が医師の自然的任務即ち疾医道である。而して我の存続に反する自己矛盾を取除くことが疾医道である。皇漢医学は之を最も善く理解して成立した医学であることを強調せざるを得ぬ)。

 今日吾等医師となるべき学校が医科学校であろうと、或は自然的療法学校であろうと、之は問題ではないのである。吾人は宜しく身體内個々器官を無傷にして、身體全體の健康を協調すべきである。而し不幸にして此等器官に異状現象を発来した場合は、只管自然的な恢復を重んずべきである。決して外科医の解剖刀による戦慄すべき不安なる手術に対しては一歩も譲歩すべきでなく、又犠牲となるべきものではない。

 體内一部の器官を犠牲に供することは、恰も車輌と時計との部分品を犠牲に供することと何等異る処がないのである。成程車輌と時計との場合には夫れぞれ一部分に欠損あるときは暫時は其動作を持続するが、間もなく其調和と均衡を破るに至るものである。従って世人は之等の機械製作者を尊敬する必要は毫もないのである。彼等製作者は単に反相な思慮を以て修理的仕事をしているに過ぎないものである。

 右の時計のように吾等身體も亦器官の切除により招来してくる不均等や異常状態に対しては、一時辛棒も可能であるが、早晩全身的に恐るべき障碍を招くに至るものである。然るに一般大衆は生命そのものを実際(直接的)に破壊しないで器官の一部を切除し得る刀士を斯界の第一人者として尊敬している。其故手術に直由する身體の不調和及不均衡からくる障碍に対しては全然無関係な他の遠因から起る障碍と想っているのである。

 「吾人よ、吾人は彼の自然が吾等に垂れ授け給うた所の天与の活力を確保すべきである。其活力こそは何人でも之を侵犯することが出来ないものである。」、と、右の句は彼の聖書中に記載されている所の金言であるが、此聖書なるものは此世に生ある者の身體内に発現する一切の変化を有効に調理してゆくことを啓示したものである。吾人は宜しく天与の器官を保持しなければならない。左もなければ之を放棄し、生命をも無駄にするのである。其時には最早之に代償すべきものは他に何物もないのである。

 求眞曰く、
 本論説「科学よ自然に帰れ」は正義の観念から出発せるものとして余は推賞する。併し乍ら外科的手術療法の弊害を橋正するために自然的療法を以てせんとする意見に対しては、自然療法の何であるかを明かにせざる限り遽かに讃意を表し兼ねる。若補益主義療法の亜流であるならば其行う所の効果は知るべきのみである。

 疾病は人間自身の問題であって又其責任範囲は彼等にある。それで天意対疾病の問題は結局「何の逆を犯すかを知って証に随って(天意に随って)治を施せ」ば宜いのである。之疾医の道であり、道を行うことは「萬病は一毒に発す、毒を以って毒を撃つ」以外の何者でもない。然るとき治療の対照となるものは個體の先天的及後天的素質である。素質そのものが所謂自然の具體的存在である。茲に陰陽虚実の大眼目がある。之を否定して何処に自然を捕捉し、天意に従う経綸があり得るか。余は之を原著者に質さんとするものである。余の批判は之を以て終る。

 次に訳者たる医学士本田精一氏に深甚なる感謝を呈するのであるが、余の如き還暦に近き老人では外国語の力が既に完納して了って原書を読むことが困難であるから新智見の吸収も亦不可能である所え、溌刺たる鋭気を以て訳文をものし、新材料を提供されたことは、之こそ真に老人に対する補益療法の最上なるものである。有難う、本田君! 貴下の多幸なる前途を祈福し、併せて邦家のため切角医道恢弘の大業に精進されんことを衝願する。


   


(12) 感想録(早田 玄博氏 述)

 最近診断と治療社発行の診療要覧に塩田博士が発表せられた巻頭言に、「吾々医師が患者の診療行うに方って若出来得るならば往古より知られたる最適の方法に依り疾病の本態を識別し夫れに対し従来経験された方法中最も優秀なるものを以て治療すべきである」と云って居られるが、実に尊敬すべき言葉である。

