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おかやまじょう
岡山城

登城・撮影:2005年7月

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所在地

岡山県岡山市丸の内

築城年 正平年間(1346-1369年)
築城者 上神高直
別称 烏城、金烏城
遺構 天守(復興)、月見櫓、西手櫓、廊下門(復興)、不明門(復興)、六十一雁木上門(復興)、土塀、曲輪、石垣、堀
形式 平山城
到達度 ★★★★☆ 新幹線が停車する岡山駅から路面電車に乗り換えて数分
体力消耗度 ★☆☆☆☆ 体力が消耗することはほとんどないと思われる
遺構保存度 ★★★★☆ 近年の岡山藩庁の発掘調査の成果を露出展示している

 

 

 

 

 旭川を挟んで日本三名園の後楽園と向かい合う岡山城ですが、天守の外壁の色から烏城との別称もありました。その別称は隣国・播磨姫路城の別称・白鷺城と好対照でした。また、岡山城には金の鯱を上げていたため、金烏城との別称もあります。戦前は国宝だった天守は戦災で焼失したので、戦後になって天守を復興しています。
 岡山市内を走る路面電車の城下電停から今回の登城は始めたいと思います。電停の近くは小学校の跡地となっていて、そこはもう西の丸です。現存の西の丸西手櫓が建っています。同じ西の丸に富山城から移築した石山門が建っていましたが、惜しくも戦災で焼失しています。
 左手に旭川の土手、右手に二の丸内屋敷の建っていた一角を抜けて、旭川にかかる月見橋が見えてきます。この橋を渡ると後楽園に行き着きます。また、もうひとつの現存櫓である月見櫓がこの付近に建っています。廊下門をくぐると本丸中の段となります。不明門とともに鉄筋コンクリートで復興ですが、天守を復興する際に一緒に造ったと思われます。六十一雁木上門は木造ですが、高麗門形式から薬医門形式に変えての復興となりました。
 中の段では宇喜多秀家時代の天守台の隅を露出展示していました。また、表向御殿小庭園(泉水)も再現されていました。今後も復元事業は行っていくようです。さて、不明門を通ると本丸本段に入ります。眼前には天守がそびえ、右に目をやると天守礎石があります。戦前までは現在の復興天守が建っている位置に旧国宝指定の現存天守が建っていました。戦後に元の位置に復興することになって、礎石だけをこの場所に移したものだそうです。
 天守の横には塩蔵が付いています。そして、復興天守は外観こそは当時そのままに復元しているのですが、無かった地階が付け足されて鉄筋コンクリートによる復興となりました。今日は常設展とは別に、お化け屋敷をしていたので、子供連れの観光客が多くいました。そういえば、以前に岡山城へ来たときも、お化け屋敷とは違う特別展をしていました。
 天守に入ると、最上階までエレベーターに乗ることになります。もし、戦災で天守が焼けなかったらの話ですが、このようなことにはなっていなかったと思います。最上階からの展望はよく、金鯱が旭川をバックに輝いています。常設展は宇喜多・小早川・池田の各氏の展示を中心に見て回りました。お城の後は池田綱政が造営した大名庭園・後楽園に行きました。

 

 

 

 南北朝期の正平年間(1346-1370年)に名和長年の一族の上神高直が石山に築城した。その後は、金光宗高が居城としていたが、元亀元年(1570年)沼城宇喜多直家に謀殺された。直家は居城を沼城から岡山城に移し、城下町建設に着手した。
 しかし、本格的な建設は子・秀家によってなされた。天正18年(1590年)には石山から東方の岡山に城地を移し、慶長2年(1597年)には天守が完成した(天正17年説あり)。天守は安土城に似せたといわれ、塩蔵という二層櫓を付属させた四層六階の天守は複雑な外観である。57万4千石にふさわしい城は宇喜多氏二代によって完成された。
 関ヶ原合戦で西軍に組した宇喜多氏は八丈島に流され、代わって筑前名島から小早川秀秋が52万石で入城した。秀秋は在城2年で死去し、小早川氏は断絶した。慶長8年(1693年)に遺領は二分され、備前28万石は姫路城池田輝政の次男・池田忠継と美作18万6500石は信州松代から入った森忠政に分割された。
 忠継は幼少のため、兄・利雄が国政を代行した。この時に、西の丸帯郭を増築した。元和元年(1615年)に忠継没し、淡路から弟・忠雄が31万5千石で移封された。この頃になると、城の修理や増築は制限されていたので、一般的な土木事業を中心とした町の整備を行った。
 寛永9年(1632年)に忠雄が没すると、その子・光仲が継いだが、幼少のために因幡・伯耆二国、鳥取城へ転じることとなった。逆に、姫路城池田利嗣の嫡子で、鳥取城にあった池田光政が岡山城主となり、以来は池田氏の居城として明治を迎えた。
 維新以来は多くの建物が破却されたが、天守月見櫓西手櫓石山門が残り、いずれも国宝に指定されていた。しかし、昭和20年(1945年)戦災のために天守・石山門を焼失した。昭和41年(1966年)に天守が復興された。

岡山城写真集

入城料 大人 300円
小中学生 120円

共通入館券
1

共通入館 岡山城・後楽園
大人 520円
小中学生 260円

共通入館券
2

共通入館 岡山城・後楽園林原美術館
大人 670円
小中学生 310円

共通入館券
3

共通入館 岡山城・オリエント美術館
大人 480円
小中学生 200円
開城時間 9時〜17時(入城は16時30分まで)
休城日 12月29日〜31日、特別展開催日前後
交通 鉄道 山陽新幹線、JR山陽本線・瀬戸大橋線・伯備線・津山線・吉備線岡山駅〜岡山電気軌道東山線城下下車〜徒歩10分
自動車 山陽自動車道岡山IC〜国道53号線(岡山北バイパス)〜県道27号線
駐車場 烏城公園駐車場(有料、50台程度)や後楽園の駐車場(無料、250台程度)を利用
参考リンク おかやま観光ものがたり
岡山市観光協会

岡山市役所

周辺案内

 日本三名園の後楽園は見ておきたいです。周辺のお城は備中高松城足守陣屋庭瀬城常山城下津井城などがあります。少し足を伸ばせば、備中松山城福山城などがあります。

 

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