 此点皇漠医方の方術は真に理想的のもので或一定の症候群に対して規定せられたる処方は二十数世紀に亙って実験せられ悉く特効薬即ち主るの字を以て決定せる薬剤である。

 洋方の名医の処方にて今後数世紀に亙りて決定的効果あることを立証せられたならば、皇漠医方の夫れに比較して、飲み良く携帯に便にして、より以上に効果あるものも有るべきで、一日も早く斯くの如き処方が出現せんことを希望するものである。

 又同書に稲田博士が巻頭言として「医学は日々駿々として進歩し、各方面の研究は微に入り細を究むるに至ったので、医学は彪大な学科になった。併し之は医学のみならず他の学科に於ても皆然るところであって、文化の進展に伴う現象として異とするに足らぬ。医学の研究が進むに従って臨床医学の領域に於ても自然に専門学科の数が増し、内科の中に於てすら色々の専門が分れて来た。従って病床に於ける経験も自己の専門に限られ、其専門学科に精進する結果他の専門学科の知識を吸収することに疎くなり、医学全般に亙る日新の重要な趨勢を知らずに過すことが多い。茲に臨床専門医の欠陥が萌して来るのである。医者が余り専門に走り過ぎるという世評は我国のみならず欧米各国に於ても聞く所であるが、之は今日の学門の進歩の程度よりすれば当然のことであり、又喜ぶべき現象である(求眞曰く何故に喜ぶべきか?真意を疑う)。併し臨床専門医の補習修養の如何によりては治療の上に弊を認めぬでもない。即ち一つの臓器の疾病にのみ注意を払い、他の臓器に同時に存在して夫れと関聯する疾患或は他の疾患の治療を忽にすることがある(下略)」

 以上の卸説は誠に同感であって、専門分科の趨勢に伴う弊害を指適されたものである。両博士の御説を窺うに、現代医界の先覚者達は時弊の何であるかを善く御存じのようである。併し乍ら其弊害と目さるゝ分料分業の成績は西洋医学に進歩発達?の烙印を与えて居るのであるから、弊害を除去することは取りも直さず「進歩発達廻れ右前へ!」であって、どこまで背進したならば弊害のない純無雑の医学に還元出来るか?夫れは今日の老大家の青年時代か?洋方が漢方締出しのクーデターを敢行した記念日か?若は顕微鏡下に病原菌を発見し、一切の疾病は此等の病原菌の寄生繁殖に依存するものであると、純外因論に精進した其時か?其時以前蘭医等に依りて伝えられた解剖学的医術はキリシタンバテレンの印象を与うる外科が主體で、魔睡薬が其術を行う唯一のカラクリに過ぎない。

 其術は巧妙であって、嘆賞に値するものであっても、今日の内臓外料に於けるが如く、弊害を巧妙に行うだけそれだけ、弊害は智的で高度に進んで居る。更に此れに依って利益するものは何であるかさえ考えさせられる。要するに解剖学的医術の進歩発達する程分析的局所的に堕落せざるを得ない。其処に弊害の依って来る所以が伏在し、先覚者は所謂進歩発達を謳歌しつゝ盛に綜合的に綜合的にとバネを捲戻す方に努力して居る。

 併し其綜合的にという掛声は、若い医人には確に急所に触れては居るが、どうすれば綜合的になるかに就ては五里霧中である。或者は漢方が綜合的であるかも知れないと者えて居る。段々考えて来るとそうらしい気にもなるが、彼等の学究的自負心からすれば、今更君子は其状愚なるが如き漢方では満足出来ぬ。ならば漢方にフロックコートでも着せて威容と態面とを整えたい念願である。つまり彼等は其分析的頭脳の緊縛から禅脱して新生面を開拓出来ない。換言すれば弊害の依って来る所は自ら造り上げた煩瑣科学的理論主義がどうにもならないのである。当分は夫れで迷うて見ねば目が醒めぬ。併しやがて其理論主義が理論的に悪いことを理論的に気付いて来て、浅薄なる理論や試験を棄て、経験の科学的価値に認識せざるを得ないようになる。此が理論主義最後の場面であると想像して差支あるまい。其時の理論主義登場者の最後の台詞が聞いて見たいものである。多分「諸君我々は科学を信じ科学に帰依し、終始一賞理論主義で奮闘を続けて来た。理論主義は正統であったが、理論主義にも盛衰を認めざるを得ぬ。即ち我々の理論は理論的に来る所まで来たのだ。此以上は人間の理論では解決が困難である。人間は人間自身の叡智を以て改造出来ない神慮がある。依って我々は一般民衆と共に神慮に従って理論主義の永遠の勝利を信じつゝ暫く神の理論に服することの正しさを信ずる。之理論主義の最後に相当する大理論である。……」

 顧みられなかった漢方が顧みられなければならない時代が来りつゝある。真正の漢方の何であるかは誰にも理解されない間に、漢方は誰の支持を受くるともなく民衆の間から自然生じて来た。併し世間一部のワイワイいうやうな「漢方、漢方、ワッショイ漢方、我等の漢方!」と騒ぐそんな騒動しい漢方は漢方でない。

 皇漢医学の処方は一定の症候群に対って作られ、之を誤らず用うるときは、各種の異った病名に同時に作用し治癒せしむるものである。一例を云えぼ、少陽病に小柴胡湯を与うるときは、気管支加答児と腎臓炎とを同時に治療するが如きは通例である。之は病名本位の治療法から、考えれば、一見甚だ異端的のようであるが、実際小柴胡湯は処方の編成から考えても、緩解、利水、健胃の医治効果が前記二症の根本治療として奏効するからである。傷寒論に記載されて方名の附された二百有余の方剤は皆夫々一証の主薬として、永い経験に依って練磨されたもの許りであるから、全科の治療に応用出来る訳である。

 之に反し洋方は、余の永年の経験上、名医の処方に拠ること困難であって勢い自分勝手の処方をするより他に方法がない。之は殆んど総ての内科書に於てすら、只有効薬物名を列記するのみで、処方を記載せない。之は大家の処方を数世紀に亙って実験するには日浅く、只新薬の発見に没頭して、所謂特効薬の探求に専念する自信のない目まぐるしい其日暮を続けて居る。余等も此新薬を種々応用して釆たが、塩田博士の所言とは全く反対の処置を採った訳である。

 洋方が専門分料に分立せるに対し、漢方は綜合的に完全に統一されて居る。専門分科の弊害は一臓器の疾病にのみ注意を払い、他臓器に同時に存在する夫れと閑聯する疾患、或は他の疾患の治療を忽せにすることである。之に反し漢方中古方は同時に存在する諸種の疾患を綜合的に治癒する場合に最も特色がある。

 療病は一種の戦争である。之に就て洋方の作戦は疾病聯合軍に対って一方面だけ個別に攻撃を加うるものであるが、漢方の作戦は全線一済の総攻撃で始まり一挙に勝利を決するのである。療病が一つの作戦である以上微温的なる局所戦で曠日弥久するが如きは許さるべきでない。敢然全局の死命を制する挙に出でねばならぬことは明である。

 茲にいう漢方は古方派漢方のことで、所謂後世方と称せらるゝ漢方のことではない。後世方の処方に至っては夫れこそ無数で、医師全體から信用を博したものではなく、現代医家が各自得意の処方を公開せると何等異なることはない。或は其内に後世に残るべき名処方もあるかも知れんが、未だ経験の浅いものであるから、洋方を捨てて必ず用うべしと主張することは十分慎むべきである。

 昔時医育制度の不完全極まる時代の医生が効果顕著なる古方の真剣勝負を避けて、薬力微弱でも怪我のない竹刀に似た後世方に依って事なかれ主義の治療を施して居たことは、一面太平に饑いた患家に迎合する政策と柏侯って、流行し所謂御大事医術となったのである。其○気漫々たるときに洋方が侵入し来り、欧化主義の絶好の機会に於て、新しき治療を施し、而かも得意の各個撃破の手並で一世を風靡したのは何等不思議ではない。

 然るに之が一世紀に亙って専ら行われた結果は、やがて漸く薬に飽きて効がなく、行き語りを生じて来た。斯くて一世紀後の今日漢方が天から降ったか地から湧いたか世に出でて、効果を顕わすようになったのも、めぐる時世の力である。時世といえば、現代日本人の食物が、古の菜食主義から遠ざかって、肉食主義に嗜好が変化しつゝつあることである。之が古代支那人の肉食主義に類似して来たかどうかは知らないが、昔から古方は強過ぎるといわれたことと或関係があるのではあるまいかと考えられる。昔は栄養不良の患者が多いために、人参、黄耆の如き補、薬で治療すべき患者のみという有様が、文化の進歩は日常食餌関係に一大変革を生じ、栄養過剰より来る疾患が多くなり、従って古方応用の機会が増加しつゝあるように思える。

 古方は洋方の外科的にスピーデーで、即戦即決式であるから、現代人向きである。然るに後世方の補剤主義治養は、洋方の夫れよりも漫々たるものがある。「きっと治して進せますよ。まあ一年も薬を飲み続けてみるさ。其我慢が大抵できないので、御気の毒ぢゃて」まあざっと此式の呼吸である。病気が治らぬ内に患者は金欠病に悩乱して了う。搾取医術の優なるものだ。

 之に反し古方は「吐瀉数行、苦患脱然として消散す」式で、現今の内臓外科所でない、飲んだ、利いた、治った。涼しい医術である。こんどは医者の方がSOSである。論より証拠治験例を挙げねばなるまい。

 猩紅熱に氷嚢氷枕を廃し、葛根湯或は葛根加桔梗湯を与うるときは、二日にして下熱し、殆んど脱皮せない。之は何回も実験せるところで、気短かの都会人には打って付けの治療法である。

 血性自家中毒に対する治療法は、皇漢医学の独壇上である。血液は最も大切なもので、血液の多い人程丈夫で、可成営養価の大なる獣鳥肉を十分摂取することが健康第一の要件であると思惟されて居った。尤も死體解剖に依って発達せる医学は、血性自家中毒症を死體から発見することは仲々困難であるから、此方面の研究が洋方に於ては最も遅れた訳で、夫れに就ては何等の関心をも懐いて居ない。之がため洋方の治療は至る処に悲劇を演じて居る。中将湯、実母散が海外迄多量に輸出されたのも、血液清浄剤たるが故で、当時世界に於ける唯一無二の駆血剤であったからである。民間では之を補益の意味で知らずに用いられて居たのである。

 皇漢医学の処方中の駆血剤たる大黄牡丹皮湯の盲腸炎及其部分の充血或は炎症より来る疾患、桃核承気湯の血性出血、桂技茯苓丸の血性腫脹、当帰芍薬散の貧血性血に夫々奇跡的効果を奏せる治蹟は余りにも俸大である。吾々は瀉血して盛に笑われたが、今日では高血圧に瀉血せざるを笑う時代になってきた。此点実に皇漠医学の偉効が漸次認めらるゝようになったことを喜ぶべき現象だと考える。

 肝臓充血(肝実)及肝臓貧血(肝虚)の疾患に対する治療は、大小柴胡湯及其等の去加方独特のものである。診断と治療、之は全く車の両輪の如くで、治療の直接の目標を検出することが診断の診断たる所以で、治療は個體の體質を主として、決定さるべきものである。日本医学黄金時代の招来に対して皇漢医学の演出すべき役目は今後愈々重且大である。

 求眞日く
 早田玄博氏は皇漠医方の忠実なる実験家であって、洋方家として辛酸をなめ尽し、夙に漢方に着眼せられたのは、氏の実際家たる面目が遺憾なく発揮されて居る。今日疾医として世に立つ者は、学校出立の当初こそ理論主義の余光を受けて、ささやかなる公式に追従するであらうが、やがて公式が治病の根底に基礎を置かず、個體の素質に触れて居らぬ、通一遍の単なる公式であることに、深い疑念を懐いて苦慮ずるに至るであらう。而して疾医としての成功は、看護婦でもやれる仕事以外に、何の希望も持てぬことになる。此憂鬱なる医術そのものの代償として、或者は動物医学え走る。夫れは博士にゴールインするだけの目的で、又或者は漢方に決を求めんとして後世方に向う、夫れは病名に繋る縁によって漢方を動すことが出来るという一縷の望から。併し此等は早田氏の如き黙々として疾医の道を古方の精神によって精進さるゝ篤志家から見れば、共に笑うべき成れの果である。医者としての成功は、そんな低い階程のものではない。経験を師とし医学史観的にもっと深い考察を逐げて達し得る自覚の境地である。余は此機会を利用して一般の漢方に志す青年諸君に老婆心を寄せる。